何かに向かわされているのか、自分から向かっているのか分からないけど、とりあえずぶつかりながらまだ歩いている。
薄暗い道や、人通りの少ない道を好んで、なるべく人に見つからないように生きてきたつもり。
自分に全く自信がないわけじゃない。
けれども、自信は少ないとは思う。
最近は推進力が少し落ちてきたから、不要なものを削って、なるべくシンプルに歩けるように頭を整理している。
自分のタスクは終わったと思っても、身体は生きているので、まだ何かしなきゃいけない。
生きていく為に、何かしてなくちゃいけない。
時々魔が差したように気持ちが下がるから。
もう少し大きな価値転換が必要そう。
生きてくために。
体調が不安定になった時期あたりから、家族に迷惑にならないよう自分のことはあまり話さずにしてきた。それが一番良いと判断した手前、内側に溜まるものを楽器や日記で吐き出してしまっている。
結局どこかで綻びはあるのだろう。。
周りの知人や友人は、早く安心したいからなのか、「結婚しなよ」「良い人見つけなよ」と言う。それが一番手っ取り早いのか、どうなのか。
生き延びる為の戦略として異性と付き合うのは、私にはできないことだ。
そして、ちゃんと心から付き合ったことって今までほぼなかった気がする。そういう面で、自分が人間として不良品だと思うこともある。ジェンダー的になにか抱えているのかもしれない、私は。
友人はいる。彼も友人と思ってくれている。
精神的なつながりというのは、距離や、経た時間を凌駕するようだ。と私が勝手に信じているだけだ。
山田孝之がRED Chairで言っていた言葉。すごく共感するところがあった。ニヒリズムを感じてしまうセンサーがあると、枠自体が崩れてしまって、生活を脅かすことがある。だからどうしても自分の頭で再構築していかなきゃ生活が成り立たなくなる。山田孝之の言葉は、考えて生きている人の言葉だった。少しファンになった。

