私の母は勉強が好きで、頭が良い人だ。


東京の国立大学に合格したにも関わらず、可愛げのために別の大学に進学させられ、卒業後はキャリアを追求したかったのに結婚相手の父に専業主婦になるように言われ、家庭に入った。




本当は国立大学に行きたかったし、大学に残って研究したかった。結婚なんかしたくなかったのよ。




よくそんなことを言っていた。




私が2才のとき、妊娠中の母は私を祖父母宅に預けた。


3才で自宅に戻ったとき、私は、ジジとババの家に戻りたい、と何度か泣いていたらしい。


そのせいか、離れていた時間のせいか、母はいわゆる上の子可愛くない症候群だったように思う。




私が下の子を抱いていると、れもんが私の方に来て、ママの足だけでいいから触らせてって隣に座るのよ。可哀想なことしちゃったかしら。




電話口で話しているのを聞いたことがあるが、私はずっと母こそが可哀想なのだと思っていたので驚いた。


人生をやり直せるなら結婚はしない、子供も生まない。そんな言葉を口にする母は、自分の人生を深く後悔しているように見えた。




私は母に、大好き、大好き、と言い続けた。




母はそれを聞いて、私を抱きしめたりすることはなかったし、虐待することもなかった。まるで問題集を進めるときと同じように、淡々と正しく子育てをした。


母への愛情なんだか、執着しているんだか、癖のように好きと言うことが自分でもよく分からなくなってきた頃、私には初めての彼氏ができた。




近隣の中学校の野球部のピッチャーだった。当時は違う学校の彼氏を作るのがステイタスみたいなところがあって、私も漏れなく流行りに乗っかった。


告白されて始まったはずなのに、この彼にも私は、好きだ好きだと言い続けた。そしてフラれた。正確には、家に電話が来なくなって、ある日、駅前の商店街を女の子と歩いているところを目撃した。


好きだといくら伝えても、望むものは手に入らないのだ。胸に刻んでいくうちに、男の子との距離感や駆け引きを学ぶことができた。




婚外恋愛を始めて、Kさんに好きだと言われることを願っていたけれど、私自身も彼に好きだと伝えたことはない。


胸の中で不満を増殖させているのに、どうすれば自分を喜ばせることができるのかも分からない。


恋愛の刺激に飢えているだけなのか、お金で満足感を得たいのか、自分の価値を感じることを生きる糧にしたいのか、いつまでも女でいたいのか。




そんなことが頭を巡っている最中、選手くんから大好きと言われ続けて、どう受け止めたら良いのか分からず、私はイラついた。


好きなんて、そんな言葉を何度も投げかけて、同じ言葉が自分に返ってくることを期待しないで!!


メッセージでは、好きと言われるたび、スタンプで返したり、冗談でごまかしたり、ひどいときには無視して会話を終わらせた。




昨日のこと。


何の脈絡もなく大好きと伝えるメッセージに、私はふと、肩の力が抜けていくのを感じた。





急に今までの自分が嫌な人間に思えて、急いで返信をした。


1時間しないうちに携帯に受信通知があった。



※選手くん、たったの3つ上ですけど…



選手くんの気持ちを素直に受け止めてみたら、母に好きだ好きだと纏わりついていた、可哀想な自分の過去も許していけそうな気がした。




あーあ。


私は、甘い言葉に簡単に喜んだら、自分が寂しい女だと認める気がして嫌だったんだな。


だけど本当は、あなたは大好きな存在だよって言われたくて仕方がなかったんだな。


婚外恋愛を通して、私は、自分の人生に足りなかったものを少しだけ補いたかったんだ。




本気じゃなくたって、いいや。


今だけだって、いいや。




選手くん、後出しでごめんね。


私も大好き。