こんにちは。
一昨日は遠くまで、面接に行っていました。
ガソリン代が厳しかったですが、4時間くらいかけて行ってきました。
モヤモヤしながら、不安な気持ちになりながら、面接まで行きました。
そして面接ではいろんな痛いところを突かれて、最終的にその場で応募を取りやめることにしました。
今回の面接は、私の面接歴の中でも、ワーストの空気感でした。
まぁそれでも、以前よりは動揺しなくなったなと思います。執着するものが減ってきたのかもしれません。
帰り道、頭がフリーズしたり、過去を思い出したりしました。過去を思い出したのが良くなかったのか、少しポロポロとしました。
冷静になってみれば、この今はこれまでの選択でベストを尽くしてきた先端に立っていることに気づきます。
誰だってそう。今をより良くしようと思うから、人は何かしようと思いますよね。
3月になりました。
今やってる仕事も、今月末で終わりになります。
精神の手帳を持ってる方との関わりが濃い仕事です。
仕事上、利用される方々の履歴を見なくてはいけないのですが、職場の人間関係によって発症し、休職または退職される方が殆どで、完全に人間関係の運によって左右されていることに気づきます。他の理由としては、過労や事故による脳の機能損傷だったり、先天性の発達障害だったりというものが仕事上露見していって二次的にうつ病を発症したり。理由やきっかけは色々ありますが、どの部分を取ってみても、その当人が責任を負える部分はほとんどないということに気づきます。身体の反応というものを意思でコントロールすることはできません。
頭も良くて、有名な大学に行っていて、沢山の収入を得ていた方もいました。
人間関係のトラブルに巻き込まれないようにする為には、雇用される仕事でなく、独立して収入を得る方法くらいしかないと思います。今の日本はそういう構図になっていると思います。雇用される側で働くことには必ず人間関係という運とリスクがつきまといます。
最近は、私の迷いや悩みなど大きなことではないと思うようになりました。
生温い悩みの中を生きている私も、沈むときはよく「神さま」とか「天」とかそういうものに問いかけたりします。状況が好転するよう祈るより他にない時があります。
たまたま見ていた占いのサイトにブッダのことが書かれていました。
人の生の有り様に深く絶望したブッダは、ずっと人里離れて苦行ばかりしていましたが、身体的な限界まで行ったときにそのやり方をやめ、その後まもなくして悟りました。
報われない・無意味感なども、それを深くまで観察できれば、新たな地平が生まれるものだと思っています。ブッダはネガティブ人間なので、私の考え方と相性が良いようです。

