ここからスタートしました♡



リカちゃんは財閥系企業の御曹司と無事に結婚しました。私も結婚式には参列して、二次会ではブーケももらい、今でも当たり障りのない言葉で年賀状を交換しあっています。
ファッション雑誌の読者モデルとなった彼女は、あの頃より更に輝いていて幸せそうです。


レミちゃんとは連絡を取っていません。
食事のたびにブランドをサプライズプレゼントしてくれていた人が横領事件を起こして、怖い人に追われて一緒に沖縄に逃げた、という話を人づてに聞きました。
なぜレミちゃんも一緒に逃げる必要があったのか、今はどうしているのかも分かりません。




スイくんとは、一度だけ連絡を取った。




別れて10年ほど経った春の日、スイくんの住んでいた部屋に近い学校で、子育ての講演会があった。


JR中央線の駅に降り立ったとき、懐かしい気持ちを抑えきれず、私はバッグから携帯を取り出した。




別れてから一切連絡を取っていないのに、いつの間にか友だちになっていた彼のLINEを開いて、


今もまだあのアパートに住んでるの?


と入れた。




講演会が終わって、電源を入れると通知がきていた。




今はもう住んでいない。いつかあのメンチカツは食べたいと思っているけれど。


スイくんだった。




私も。


そう返そうと思ったけれど、やめた。


代わりに深く息を吸いこんだ。




当時とほとんど変わらない平和な住宅街が目の前にあって、暖かな日差しに包まれていた。




毎週通っていたこの長い道を私は1度でも1人で歩いたことはあっただろうか。




彼の痩せた背中も、カルバンクラインの香水の匂いも、あんなに好きだった笑顔でさえ、今はもうはっきりとは思い出せなかった。




自転車の後ろに私を乗せて、一生懸命ペダルを踏み込んでいたスイくんも、いろいろなことを飲み込んで生きていたのだと、今なら分かる。




優しい風が吹いて、柔らかな新緑の匂いがした。




一瞬だけ、あのボロ自転車がギィギィと軋む音が聞こえた気がして、鼻の奥がツンと痛んだ。