必要なのは、ユーモア?


多分そうだ!

そうに違いない、だって人として生きていくのは、誰であっても大変だから。


また風邪を引いた。この半年で5回目になる。💦

お寺の本堂が恋しくなることがある。

本堂の空間は広くて静かで、そういう場所を求めている。

図書館でも良いのだが、図書館は本を読む場所という初期設定があるからか、本を読みたくない時に行きづらい。


広い場所、先々のことを考えなくて良い精神状態、安心感、

これら3つが揃う場所は少ない。

先々のことを考えなくて良い精神状態は、どうやったら作れるんだろうか。分からん。


神様が私に設定した内容を、神様は全然伝えてくれないから、それをわざわざ本人が探すという遠回りを人生通してやってる感じがする。はよ教えてくれ。なんか言ってくれよー



とは思う。


神様がいるかいないのか俺は知らないけど、

いると思って生きてる方が安心感がある。

いないと思って生きると、自分が功利主義者にしかならん。

狡猾な悪魔のようになってしまう気がする。


人間は古来から、自然崇拝に始まり、土着的な信仰や現代にも残る宗教など、色々な「信じる行為」を生活の中で必要としてきた。

日本で生まれたのなら、八百万の神や自然が、信じる対象になり得る、かも。

何を信じてもよいが、「信仰なんてくだらない。」と思うのはもったいないことだと思う。


私は何度も助けられてきた。

海から感じる「自然」という神様や、

神社で感じる「見てくれているのかも」という想像や、

仏教から感じる「どこにも誰もいないのだよー」という感覚に。


持たされた意味が元々ない世界の中で、生きている間だけ人間のフリをして生きる。これは苦しみを伴う演劇だから、演じていることを忘れてしまう。


全て時が解決する。

とりあえず早めに寝て風邪を治すんだ。🍵