入院~退院まで・治療の記録(2/5手術翌日) | Hoʻola ~自分を生きる~

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昨日の手術について補足。

この手術、手術中にAABRで聴性脳幹反応を調べながら行います。これはどこもそうなのかは知りませんが、M記念病院ではそのようにしていました。手術する場所のすぐそばに聴神経があって、傷つけたりしていないか調べながら行うためだそうです。

補聴器のメーカーで6年間学術を担当していたので、AABRの知識はありましたが、自分が被験者になるのは初めて。一般的には、新生児の聴覚スクリーニングに使用しますが、こういう使い方もあるんだなぁ。

それと、M記念病院のICUは持ち込めるものが制限されています。それ以外のものはいったん家に持ち帰る必要があります。携帯電話と貴重品もNG。あたしは知らずに一週間分くらいの入院に必要なものを持って行ってしまったので、いったん両親とダンナに持って帰ってもらいました。

持ち込めるものは、
・ティッシュペーパー
・プラスチックのコップ2個
(1個しか持っていない場合は貸してくれます)
・歯磨きセット
・洗口薬(あると便利)
・滑らない靴

一人暮らしの場合は、それ以降に必要な下着など、友人に頼んで持ってきてもらう手筈が必要でしょう。

----2/5手術翌日----

朝、6時ごろに顔を拭くための蒸しタオルを渡されて、起床。と言っても、床には寝たまま。朝早く先生が顔を見に来て、水分を摂って良いと看護師さんに指示を出して行かれました。N本先生、家に帰ってるんでしょうか???

看護師さんにお茶をもらって飲み、コップに水を入れてもらってベッドで歯を磨きました。が、すぐに吐き気がして、ベッドを水平に倒してもらいました。

ICUには救急搬送で来た患者さんが運び込まれたり、かなりバタバタしていました。男性の看護師さんも多く、力も使うお仕事なんだなぁーと実感。昨日のあたしみたいに、動けない患者のCT撮影などもありますからね。

それから、看護師さんに体を拭いてもらい、すっきり。

しかし、頭を持ち上げると吐き気が…。実際に3~4回吐きましたが、何も食べていないのでお茶だけが出てきます。

午前10時ごろ、再度CTの撮影のためCT室へ。「歩いていけますか?」と聞かれましたが到底無理だったので、車いすで連れて行ってもらいました。普段なら、こういう時は少し無理してでも自力で行くタイプなのですが、まったくもって無理でした。

車いすの上でも吐き気がおさまらなかったので、ビニール袋を持っていきました。案の定CT室前で吐きました(笑)。ビニール持って行って良かった。

CTが終わり、お昼前には一般病棟に移されました。その時もまだ歩く自信がなかったので、車いすで連れて行ってもらいました。

お昼前くらいからだんだん吐き気も楽になり、お昼ごはんは普通食が出されました。

が、ここで異変が。

ものが飲み込めない…。この日はお昼がカレーうどん(?)で、普通なら食べやすいのですが、この日は嚥下が出来ずに一口で諦めました。いずれにしても、まだ食欲なんてありません。飲み込めないことを看護師さんに伝え、それ以降は柔らかいおかずとお粥のみの食事となりました。

こういう症状は稀に出るようです。手術の視野の確保のために小脳を押さえたり、または嚥下の神経を押さえたりすることで、一時的に出るという説明は事前にありました。また、手術直後でまだ脳が腫れているので、その腫れが嚥下の神経を押さえている可能性もあるようです。

しばらく不便ですが、仕方ない…

ようやく起き上がることも普通になってきたので、ぼさぼさになっている髪の毛を梳かしてみたら、血の塊がべったりくっついていました(笑)。

夜8時から、点滴を通してステロイド(デキサート注射液6.6ml)を投与されました。これ投与されると胃がむかむかしました。吸収されてからではなく、投与される途中でむかむかするので、かなり体が拒絶反応を起こしているようでした。


9時就寝。

---->翌日(2/6)の記録に続く

手術後、通常より血圧が20ほど高い状態で、熱もまだ微熱があり、何もしなくても体はぐったり。何より点滴が付いたままだと寝にくくていやでした。18年前の股関節の手術の時は、朝と晩の抗生物質の投与のたびに細い針で刺してもらっていました。

今回は手首のあたりに刺されてしまったこともあり、本当に気になって気になって仕方ありませんでした…。





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