日光街道ガイドツアーに参加しました。
 
まず、見に行ったのはこの石碑。
この町の人たちは鉄道が引かれるときに鉄道や駅のメリットが分からず、要らないと結論を出したそうだ。
 
結局隣に町に駅はできたのだけど
 
遅ればせながらその利点を知り、町の有志達がお金を出しあって、駅ができたのだと。
 
これがその方々の名を記した石碑。
いつもここ通っても全然存在に気がつかなかった
さすがに94才のうちの理事長も関与はしてないぐらいの昔の話。
 
今後この駅の歴史も深掘ろう!
 

見に行くときには車に気を付けてね。
 

そしてツアーは南に。この小道の両端にたつ石の門。だいぶ歴史がありそうだけど
 
何の門だろう
ガイドの先生も分からず…
ブラタモリだったら
これは橋だったとか、お寺がこの先にとかいう感じよね
これも今度調べたい
 
 

これはちょっとカメラマンの腕が良くないけど
日光街道と大相模道の追分の石碑。
吉宗の時代が書いてある。ここにはきっと茶店なんか有って、追分団子、追分ようかんかなんか食べれたのじゃないかしら(´∀` )
 
そしてこのおふどうさま。
とっても身近な存在なんだけど
由緒正しく、昔は正装してお参りをする場所で、最近までお年を召した方はバスの中からでも帽子をとって挨拶をしたという。
 
火事があってお寺自体は焼けたけど、門だけ焼け残ったらしい。ここに掲げられている書が松平定信が書いたもので、そのぐらいありがたいお寺なんですって。
 
私たちにとっても節分のくじで冷蔵庫が当たったり、お菓子をたくさんふるまってもらったり
とってもリアルにありがたいお寺です。
 

そして、市役所に有る説明書き
なんと日本の誇る国民保険の先駆けとなる助け合いの制度第一号はこのまちにあったと!
なんと
すごい歴史だよ
ここに住んでいた人たちの賢さ、温かさ守っていきたいですね。
 
ちなみにここは以前は川の河原だったところなんですって👀
立派な市庁舎が今はあるけど、まぶたを閉じ昔と今を融合させてみるとおもしろい。
 
でもちょい気になるのは、土地は歴史を覚えているっていうから、地震や水害は大丈夫なのか???
 
 
そしてこの近くの看板建築の横の小道を挟んで段差があり
高い方が堤防だったんですって~
そう言うの聞くのめっちゃ楽しい
 
 
次は由緒ある雛人形屋さんへ

 
 

すごく古いのに色鮮やかな絵にも目を奪われ
 
大切な時代時代の雛達がならび
 
 
 
雛人形の作り方が学べるようになっています。
 

大河ドラマ真っ最中の節約の叫ばれた時代の雛や
 
 
 

雀のお宿の雛も見せていただき大満足。
この町のお雛様の歴史ってすごく古いんですって
ここもアピールもっとしてもいいよねえ💦すごいよ
 
 
そして外観は看板建築。
 
この町の歴史的遺産は、日の目をあまりみてないけど、とはいえ最近は市もこの景観を残すため、新しい建物にも外観上の一貫性をもたらすための景観条例が適応になるようになったらしい。
上記は、実は真新しいホテルなのにこの素敵な佇まいなの。
 
そしてお次はこちら
 
ながーくこの辺住んでたけどこんなところにこんな味のある路地があるなんて知らなかった
 
 
 
 
 
この神社、まるでタワマンを祭っているかのようで残念だけどとガイドさんは言ってたけど
 

 

 

これに書いた増上寺みたい

 

江戸時代と現代のコラボはむしろ感動

ここには江戸時代の力持ち、三ノ宮卯之助さんの力石や、子供相撲の土俵跡がある。

これも言われないと分からないけど💦

 
そしていよいよ日光街道の当初の面影を残すエリア
 
 
 
格子窓も緑青のきれいにかかった戸袋も素敵
良く見ないと気づかなかったよ。
 
 
 
そしてこちら✨✨✨
 
 
素敵すぎる
今は使われてないけど何年かまえまでは、現役のクリニック、その前は郵便局だったんですって。
 
中にもはいってみたいな
ちなみにこのツアー
一級建築士さんが説明してくださることもあるとの事で
この建物も建築学的にもすごいらしい
うんちく聞きたいなあ
 
取り壊さないでほしいものの代表格です。
 
 
この右下の小窓だけあけて何してたのかな?どんな人がどんな服を着て開けてたのかな?気になる!
 
とりあえず今日はここまで
後日また続きを書きます
 
ところでこのツアー
なにがよかったって、お仲間がすごーく良かった
ドアの金具をアップで撮ってる方もいてその気持ち分かる~っ
いつも理解されない気持ちを分かってくれる人ばかりだった~
 
そしてこの町のたくさんのいいところ発見
もっとアピールしていきましょうよ
続く