「日記」
昨日は、先輩の話を聞いていた。
先輩は、夫婦間のことや仕事のこと、子供のことについてかなり疲弊しており、「時々何もかも投げ出したくなる」とここ最近こぼしていたので、2時間程度、先輩の気持ちが整理されるよう心がけながら話を聞いてみた。
話した後に別の気づきが持てるよう、私が感じたことで先輩の頭の中になさそうなものをいくつか伝えてみた。そのいくつかは新しい気づきになったようである。
時折、人の話を真剣に聞いてみて思うことだが、人というのは大切な人にほど自分の真意を話せないでいる状況になりやすいのかもしれない。先輩も、奥さんが一番大切であるが故に、奥さんを心配させまいと自分で溜め込んでいってしまうところがある。小出しすれば良い話かもしれないが、男性は小出しで自分のことを言うのを「幼い行為だ」と思って我慢する人が多いようにも思う。男性だけではないかもしれないが。
少し荷物を下ろすだけで楽になることがあるのだと思う。会話することを通して。
ただ、自分の持っている荷物の重さは、その重さに慣れてしまっているせいか、自分ではそれが「重いのか・軽いのか」の判断が難しくなると思う。だから「これくらい大丈夫だろう」と思って持ち続けて、ガタが来て、投げ出したくなってしまう。
話をすることで、そこでやっと自分の持っている荷物の重さを自覚できるのだと思う。
私が長年持ち続けているのは、以前書いたことかもしれないが、フラッシュバックにまつわるものだ。
もう23年近く、心のどこかには必ずあって、それは私自身の「誰しもそういうものはあるだろう」と言う無理やりの抑制によって、平静を保とうとしていた。私の感じ方に問題がある、私が過去を拡大解釈しているだけだ、とも自分に言ってもきた。
22歳の頃にお寺の修行を一度逃げたことで、地元のお寺関係に居場所がないと感じていることは今もあるが、これは別にフラッシュバックとは関係ない。お坊さんに会うのが嫌だとか、恥だとかそういう気持ちはあるけど、立ちすくむような恐怖だったり、身体的に拒否してしまうことはなかった。そして、あれも自分の中では選択であって、後悔はしていないからそこに対しての葛藤もない。
いじめのフラッシュバックというのは、多分経験した人間にしか分からないもので、非常に強力である。
これだけ時間が経っても、地元に近づくたびに当時の情景が頭にパーンと入ってきて、「そっちは危ないよ」の信号が身体に送られてくる。
友人に話したことがある。荒れている中学から頑張って進学校の高校に行ったから、そこでの友達だ。
「お前は昔より成長しているし、今仮にそいつらと出くわしたとしても、お前の方が強くなっているよ。」
と。先輩には、
「今そいつらに会って、仮に舐められた見下された態度を取られても、今の君なら逆にそいつらを「大したことねえな」と思えると思うよ。」とも言われた。
話せる相手がいる事自体とても有り難かったが、完全には腑に落ちなかった。
福祉や教育の仕事で、私より過酷な状況を生きている人を何人も見てきた。
けれどその経験が自分自身の中の「怖さ」を変えてくれる訳ではなかった。少し薄まりはしたかもしれないが。
ただ、皆抱えているものがあるのだから、ある程度のことは我慢しなきゃいけないのか、というのをそれを見て教わってきたのに近いかもしれない。
カウンセラーにも「今の年齢になって、またあなたをいじめてくる人はいない。」ということを繰り返し言われたが、それは頭では分かるのだけれど、、身体は10代の頃と同じ反応を繰り返す。
私の悩みは、
家族を大切にしたい、もう歳をとってきた両親を近くで見ておきたい、という思いがありながら、実家に近い環境を選ぼうとすると明らかに体が抵抗を示し、笑顔が消えていくことだ。地元に近づくたびに、身体が警戒モードに入って緊張していくのが分かる。いつも帽子は欠かせない、見つからないために。帽子を被る理由なんて人に話したことなかったけど、単に外が怖いからだった。
もう一つ悩みを助長しているのは、いじめの加害者側の人間の数人は、実家の寺の檀家の人間であり、家業の手伝いをしていると出会う可能性があること。そういうことも実家の落ち着かなさを助長させてきた。
これまでに、向き合ったことで解決したこともたくさんあったが、恐怖という感情は、向き合っても向き合っても、不安が募っていくだけだった。
見ないようにすると罪悪感が湧くし、向き合うと重くなる。
一体どうしたら良いのだろう。という問いが、人生の半分以上の時間、内側にある。
これが私の悩みの中核にあるものだ。
「こんなこと、人に言うのは恥ずかしい。」と思うけど、仕方ない。
いろんなことを私は書いてきたが、これが全ての起点になっている。
こんな昔に起きた出来事がいつまで経っても内側から消えないのは、驚くべきことだ。
昨日先輩の話を聞いていて、先輩から「気持ちが少し楽になったよ。」と礼を言われた。
先輩の荷物が、私に話したことで軽くなったのなら良かった。
私も少し整理したいと思った。ここでなら、少し無責任になれるのかもしれない。
この本を読んでみようと思っています。

