幼い頃から、人生が何なのかに興味があった。生きるとは何なのか、小学生の頃から、今と同じ感覚で考えてきた。


若い頃、それを母や友人に話しても、なかなか理解されず、私と同じような質感で考えている人間に出会う縁は、これまでに殆どなかった。


私は哲学的に考えている訳でもないから、高尚でもなんでもない。ただ、自分の見た景色や、出会ってきた人の感情やその背景を通して、世界を判断して、それを繋げていっていた。


小学校5年の頃、授業中、3階の窓側の席でぼんやり外を、眺めていた。なぜか突然、祖母にもうあまり長くは会えないような感覚に襲われ、涙が出てきたことがあった。秋晴れのような涼しさと明るさが漂う運動場を見ていて、人生が凄まじく儚いものだという感覚を持った。


何事も直視すればする程、相対しているものが、どれも儚いものだと気付いた。

気付いても別に何か現実が変わったわけではなく、生活の中身自体はエレベーターに乗るように過ぎていった。


小学生の頃は、自分の精神年齢が同級生の彼らより高いのを何となく自覚していた。担任にも、「君は中学の方が合うだろうね」と言われた。

同級生たちの行動は、本能的で子供っぽいなと感じながら、それに合わせるようにしていた。


今もあの頃の世界の見方と何ら変わらない。

今では精神年齢は同級生達にとっくに追い越されてしまっただろう。

でもグラウンドを眺めてふと泣いてしまった時の儚さは、依然として身体に残っているよ。