アマチュアシンガーソングライターがカバーした、ヨルシカの「老人と海」という曲がとても素晴らしくて、最近のアーティストを敬遠していたことを後悔しました。

小学校高学年の頃から、聴く曲の中で心が震える瞬間があることに気づきました。

それがあったから、自分で作曲を始めた経緯があります。

 

 

どんな時も、心が震える瞬間というのは不意に訪れるので、心の準備ができず戸惑うことの方が多かったです。

大学生の頃好きだった人と夜中の公園を歩いたとき、私が何かを言って彼女が笑ったことで、不意にそういう瞬間が訪れたことがありました。

世界が崩壊するとかそういう大それたことではないけれど、あぁこの為に生きてきたのだ、と思った瞬間だったかもしれません。

ほんの一瞬のことなのに、今も鮮明に脳裏に蘇るのが不思議なものです。

 

私がそういう瞬間を感じる時は、少しセンチメンタルな情景で、儚さを伴うことが多いように思います。

儚いというのは私の人生に通ずるテーマのようで、小学校の授業中に窓の外を見て小さく涙を流したあの頃から、ずっと変わらず内側にあります。

何の形としても残らないようなほんの一瞬の出来事で、「これでよかったのだ」と思うものなのかもしれません。

 

昨日は風邪を引いて、今日の午後まで休んでいました。

そして夕方に海を眺めに行きました。

寒くなって人は少なく、一人で佇むことができました。

イヤホンで音楽を聴きながら、ぼんやり海を眺めていました。

音楽を止めて波の音を聞くと、水は絶え間なく打ちつけては引いてを繰り返していました。

 

今も、見えずとも暗い夜の海で波はそれを繰り返しています。

私の会ってきた人、何かしらで関わりがあった人も、私の見えない場所でまるで海の波のように変化し続けています。

儚さは「有限である」ということをいつも教えてくれます。

海もそう。

海を見ていると、はるか遠くの水平線に無限の広がりを感じます。

それと同時に、有限であることも伝えてくれます。

飽きもせず何年も前から同じような景色を見て、毎回違うことを感じます。

 


「想像力という縛りを抜け出して」

という歌詞が特に素敵だと思いました。