また入院か・・・
と思いながら、本日は画像検査や細菌などの検査。
MRIに入りながら目をつぶって色々思い出す。
数年前、父が癌で何度も入退院を繰り返していた。
「やだなぁ。また入院か・・・」ってよく言っていた。
独り言みたいに
「ん、でも頑張んないとな。俺は頑張るぞ!」
とも。
お別れが近くなった時に、自分で悟ったのか
「頑張る」より「ありがとうな」という言葉が多くなった。
ある時ふと私に
「ありがとな。。。」って言ってきた。
その時、何を返していいのかわからなかった。
頭の中は瞬時にいろんなことを考えていた。
お別れを悟って、私にいま伝えようと思ったの?
何って言えばいいの?
どういわれたら嬉しいの?
え?
なに???
それで私の口から出た言葉は
「お父さん大丈夫だよ。私も、みんなも、ちゃんとやれる」
「そうか?」
「大丈夫。でも・・・お父さんがこんなことになるなら、私、もっとお父さんに優しくしておけばよかった」
と言って涙しか出なかった。
声も出ないくらいの体力だった父は、声を出さずに泣いてしまった。
やっぱり死ぬんだなって思って辛くなったのかもしれない。
一気に別れるのが寂しくなっていたのかもしれない。
成すすべなく、私は慌てて
「もう、疲れるから休んでよ。話さなくていい。」と声を掛けたら
黙って静かに寝たっけ。
これがずっと私の中で、正解だったのか、間違いだったのか悶々としてきたやり取り。
自分が入院してもその答えはわからない。
ただ、今回、開頭手術だって決まってから
父の気持ちをまた考えている。
余命宣告を受けて、残された時まで
何を考えて、何を支えにしてきたのかな。
こんな私や弟でも、支えや生きる希望になっていたのかな。
優しい言葉を掛けたら、
尚「死」が怖くなったり、嫌になるのではないか…。
叱咤激励など余計なお世話なんじゃないか…と考えたりした。
私も、凄く悩みながら過ごしていたんだよ。
ただ、静かに時間が経過していくのが良かったのかな。
人の一生で生き別れがあるのは仕方ないにしても、その人の人生が、最後まで安心して暮らせるのが一番なんだよね。
ずっとずっと辛い人生だったろう、父の一生を察すると、親として背負うべきものの責任の重さを思い知らされる。
また、子どもとしての自分の無力さも、母を前にしても痛感させられる。
病気を抱えた人にかける言葉見つからず。
自分が病気になって
家族に言葉を掛けてもらうより、お茶の一杯を入れてもらえると嬉しかったりする。
黙って傍にいてもらえたり、一緒に日々暮らせるだけで十分贅沢だと思う。
父もそんなだったのかな。。。
私、病気の父をみていられなくて
色んなことから逃げていた気がするな。