先日友人の友達と会って、海で楽器を演奏してきた。楽しかった。

私が教える立場だったが、言う通りにやってくれたのですぐに形になって、セッションのようなことができた。


私は曲作りしていたことがあるので、ドラム、ギター、ベースは、素人並みだが演奏はできる。ただ全て独学に近い形でやっていたので、人に教えるのは自信がなかった。

嬉しかったのは、彼らが楽しそうに演奏していたことだ。少しでも心が明るくなったなら、やってよかったんだと思う。



仕事もあと一日行ったら終わりだ。
今日はひたすら引き継ぎ資料を作っていた。頭を掻きむしりながら、PCとにらめっこしていた。私は割と見た目が強めに見えるようで、イライラしているときは誰も話しかけてこない。そういう意味でこの外見は楽だ。

向かい側に座っている同僚が、上司にパワハラのような言動をされていた。よく気にかけている同僚なのだが、私が心配しても「大丈夫です。私はもう言われ慣れてしまっているので。」と言って大して気にしてない様子である。教育機関に勤めていると、パワハラのような嫌な現場にちょくちょく遭遇する。その上司も平時は優しい人間なのだが、疲れてきたり思い通りにいかないと、言動が退行(心理学用語)していく。そんな現場を間近で目撃し、内心「よくこの人の下で一年頑張れたな俺は」と思った。そういう嫌な情景に遭遇すると、またひとつ厭世感が強まってしまう。

ほんとはもう一日出勤する予定だったが、もう来たくなかったので、その日の年休申請を出して、帰ってきた。
人と働くのは疲れることだ。ほんとうに。

私は、河島英五の「生きてりゃいいさ」が好きで時々聴くのだが、
生きてりゃいいさ、と心から思えるなら、
誰しもが楽に生きられるようになると思う。
私は、生きている以外のことで悩んでいることが多いが、本当は、生きていること以外に大切なものなんてないのは分かっている。分かっているけど現実に流されてしまう。

死を覚悟したり、変な感情操作をせずに、
自然な流れで生の有り難さを知れれば、
生きてるだけで十分だよな、
と自身の中だけで納得できるようになると思う。

今日は引っ越しの搬出日。
明日は搬入日。
これから住む予定の部屋は、築年数が長い分、家賃が安かった。
少し心配な点が多い物件だ。

とりあえず私の立てた教訓通り、止まらないように歩くことを意識し続けている。