はろはろ。みなさん、こんにちは。猫天使修行中、黒猫ようたろうです。ようたろう

昨日、今日とちょっとまた朝夜冷えた気がしましたが、いかがお過ごしでしょうか?
実はここ2,3日、どうでもいいことなんだけど、何故かちょっと脳裏から離れない映像があったので今日はそれをみなさんにシェアさせていただきます。

他の事も書きたいな~なんて思いながら、徒然なるままに。。。と、また書いているわけですが、今日の題は、『豪快に!!』でして、何でそんなお題にしたかと言いますと、僕が偶然目にした光景にぴったりの言葉だったからです。

え~。。。何を見たか、と言いますと。。。
2,3日前、星影さんがぷらぷらと駅近くを歩いていた時のことでした。2、3メートル先を年頃で言うと、たぶん20代前半ぐらいの若い女の子が、食パン一斤を袋にも、手持ちのバックにも入れず、小脇にはさんで歩いてたんです。

いやいや、日本の女の子ってかわいくしてる子って多いじゃないですか。そんな中、食パン一斤を袋にも入れず小脇に挟んで街中を歩いてる子ってあんまりいないんですよね。そんなもんで、星影さんも僕もその子に釘付けになって、「何で食パン?」。。。「なんかありそうであんまりなさそうな光景だ。。。」なんて思って見てたんです。 そしたらね、その子、偶然にも星影さんと同じバス停に向かってたようでして、そのまま同じバス停でバスを待ち始めました。

そしたらですね、その子、その場にしゃがみ込みまして、そのままパリッと食パンの袋を開けたかと思うと、そのまま一枚取り出してむしゃむしゃ食べ始めました。 よっぽどお腹すいてたのかな~っと思うくらい、豪快に口にほおばってまして。。。僕はまた、「なんかおもしろい光景だ。。。」と思ってその子に釘付けになってしまった訳ですね。

。。。。とまぁ、若い女の子が食パン小脇に挟んで歩いててバス停に着いたらそのままそれを五豪快に食べてた。。。っていう、それだけの話なんですけど。 これを聞いて、お行儀が悪いわね~、とか、そんなの別にめずらしい?なんて思う人とかいろいろいるんでしょうけど、僕としては何か、人目もはばからず、豪快に食パン食べてるその女の子、おもしろくて好感持っちゃったんですね。 

ま、この子は食パン食べてただけで、僕はその子について、その他の事はなんにも知りません。 でも、なんとなくですが、その中にも彼女の天真爛漫的なところが見えた気がして面白いな~って思ったんです。 ほら、例えばね、ハリーポッター書いたJKRowlingさんが、コーヒーだけでカフェにず~っと居座ってハリーポッター書いてたっていうお話は有名でしょう?お店側からしたら、「別にもちろんいいんだけど~、ちょっと変わってるし~、でもいいお客さん、って訳でもないよね~」。。。って感じだと思います。でも、食パンほおばってる女の子見てて、なんとな~くですが、それに似た素直な個性みたいなものを感じたんですね。

そして、何気にその子を見ながら、何か豪快にいろいろしてみるのっていいよな~なんて思ったりなんかしたんです。

英語ではね、

『Be bold!!』 (大胆になれ!

なんて言い方します。 食パンの子とは全然関係ありませんけど、その子見てて、「豪快に食べてるな~」って思って、おもしろいな~って思って、そういえば面白い子ってけっこう会ってるかも。。。って思い出したりしてました。。。
星影さんがアメリカから帰国する際、前々からしたかった、東海岸から西海岸までバスと汽車で観光がてら横断っていうのをしたんですけど、途中バスでめずらしく日本人の25才の女の子に出会いまして、その子はろくに英語もできないのに、勇敢(無謀)にも西海岸のバンクーバーからカナダを横断して東海岸のニューヨークへ行き、そしてまた東海岸から今度はアメリカを横断してカリフォルニアにというルートを全部、アメリカ人もいやがる長距離バスで旅行しておりました。もともととってもかわいい子でしたが、アウトドアが好きで2,3日シャワーあびれなくてもけっこう平気な性分だからこういう旅行は平気なんだとか。かわいさと服のぼろぼろさのミスマッチがとってもチャーミングな子でしたね。なんか結婚を約束しているけっこうやり手な彼を日本にほったらかしにしてきた、っていうところもその子らしくっておもしろかったな。。。アメリカで星影さんが仲良くしてたフォトをやってた日本人のおね~さまは、150センチぐらいの小さな体にもかかわらずオーストラリアをモトクロスで一周してたりとかしてたし。。。日本に帰ってきてからも、たまたま興味があって行ったクラスでペアになった子は21歳の六本木のキャバ嬢あがりの子で、彼女は、高校卒業してネットで下着のビジネスを始めたそうで、それが一応波にのったので、今度は六本木に蕎麦家をつくった、って言ってました。 その子の目は僕、正直とっても苦手でしたが、ビジネスのいきさつなんか聞いてると、なるほどと感心する事いろいろ言ってましたよ。で、ある時仕事関係であった女の子は、まだ19歳で高校中退してましたが、なんかアメリカでもうわさに聞いていたような、日本の漫画の世界からそのまま飛び出してきたような子で、ちょっとダークなビジュアル系(?)って感じで自分のこと“僕”って呼ぶ、ゲームが大好きな不思議な女の子でした。。。っとまぁ、この子は単にカルチャーショックってことなんですけど、なんか正直な上、知識も豊富だったりと、とっても個性的だったのには感心したものです。。。

まぁ、ざっと今思い出してみてもこれくらいぽんぽん出てくるくらい、最近はホント面白い人が沢山いますよね。日本の人って、外国からの情報とかもすごく早くキャッチしますし、個性個性、って言われてる時代だからそれだけおもしろい感じの人もやっぱり多くなってるのかな~なんておもう今日このごろ。。。

食パンの女の子からまた、いろいろお話は飛びましたが、でもこういうおもしろい人達のこと考えたりしてると、自分も “豪快に”何かやってみたいな!って思いません?

そんなことを考えながら一人むずむずルンルンしてる僕でしたとさ。

さっぶい日が続きますが、みなさん風邪などひかないよ~にしてくださいね。

それではまたね。

ようたろうようたろう
はろはろ。みなさん、こんにちは。猫天使修行中、黒猫ようたろうです。

今日は、なんとなく“運命”について書いてみたくなりました。

最近偶然アメーバニュースで “こうして私はホームレスと結婚した”っていう記事を見つけて読みました。 読んだ方もいらっしゃるんじゃないかと思います。
下着デザイナーだった女性が偶然本屋で出会ったホームレスの青年と恋に落ちてから、現在に至るまでの波乱万丈の人生が紹介されていました。 ホームレス生活、病気、物乞いの日々、そして芸術家、作家としての成功。。。などなど。。。いやいや、こんなお話を聞くとやっぱり、“運命”ってあるんだろうな。。。って思わざるを得ない。。。って感じです。
記事はこちら>>こうして私はホームレスと結婚した

僕が思う、このホームレスの青年と結婚した下着デザイナーだったルイーズさんのすごいところ、ってやっぱり自分の気持ちにホントに素直に従ったってところじゃないでしょうか。。。そしてそれからどんなことが起こっても二人で乗り越えていこうと思えたってところ。。。これはやっぱりまさに運命の出会いだったんでしょうね。。。普通なら、“ほろりと来た私が馬鹿だった。。。”なんて思いそうでしょ?

世の中には結婚の形っていろいろあって、それぞれにその人が選んでるレッスンを反映してますからどれがよくてどれが悪い、なんては言えないんですが、それでもやっぱり、一緒に人生を歩んでいこうと決めた相手とここまで深く愛情でつながりあえるって、すご~くすてきだと思います。

ほら、日本でも、無農薬のりんご栽培に成功した木村秋則さんって、奥さんが農薬で手あれがひどいことから何とかいい方法はないかと、いうところから始まったっていいますし、この間テレビで見たんですけど、目が不自由になった奥さんに何とか笑顔を取り戻したいと、庭に芝桜を植え、それが今では芝桜の名所の一つとも言われるほどにまでなった、「平成の花咲かじいさん」こと、新富町の黒木敏幸さんのお話とかもやっぱり運命っていうの感じざるを得ないというか。。。そんな感じしますよね。。。

夫婦間の愛情。。。とかではないですが、最近YAHOO.COMで読んだカナダのフォトグラファーのジョエルさん (Joel Robinson) さんのお話も面白かったです。趣味で始めたファンタジックな写真にコカコーラの映像を取り入れてたら、コカコーラの会社から世界を回りながらコカコーラを題材にした写真を撮って欲しいという仕事のオファーが来たっていうお話です。どこでどんな風に人生転がるかなんてわかりませんね。
彼の写真、とっても素敵なので、みなさんも是非見てみてください。
彼のFlickrの写真はこちら>>Boy_Wonder

ホームレスの青年と結婚したルイーズさんにしても、こちらのジョエルさんにしても、自分の気持ちに素直に行動したって所は共通してます。いやいや人間様の“ハートに従う”生き方の中にはいつも素敵なドラマが隠れているのかもしれません。そう考えるとワクワクしませんか?

生きているといろんなことがありますけど、一見つらく、悲しい出来事がしばしばその人の人生での転機になることってあります。この豊かな時代、昔に比べればたぶん随分と素直に自分らしく生きられるようになってきてるとは思います。そして、その中での課題っていうのは、危機を人生のなかに招き入れる事無く、自分らしく生きる選択ができるようになること、だと思うんですよ。そして、その中でCOMPASSIONの大切さっていうのも忘れない。。。。。。(って、この部分僕にとってはみんなが幸せな状態により早くなるためにとっても大切な部分だと思うのでつけ加えさせていただきました。)

って感じです。
心温まる運命ドラマって、いつも“何か”(これは他人でも自分でも物でも動物でもいいんですが)に対して持つ“愛情”から起こるのかもしれませんね。。。う~ん、素敵すぎるっ!!

って気分がよくなったところで今日は終わりにしましょう。

それではまたね。

ようたろうようたろう

はろはろ。みなさん、こんにちは。猫天使修行中、黒猫ようたろうです。ようたろう

久しぶりの “徒然なるままに。。。”です。

おととい、ぺらぺらとドロシー.マクレーンさんの本 “Call of The Trees” をめくってたんです。そしたらまた、普段僕らが“当たり前のこと”として受け取っている、“木は二酸化炭素を吸って酸素を出す”っていうこと。。。のその“こと”のすごさをしみじみと感じる瞬間がありました。
そして人間も動物も、酸素吸わないと、ものの数分でお陀仏になってしまうんですよね。。。

。。。。。。。いやいや、その。。。これはすごいことです。僕も黒猫だった頃は当たり前のように猫なりに小さく、(怖い時だけちょっと大きく)呼吸しながら、野原をかけめぐり、うさちゃん達を追いかけまくってたわけですが、怖くて仕方がない時も、野原を駆け巡り楽しんでる時も、ず~っとずっと地球上の木や植物は酸素を出してくれ続けてた訳です。

僕はまたしみじみと“生かされている”っていうその意味っていうの、考えちゃいまして、ホントにそうだったんだ。。。。と思ってしまいました。
そして、心の中で肉球を合わせ、母なる地球に 「ありがとうございます。。。」と唱えたのでした。

そしたら、昨日は何ともすばらしい日でございました。

朝から、外に出てすぐ見事な富士山が見え、コノハナサクヤビメにご挨拶できたと思ったら、出先では目の前に更に見事な富士山が全貌でき、「きゃ~美しすぎる~」と大喜びし、夕方には、これまた「おぎゃあ!!」とも言わんばかりの生まれたての大~きなオレンジ色の満月が目の前に!空がいっぱい見えるアメリカの方が、絶対に夕日とか、月の出とか、でっかく見える!と確信していた僕でしたが、いやいや、昨日の満月の大きいこと大きいこと。感動して、まじまじとよく見よう、とわざわざ赤信号待って、長い横断歩道渡って、向こうでしばらく見てからまた引き返してきたほどの美しさでした。 昨日が今年初めての満月だとは知らなかった僕は「幸先いいな~」と、そのラッキーさにもしみじみ感動したわけです。

。。。で、何が言いたかったかと言いますと、大好きな富士山といい、満月といい、「昨日の感謝のお祈り届いたんだな~」って思ったわけです。 いやいやホントですよ。宇宙はいつもこんなふうにサインをくださります。きっと喜んでくださったんだと思います。 

いろいろ生きてるとおもしろくないこともあったりしますよね。この世の中に、素敵な人達がた~くさんいるのは事実。いろいろな人達にサポートされうまく行ってる時、「一人じゃ生きていけない、みなさんのおかげです。ありがとう、ありがとう」、って思うのは簡単です。みんなに感謝するのも簡単ですよね。でも難しい人生のレッスン中の人達の中には、「人生のばかやろ~!!!」なんて、叫びたくなる人だっているんじゃないかと思います。でも、「一人じゃ生きていけない」って、どんどんと元をたどって原点を考えると、やっぱホントなんですね。生きていくのには、食べなきゃいけない、食べるのにはお金がいる、住むところを確保するにもお金がいる。。。なんてふうな方向性で人間様の社会ではまず考えてしまいがちですけど、息ができなければ人間数分で死んでしまうってこと。。。その酸素を供給してくれてるのは自分ではなく、自然で、その自然なしでは生きられない。つまり、元々一人では生きられない。“生かされている”ことに感謝せざるをえない、状況下に人はみ~んないる、ってことなんですね~。

こう考えるとすごくないですか?だから、神社の何百年と生きているご神木とかだって、神様が宿ってるっていうこと以前に、酸素を長い間ずーっと供給してくださってるわけですから、それだけで感謝してもしきれない、ぐらいで普通なのかもしれませんよ。
っていうか、感謝しろ、っていうんじゃなくて、感謝できる理由がそこにあるってことがありがたい、って思いません?

。。。。な~んて徒然なるままに、思いを巡らし幸せを感じる僕でした。。。

あ、ドロシー.マクレーンさんは、植物の精霊Devaの導きにより、不毛の土地に見事な菜園をつくりあげたフィンドホーンの創始者の一人です。彼女の人生からあふれ出るやさしいエネルギー、すっごく素敵です。よかったら、本も読んでみてくださいね。


それではまたね。

ようたろうようたろう
はろはろ。みなさん、こんにちは。猫天使修行中、黒猫ようたろうです。ようたろう

またまた お久しぶりです。 さっぶいさっぶい日が続きますが、みなさんお元気ですか?

年末から『太陽と北風』のお話を通してエネルギーの動きについていろいろお話してきました。
前回はプロの“与える人”との間に起こりうるエネルギーの動きについてお話ししました。

今回は家族間でのエネルギーの動きについて考えていこうと思います。

『エネルギーの動き』を考えた時、“家族”、っていう小さな集団は、人それぞれを取り巻くエネルギーの基本的な形を作るために大きく影響する場所になります。自分らしく生きていきたい、と思っている人がいるとすれば、家族、幼少の環境というのは振り返らなければいけない道、となります。というよりも、人って誰でも自分のことを見つめ直し始めると、必ず思い出していくものなのだと僕は思ってます。

そして、そのプロセスの中で、エネルギーの動きを理解する事によって、状況を第三者的に見てとらえることができ、それによって、例え苦痛を与えられた人に対してもCOMPASSIONを持って、自分の問題に取り組みやすくなる、ということです。

“家族”っていう小さな集団、って言いましたけど、まず、“集団”っていう概念について考えてみます。星影さんがまだ子供の頃、。。。たぶん小学校の頃だったでしょうか。何のクラスだったかももう忘れてしまってますが、何かの時、“集団”についての概念が説明されました。 その時、まず、“個人”から始まって、“家族”>>“学校”>>“町,市”>>“都道府県”>>“国”>>“地球”>>“銀河系”>>“宇宙”。。。。。っとまぁ、こんな感じでした。個人から始まって、最後に宇宙って終わったのを星影さん、「何でそうなる?」と頭の中、?????だらけになっていたのを覚えています。 どうしても、個人が始まりで宇宙が終わりだったのがよくわからなかったのですが、大人になって考えた時、なるほどな~ってけっこう感心したものです。

つまり、集団には小さいものから大きいものまで様々ありますが、それぞれに一つ一つ、似ているようでもキチンと異なるエネルギーで形成されているんですね。それらが集団として一つのキャラクターを持つ事によって、それらは相互に影響し合い、何らかのエネルギーが生まれ、何かが変化し、そしてやがて消えていく。人間だったら、そのそれぞれの集団の中で、学ぶべき教訓を学び、人として、魂として成長していく、という訳ですね。 だから、集団、その中でも個人から身近である、家族という集団エネルギーは人格形成や、その人それぞれが人生を形成していくための基礎エネルギーをはぐくむ場所、とも言えるでしょう。 だから、とりわけ大切なんですね。

それではとりあえず、家族内のエネルギーの動きについて簡単に説明しますね。
いろいろな問題が家庭内で起こるのはそこにネガティブなエネルギーが存在するからですが、そのネガティブなエネルギーというのは、家族の中で一番センシティブ、つまり、繊細で、敏感で元々は人をいたわれるような心やさしい人たちに流れ込みます。 いろいろなケースがあるため、それぞれの問題を解決するためには、もちろん外から見ただけでは判断できない場合も多々あります。生まれたばかりで間もない子供は無防備で外部、多くの場合一番身近にいる人間、つまり親の観念の影響をそのまま受けますので、親が自分らしい生き方が出来ていない場合や何かしら潜在的にネガティブな観念を押し殺して生きている場合でも、そのネガティブなエネルギーの影響を受けやすい、ということは確かに事実です。親が自分の中で見ないようにと押さえ込んでいるネガティブエネルギーがあり、それを押さえこんだまま生活しようとすれば、よくその子供、複数なら、その中でも一番繊細で敏感な子がそのネガティブエネルギーの影響を受けてしまう、ということです。 しかし、家族の中で誰に一番ネガティブエネルギーが流れ込むか、というだけの観点からすれば、自分らしい生き方ができていないことやレッスンなどを自覚して四苦八苦しているような親であれば子供を大切にと思うあまり、親である自分自身が大変な状態に陥るケースも少なくないので、一概に、子供がネガティブなエネルギーの影響を一番受けるとは決して言えません。親が家族間の重荷を一番背負っているということももちろん多々あるんですね。

次にそのネガティブなエネルギーが実際どういう形で現実世界に現れるか、ということですが、ネガティブエネルギーの表れ方もまた、人それぞれ、さまざまです。 ネガティブな事ばかり口にして周りにネガティブエネルギーの根源のような言動をする人もいれば、引きこもりや登校拒否など社会現象的な症状として表れる場合もあります。 いじめ、家庭内暴力や、幼児虐待など、いたたまれないようなことが起こるのも、このネガティブエネルギーの表れの場合もあるとも、もちろん言えます。一方ではまた、心やさしく敏感な上、意志も理性も強い人達はそのやさしさのエネルギーをまわりに振りまきながら、病気になってしまったり、中には事故にあってしまったりする人もいます。そして、例えば、家族内で不幸があった時、たまにそれが続いたりすることもありますよね。こういうことも、家庭内のエネルギーの動きの変化によって起こるごく自然なことだったりもするのです。最悪の場合はもちろん犯罪だとか、そういったことにもつながってしまうこともあるネガティブエネルギーですが、先ほども言ったように、基本、家族間の中でのネガティブなエネルギーを受ける人というのはその中では一番繊細で敏感、言い換えれば人を気遣える潜在能力が高い人、とも言えるってことも覚えておいてください。よく幼い頃や若い頃につらく苦労した人達がそれを乗り越え立派になって、周りの人達のためになっている。。。なんてお話聞くでしょう?神様は乗り越えられない困難を持ちかけたりしない、っとも言うでしょう?だから、もしこのブログ読んで自分は家族に理解されて無い。。。とか感じているような人がいても、がんがんに希望を持ってくださいね。

そして、そのエネルギーの動き、誰から誰への影響が問題が起こっているかを理解できれば、それに対して何らかの対処が必要ですよね。 その家族間の中でのそれぞれの問題を改善していく最善の方法として僕がまず言いたいことは、

それぞれが自分には神の子パワーが宿っていることを理解しながら、自分らしい生き方をする、つまり天命を生きる!!

という実はかなりシンプルな答えだったりするんですね。ま、もちろん、自分らしく生きていいんだよと、教え込まれていない人達にとっては、自分の中の観念を変えていくことが一苦労だったりもするわけですが。。。ま、でもこういうことなんです。そして、家族間のエネルギーの動きっていうのは、一人が変わると、そのエネルギーは面白いように影響し合うことが多いのです。でも、もちろんこの時、他人はコントロールできない、ということ、変えられるのは自分自身だけで、自分はその相手に対して付き合い方、態度を改めることで、その変化を示すことができるだけだ、ということは理解しておいてください。でも、一般にその家族間で一般にお互いを思いやる気持ちがあれば、通常なんらかの変化お互いの中に見られるはずです。

例えば、あるところに大企業といわれる会社に就職しながらも出世の道を立たれた上、いつ自分がリストラされるかと心配しながら暮らしている一家のあるじ、金三郎さんという方がいたとしましょう。奥さんのおさよさんはそんな無気力な夫に文句を言いながら、子供の進学の心配ばかり。でもその子供、そめきちは、無気力で仕事に行きうだつのあがらない父親と口うるさい母親がきらいで勉強もせず、学校をさぼり悪い友達と付き合うようになってきました。金三郎さんは仕事に行き詰まりをかんじながらも、それに対しては何も出来ず、家でもろくに口をきかず、唯一好きだった釣りに暇を見つけては一人で出かけていました。ある時、そめきちが学校で喧嘩の問題を起こし、金三郎さんは、そめきちをなんとかしなければと、決意します。しかし、そめきちは、うだつのあがらない金三郎さんの話を聞くどころか、反対に非難や罵声をとばすばかりです。困った金三郎さんは、どうしたもんかと、家族カウンセラーに相談しにいきました。すると、カウンセラーは個人それぞれが持つ無限の可能性について説明した後、金三郎さん自身に沢山の事を質問した上、趣味の話、小さい頃の夢などの話も聞いてきました。その中で金三郎さんは気づきます。「自分は何て受身で逃げ腰の生き方をしてきたんだ。。。自分のことを誇らしく思えない親を子供が尊敬できるはずもない!!俺自身が自分を信じて変わらなければ!」そこで、金三郎さん、自分の長年の趣味である釣りにかかわることで何かしたいと立ち上がります。もちろん奥さんのおさよさんは大反対で離婚話までもちあがります。それでも金三郎さんは決心を貫きます。 最初は釣りブログから始め、ネットでショップを開き、厳選しためずらしい釣具を集めて売り始めました。釣り好きの人達が金三郎さんのブログでのアドバイスを評価し、釣具も売れるようになってきました。少しずつお金が入ってくるようになった様子を知ったおさよさんの態度も次第に変わってきます。 おさよさんも次第に金三郎さんのビジネスに協力的になってきたうえ、手伝いたいと、おさよさんはコンピューターの勉強を始めました。 家での金三郎さんに笑顔が戻りはじめ、自分の進学についてガミガミ言わなくなったおさよさんに、もちろん息子のそめきちは気づきます。 そして、そめきちも金三郎さんに釣りに誘われ一緒に出かけたりしていく中で、少しずつ、金三郎さん、おさよさんにも心を開いていき、同時に金三郎さんもまた、いかに息子と人間として向き合う事をしていなかったかに気づいたのです。 2年後、金三郎さんは、以前の会社も辞め、おさよさんとの協力の中、釣りツアーなどのビジネスにも手を広げ、そめきちは自分の夢を追うために真面目に学校へも行くようになりましたとさ。。。めでたしめでたし。。。

。。。と、まぁ、こんな感じに、一人のエネルギーが変わると、家族にも伝わります。 これは、親の中に潜在的に押し込められていたネガティブなエネルギーが子供に影響していた例です。 もちろん、これは比較的問題が重くないケース、とも言えますし、子供が何らか苦痛を経験していてもそれを自分の問題として受け取ることは親にとっても簡単なことではない場合も多いでしょう。 でも、ここで僕が言いたいのは、お互いの間に愛情があり、歩み寄る意志がある時、神の子パワーに基づいて、相手を変えるのではなく自分が変わろうと、愛を持って行動を起こす時、気づきは面白いようにお互いの中で起こり始め、よい方向へと進んでいくものだ、ということなのです。  もし、金三郎さんが自分のことを省みず、そめきちの問題ばかりを解決しようとしていたとしたら、そめきちはよくなるどころか、状態は更に悪くなった可能性も大いにあります。

このお話って、『太陽と北風』のお話にも通じるところがある、って思いませんか?

このブログの中でもちょっぴりふれたことがありますが、人ってそれぞれの家庭環境その中でその人生で学ぶべき教訓を選んで生まれてきます。どんな両親や家族構成の下生まれてきても、それを魂のレベルでは自分で選んでいる、という訳です。 もちろんこの概念は、スピリチュアルなもので、信じない人もいるかもしれないんですが、実はこれって、自分の人生を自分で切り開いていく上でとーっても大切、というか、取り方によっては信じた方が人生において誰にとっても便利な概念なんですね。例えば何かいやなことがあった時、エネルギーの性質として起こっていることに対して、誰かのせいにしている場合その状態を引き起こしている根本的な状態を変える事はできません。例えば親から否定的なことばかりを言われ続けつらい思いをしていた人が自分らしい人生を作っていく場合、親は選べないし、自分のせいではない、と言ってはいつまでも同じような状況から抜け出す事はできない、っていう訳です。エネルギーの動き的に言ってみると、誰かのせいで自分は惨めな状態のままなんだ、と言うと、その人が力を持っているから、力の無い自分に状況を変えるのは不可能だ、と言っているのと同じで、相手に自分のエネルギーを与えているのと全く同じ状態だ、と言えるということです。

僕がこの金三郎さんのお話を例としてあげたもうひとつの理由として、ネガティブなエネルギーを受けているのがまだ経済的に独立できていない扶養されている子供の場合、この子供が親からの歩み寄り無しにその状態から一人で変わることが難しい、ということがあります。何故なら、お金、というのはそれそのものがポジティブにもネガティブにもなるエネルギーであり、そしてそれを伝達するものでもあるからです。問題を抱えている子供を持つ場合、その親はその状態から自分にとっての教訓を子供が反映してくれているんだ、とも思っていい、くらいに言えると思います。 でも、子供に親としての愛情を持っていても、なかなか子供を見て自分の教訓を学ぶのは容易でないし、そのまま歩み寄ることなく大人になってしまうこともあるでしょう。傷ついたまま大人になってしまっている場合もあるでしょう。でも、自分らしい人生を生きたいと思う時、“これは自分が選んだ人生”なんだってこと、覚えていてくださいね。それがスタートになります。そして、もしあなたが、まだ親の扶養のもと、つらい思いをしているなら、責めたり、批判するのではなく、できることならキチンと自分の本当に歩みたい道を選ぶ意志表示をすること、とても大切です。 それがあなたの歩むべき道ならば、必ず回りにサポートが表れます。 意思表示もできないような状態なら、あなたの気持ちをサポートする団体など探してお話ししてみることも、あなたが心地よく感じられるなら、(ここ大切ですよ。)それは助けになると思います。
がんばってね。

。。。っとまぁ、また今回はいろいろと家族間でおこるエネルギーの動きについてお話しさせていただきました。

家族間で起こるネガティブエネルギーの動きについては、アメリカのリレーションシップカウンセラーである、ジョン.グレイさんの本の中でも説明されています。 星影さんが読んだ本は本の数冊ですが、日本語に訳されているものも沢山あるようですから、良かったら読んでみてくださいね。 

。。。という感じでそろそろ 『太陽と北風』のお話を通してのエネルギーの動きについてのお話を終わりにしたいと思います。

僕は物事が、外から見えることや、論理的に理にかなっていたりすることだけを元に物事を判断しやすいこの3次元の世界で、みなさんの意識が高まりエネルギーのレベルでの考え方ができるようになると、もっともっといろんなことの真髄が見えてくるような気がするんですよね。 

もう少し、スピリチュアル的なエネルギーの動きのお話もまたちょくちょくこのブログでお話ししていくかもしれませんので、お楽しみに。

ま、とりあえず今回はこのへんで。
エネルギーの動き:『太陽と北風』に学ぶ シリーズでした ちゃんちゃん!

それではまたね。

ようたろうようたろう
はろはろ。みなさん、こんにちは。猫天使修行中、黒猫ようたろうです。ようたろう

さてさて、みなさん、楽しいお正月を過ごされましたでしょうか?僕は(星影さんと一緒に)5回ぐらいお腹がよじれるほど笑った、“笑い正月”になりました。
しか~し!大型連休も終わり、いよいよ本格的に新年が始まりましたね。 と、いうことで、年末年始をはさんで延び延びになってた、ステップアップ自己啓発に戻ります!

今日は『太陽と北風』のお話に比喩的に表現されているエネルギーの動きについてのお話、その5です。

これまで、『太陽と北風』のお話から始まって、『与えることと受け取ること』についてお話しているわけですが、前回は、受け取る側の人に焦点を当てて考えてみました。 その中で、いかに受け取る側が、自分の気持ちに耳を傾け、その上で決断をしなければならない、ということをお伝えしたと思います。

1.自分の感情に目をむけること。
2.第三者の目で客観的に物事を見れること。
3.自分の中のエゴを見つめること。

この3つが与える側にも受け取る側にも大切になってくるものだということはお伝えしましたが、今回は与えることのプロの人達との間に起こりうるエネルギーの動きについてお話ししていきたいと思います。

まず、僕が何故、エネルギーの動きの中で、このことについてふれようと思ったか、ちょっとお話ししましょう。僕がエネルギーの動きについて考えるようになった理由の裏には星影さんのさまざまな失敗がありました。 それらを見ていく中で、これらのエネルギーの動きは、スピリチュアリティーやスピリットの世界に敏感な人達だけでなく、目に見えないものを信じない人達にとってもいろんな面で共通して言える事であると、そのうちわかってきたのです。

インターネットが普及している現在、ネット上でも様々なサービスが提供されてますよね。何か新しい事を学んだりするのも、教えたりするのも、随分と選択肢が増えてきました。その中で、何かのサービスを与える側、というのがあるわけですが、みなさんはどうやってその中から、自分にとってピッタリだと思えるサービスを選びますか?はっきり言って、サービスを提供する側、っていうのはすばらしい事沢山書いてたり、幸せそうだったり、沢山のいいReviewがあったり、などなどそのサービスがすばらしいってことをアピールしてます。当然ですよね。それがビジネスです。そうする事事体はうそや過大評価などでは無い限り、全然悪い事なんかではないと思います。

で、その沢山の選択肢の中から、一つを選ぶ時、その理由として、評判がいい、値段が妥当、好感が持てる。。。などなどいろいろありますよね。そして、ビジネスとして、お金とサービスの交換という取引が起こるわけですが、それがクリアーな形であればあるほど、エネルギーの動きもクリアーで、問題も起こりにくくなります。例えば、そのサービスが、何かの修理だったりしたら、その修理に対してのお金ですから、修理が出来ればお客は喜び、できなければもちろんそれに対しての保障も請求できたりできますよね。

しかし、世の中、そのようなクリアーなサービスだけではありません。
世の中には、人のためになりたい、世の中のためになりたい、と思っている人達が沢山いて、その人達の中にはそういうことを仕事にしている人もいる訳です。中には、自分がつらくて大変だった時の経験などを生かして、他の人のためになる仕事をしている人達もいますよね。すばらしいことだと思います。

星影さんが以前読んだチャネリングの本の中に、こんな事が書かれていました。

“すばらしい人とは、自分がおかした失敗をみんなとわかちあうことができる人” だと。

その通りだと思います。そして、その失敗から、学んだ事、その時に得たCOMPASSION(思いやり)によって、他の人のためになることができるわけです。素敵な事ですね。

実際このブログを読む方の中にも、既にそうしている人達もたくさんいらっしゃるのではないかと思います。 大変な状態から立ち上がる事ができると、それだけでもちろん誰かのために適切なアドバイスは出来ますよね。

ただ、そこで僕が口をす~っぱくして申し上げたい事の中に、

1.自分の感情に目をむけること。
2.第三者の目で客観的に物事を見れること。
3.自分の中のエゴを見つめること。

っていうのがまた出てきます。特にこの場合、 2と3です。

1の自分の感情っていうのは、常に自分が自分にとって良い状態にいるかどうか、ということを教えてくれます。2、はこれができることによって、公平なエネルギーの交換というのが可能になります。そして、3。これは、何か人のために、というサービスを提供する側の人が常に気をつけなければいけないことだとは思いませんか?

僕が言いたいのはこういうことです。

例えば、本当に困って悩んでいる人がいるとします。その人のことを仮にここでは、こまった君と呼びましょうか。こまった君は、どうにかして状況を良くしたいと、プロからの相談やアドバイスを求めたいと思っています。 そんな時、ネットで “悩んでいるそこのあなた!私があなたの人生を変えてみせます!幸せいっぱいの人生に!” なんていう文句のウェブサイトを見つけました。こまった君はホントかな~と、不信に思いますが、そこには沢山の人が試し、成功例もいっぱい載っています。 こまった君は、わらをもすがる気持ちでお金を工面しそのサービスを購入します。 そして、そのウェブサイトのセラピストが言うとおりにしてみるのですが、こまった君の状態は全く好転しません。 それどころか、言われたとおりにしていると、よけいに気分が落ち込んできたりするようになりました。そのことをセラピストに伝え、“あなたが人生を変えてくれるって言ってたじゃないか。”と言ったところ、そのセラピストは不機嫌になり、状況が良くならないのは、こまった君のせいだ、といろいろな理由をあげられ、こまった君はさらに落ち込みました。結局こまった君はこまった状態のまま、そのセラピストのサービスを受けるのをやめてしまい、そのまま本当に困った状態が続きましたとさ。。。おしまい。

。。。。このお話を聞いて、みなさんはどう思われましたか?明らかにエネルギーの交換がうまく行かなかった例ですが、僕の意見を述べましょうか?

この場合、こまった君にも、セラピスト側にも、もちろん両方に問題があります。みなさんもそう思いますよね。 こまった君の細かい状況や何を信じているかなど、このお話からはわかりませんから、深くは言えませんが、うまく行かなくなった時点で、“あなたが人生を変えてくれるって言ったじゃないか”という言葉から、自分自身の力を信じていない、という大きな問題が見えますね。 それと同時に人の幸せを軽々しく約束しているセラピストの姿も見えてきます。 つまり、サービスを受け取る側のこまった君は受け取る準備ができていなかった可能性がありますし、サービスを提供する側のセラピストのウェブサイトの文句は、幸せを願っている、人のためになるお手伝いがしたい、を通り越して、随分と度がすぎることを言っているように思います。

でも、ここで改めてみなさんに考えていただきたいことがあります。あえて言わせていただくと、ここで、未だ困った状態の人って、セラピストでなく、やっぱり、こまった君なんですよね。こまった君は、悩んでいたからこそ、プロの人に助けを求めてお金を払い、その人の言うとおりにやっても良い結果は出ず、そしてそのままの状態で終わってしまいました。お金を払い、いやな思いをして、その上状況は変わらず、いまだ困った状態な訳です。 セラピスト側はクライアント(こまった君)に文句を言われて不快にはなっても、状況的にはこの時点では変わっていませんよね。 もしかしたら、全額返却とか、そういった保障をしていたかもしれません。そうしていたとしたら、こまった君はその後公けで文句を言ったりする事は無いですし。でも、明らかにこのお話の中では、セラピストのこまった君に対する、COMPASSION(相手の立場に立って考えられる思いやり、理解)の欠如が見てとれます。

僕が何で、このような悲しいとも言える例をお伝えしているかっていうと、このお話の中に、エネルギー交換がうまく行かない状態が起こりうる、目安になるものがいくつかあるんですね。それはというと。。。。

1.セラピスト自身が “私があなたを幸せに変えてみせる”、と自分に力がある、という言い方をしているところ。
2.こまった君が、最初に “悩んでいるそこのあなた!私があなたの人生を変えてみせます!幸せいっぱいの人生に!”という文句を読んで不信に思っているにもかかわらずサービスを頼んでいるところ。

この二つがまず、上げられます。 助ける(はず)の側が反対にクライアントからエネルギーをとってしまったりするケースがおこりやすいのが、この1です。
もちろん、こういった言い方がビジネスとしては受け入れられることもあるのは理解できます。例えば車の修理とか、新しい電化製品とか、そういった場合にこういう大げさともとれる表現をするのはうそで無い限りビジネスとしても悪くはないですよね。でも、人と人の命や人生にかかわるサービスを提供する場合は、言葉が持っている意味の重さを十分理解したうえで、自分のサービスをアピールするべきです。本当に困った人が、何かのサービスを探していて目安になるのが、サービスを提供する側のこういうニュアンスです。まず、話をしていて、「私に力があってあなたには力が無いから私が助けてあげるのよ。」とか、「私がいるかぎりあなたは大丈夫」、という言い方をする、そういった印象を受ける場合は、そのままサービスを受ける事にした場合、長い目で見た時、必ずといっていいほど、その人はクライアント、もしくはサービスを受け取る側、助けられる側の人からエネルギーをとってしまっています。これは、もちろんもっと個人的な友人関係や、仕事関係の間柄でももちろん通じている事です。例えば、スピリチュアリティーの中でも、いろいろなヒーリングのテクニックなどがあります。もちろんそれらを教えたりすることはなんら悪い事ではありませんが、教えているという立場、その実力などを強調する先生の下では生徒はやっぱり育ちませんよね。 すばらしい先生、というものは、あなた自身に力がある、ということと、その中でもエゴに対する謙虚な姿勢保つことを 自分の行動を通して生徒におしえてあげられる人だと思います。 セラピストやカウンセラーでも同じことが言えます。

こんな言い方をすると、なんだかこういう言い方をしてしまっている人が悪い人のように思えたりしますけど、言っている当の本人は、エネルギーをとってしまっている事に気づいておらず、心底相手の事を思って言ってる場合も多くあります。。。。というより、それがほとんどかもしれませんね。こういった人間関係って、幼少の頃に親や周りの人達から植え付けられた観念が大きくかかわっている事が多いので、こういうことを経験する事事体はそれに気づく近道になることも多々あり、一概にネガティブなレッテルを貼る必要はないと思いますよ。気づいたときに変わっていけばいいんです。

でも、受け取る側にとって、そんな時大切になってくるのが、2であげている、こまった君が持った不信感、です。つまり、どんな場合もやっぱり自分の気持ちに正直になることって大切なんですね。それを真正面から見つめる事によって、自分にとっても相手にとってもいい教訓が学べたりするものです。こまった君の場合は、相手のセラピストを批判する言葉を言ってしまいましたが、こまった君のような結果にならないようにするためには、まずは自分の目的のための下調べ、そして心も頭も気持ちよく納得できるサービス提供者を探すってことが大切ですね。

いろいろとお話ししてきましたが、みなさんが生きている世界って、3次元。つまり、どうしても、目に見える事、道理にかなっていること、というのが大きく影響してくる場なのです。その影響下でエネルギーの動きに気づくことは、長い目で見て、今まで繰り返し起こってきた沢山の問題を早く解決したり、起こらないようにしたりするための第一歩でもあると僕は思ってます。 

後ね、僕が長い間思ってる事で、与えるプロの人達が、彼らのクライアントからエネルギーを取らないですむ方法、というか、その元になる観念っていうのがあるので、みんなにお伝えしておきましょう。

“I’m ok, and you’re ok.” 
(僕もあなたも大丈夫)


それと、もう一つは、

“The concept of HELPING itself is unnecessary.” 
(助け、そのものの概念が不必要。)



二個目なんて、かなり極端なこと言っている気がしますけど、そもそも“助けることはいいことだ”なんていう概念事体が、いらないもんだと僕は思ってるんですよ。“助ける”とか“与える”っていう行動事体がが不必要って言ってるんじゃないんです。でも、本当に誰かのためになっている助け、って、本人達は何かをしてあげていても相手に感謝の念しか持てないような、助けられたような気になってる場合が多いと思うんです。 ひねくれた言い方をすると、助けたい!って思ってる人って、大体どこかで助けて欲しいって思ってる人案外多い気がします。 そういう人って、誰かの中、状況に欠如を見つけるのも上手だったりするものです。その点、誰かに、信頼され、あなたなら大丈夫、って思われるだけで力がみなぎってくることってあるでしょう?その信頼こそが本当の助けになったりするものだと僕は思うんです。 そして結局、行き着くところは、

“天は自ら助くる者を助く” 
つまり、自分が自分を助けるしかないのです。こまった君も、これをまずわかっておくべきでしたよね。

もう一回言わせていただきますけど、“助ける”、“与える”なんていう形をとりながら、エネルギーをとってしまったりすることがあるということ、特にスピリチュアルなことにたずさわっている方にはわかっておいていただきたい事です。僕もまだまだ勉強中ですが、スピリチュアリティーの世界では、エネルギーの動きはもっと複雑ですからそのことも十分念においておいてくださいね。このことについては、また機会がありましたら、もう少し詳しくお話しすることもあるかもしれません。最近読んだ櫻庭雅文さんの本の中では、こういった間違ったエネルギー交換について例を挙げ、指摘してくださってました。みなさんも、よかったら読んでみてくださいね。

さてさて、そろそろこのシリーズも終わりにしなければな~って思ってます。(なんせ書くことが多くて時間がかかる!
後、もう一回だけ、家族間でのエネルギーの動きについてお話ししてから、終わりにしたいと思ってます。

それではまたね。

ようたろうようたろう