息子を亡くした眼科医が、息子が踏破しようとしていた800キロの巡礼の旅に出る映画を観た。

途中、主人公の初老の男性がリュックサックを川に落としてしまい、危険を顧みずに川に飛び込むシーンがあった。

荷物の中には息子の遺灰が入っていた。だから、決死の覚悟で飛び込んだのだろう。

 

 
人はそこまで強くない。何かに寄りかかってないと生きていけない。

だから人間というのは厄介で煩わしくて、それでいて愛すべき存在なのだと思う。

僕は人間は今もあまり好きになれないが、僕自身が人間であるから、せめて生きている間は全うしようと思っている。

だからすごく冷めて世の中を見ているし、感情のない無機質な空間がいつも自分のどこかに漂っている。

 

今はまだ、何かを思い出さないために必死に足を動かしている。

立ち止まると、私が答えを先延ばしにしてきたいくつかの事柄が、目の前に顔を出すからだ。

整理しようとすれば、無軌道すぎるように見える過去が、さらに無軌道な未来を映し出す。

だから整理できない。心の声を聞いて嘘をつかずに生きると、真っ直ぐにはならず、歪に曲がっていくのだ。

タフに生きるのに必要なのは、一つの覚え書きのようなセリフ。「これは修行なのだ。」

欲しいものが手に入らなくても、生きることはできる。

 

無理してまっすぐに歩こうとしてる人が多すぎる。

怪我をしたり落っこちたりしないように生きてるだけのように見える。

妥協するしかない環境で生きてきた結果、自分の思いを蔑ろにするのが普通になっちゃったみたい。

日本人として生きることは、楽なことじゃないのだ。

 

何も書きたいことがないが、ただ文章を書いてみた。

くだらなくて、意味のない、自分だけの言葉。