探偵事務所の所長と電気街を歩いていた。平日の昼間でも監視カメラと無数のレンズが息を潜めるこの街には、独特の緊張感がある。
週明けに韓国に行くんだ。その前にスペアを調達しとかなきゃ。
最近、多いですね。
マッチングアプリの国際化だよ。詐欺も恋愛も国境を越えてる。
今、事務所が追っている主な案件は、中国人夫婦の不倫騒動、詐欺グループの潜伏先の特定、韓国の恋愛工作師との対峙。そして、常連のムラタさん。
ムラタさんは、堅い仕事をしているアラフィフ女性。スーツがよく似合うその人は、アプリで出会った男たちを毎回、徹底的に裏取りする。素人とは思えないほどの調査力だけど、所長は言う。
証拠ってのは、ただ集めりゃいいってもんじゃない。こっちが一線を越えた瞬間、追われるのはこっちになる。
私も内心ではそう思っていた。そして彼女は、やった。
スパイカメラで撮ったの。どうしよう。
そう言って差し出されたSDカード。中身は明らかにアウトな映像だった。
これは違法です。
私が即答すると彼女は泣いた。
探偵の現場では撮ることは避けられない。探偵業での撮影は基本中の基本だ。だが当然ながら、適法か違法かのラインがある。私もこの仕事を手伝い始めて、初めて婚外恋愛相手を撮影したときには、所長に厳しく教えられた。つまり、盗撮は、ほんのワンアクションで、民法709条の不法行為、軽犯罪法違反、迷惑防止条例違反、いくつもの地雷を踏み抜く可能性がある。そして何より、違法に入手した証拠は法廷で門前払いを食らう。証拠にならないどころか、こちらのリスクになる。
それでも街は黙って商売を続けている。
ショーケースには、ボタン型、腕時計型、ライター型のスパイカメラ。合法かどうかなんて誰も聞かない。皆が知りたいのは、何が撮れるか、だけだ。マッチングアプリでの顔合わせ、ホテル、車の中…、あらゆる密室にレンズは忍び込んでいる。
れもんも撮られてるかもな。
Kさんは、そんな人じゃない。
まともかどうかなんて関係ない。こういうのは嗜癖だ。倫理より先に欲望が動く。
所長の言うことが正しいことは、弁護士事務所でアルバイトをしていた頃から感じていた。ムラタさんだって知りたい気持ちを抑えられなかったんだ。
今日も街は静かに回転している。誰が誰を見ているのか。どこから見られているのか。何も知らないまま、私たちは買い物袋を提げて歩いている。