クリスマスは良いなと思う。
勝手に少し浮かれた気分になる。
心静かに読書でもしたい。
小説をこれまであんまり読んでこなかった。
フィクションの話にあまり興味が持てなかったからかもしれない。
それ以上に、自分の人生のほうに色々なことが起きて衝撃を受けていたので、創作で作った衝撃にあまり関心がなかったのだろう。

本屋に行くと、その時の気分に合った本が一つくらいはある。
それを立ち読みして今の気分を確かめたり、以前都会に住んでいた頃はよくしていた。
すごく広い丸善という本屋を一周歩いて、もう本から知りたいことはない、と思った記憶が数年前にある。
本屋を探すのはやめて、それから川や海によく行くようになった。
撮った写真を地元の友人に送って、小さくコメントを交わしたりした。
美しいものを見つけることだけは得意で、日常の景色の中にそういうものを見つけ始めるようになった。
金曜夜の電車のちょっとした開放感や、昼間から駅前で酔っ払っているおじさんたちの哀愁、喫煙所の横でパンくずをついばむハト、その横に咲いていたたんぽぽ。
美しいものに触れると、心に安心感が浮かぶ。
これを感じているということは、私は生きていて良いのだなぁと。
小さなことだけど、その景色そのものが全てだった気がする。
お金を払って映画を見たりしなくても、そこらじゅうに映画みたいな現実が転がっている。
お酒を飲む代わりにタバコはよく吸うが、それくらい良いだろう。

昨日、ある異性と食事をしていた。
久しぶりに異性と食事をした。前から面識があった人だった。
その人はよくお酒を飲む人で、穏やかな雰囲気の人だった。
小一時間話して、ろうそくが消えるように自然と解散した。
この歳になると、打算ばかりで自分が嫌になることもある。
けれど、もうそういう年齢も過ぎてしまったから、
ただ今を楽しむことだけにした。
進展はなく、今後しばらく会うことはないかもしれない。
乾いた風が吹いて、センチメンタルな感じもして、こういう気持ち自体が久しぶりで、新鮮に感じた。
人を好きになりたいから、好きになれそうな人と会う約束をする。
そういうことを試せる現代は、恵まれているのだ。
そんなこんなで今日は少し自己不信になり、無理やり仕事に没頭して終わった。
会議で「来月子供が生まれる予定で」と話す10個下の先輩の話を聞いていた。
皆それぞれに人生を生きている。本能を理性で隠して生きている。
単に楽観的な人が生き残っているようにも見える。
そういえばこの壁を越せそうな方法が見つかりつつある。
気づきつつあるとも言える。
頑張ってきたことをやめたら良いのだ。
頑張ってきたことを、楽しんでみたら良いのだ。
ただそれだけのことかもしれない。