変化=成長


セオリー通りに生きるのがどうも苦手です。

セオリー通りに生きてきた人の言葉には、正しさがあってそれなりに納得はできるのだけれど、なぜか心に響かない。


現代特有のセオリーの中で生きると人は自分を見失いやすい。そして考えなくなる。無思考な人は、他人の考えで喋るから、〜すべき、とかが多くなる感じがする。


お金や固定資産、有形資産、そういう目に見えるものには勿論価値はあるのだけれど、

それはあくまで人を自由で快適にさせる手段でしかなく、逆にそれらの物質に操られてしまっている人が多いことも、これまでたくさん見てきた。そしてそうやってコントロールされている自分に気付かない人にも沢山会ってきた。


宮沢賢治のあの有名な詩のように

何者でもなくただ裸の自分のままで強く在れたら、と思う。


誰にも知られず葉をつけ実り、枯れることを繰り返す山の木々のように、

田舎の小さな無人駅の外灯の下に生える草のように、

新月のあの真っ黒な装いのように。


何者でもなく、たとえ何にもなれなくとも、

誰かを小さく勇気づけることができる人間になりたい。