ご報告させていただきます。
一人娘の朱莉(あかり)がこの度、
無事に大学院を卒業いたしました🌸
ここから先は自分の気持ちを綴りたいと思います。
まず、このブログを読んでいただいている皆さま、
ロミロミサロンに来て下さったお客さま、
家族、友人、
そして朱莉に関わってくださった先生方…
本当にありがとうございました。
私一人では決して出来なかったことを、
皆さんのお陰で叶えることができました。
心より感謝申し上げます。
私が離婚をしてシングルマザーになった時、朱莉は4歳になったばかりでした。
人見知りで引込み思案で…
でも笑顔が可愛いこの子を…
「誰からも愛される素敵なレディに育てよう」
と誓ったのを覚えています。
もう20年も経つんだね~
朱莉は保育園の時から、先生に恵まれてきました。
彼女の特性をよく理解してくれて、
いっぱい褒めてくれて、
才能をたくさん引き出していただきました。
そして本当に可愛がっていただきました。
小学二年生の途中で横浜から栃木県の日光市へ転校するという…
朱莉にとっては大変はた迷惑な出来事がありました。
転校先の小学校は一クラス15人。
それでも多い方で、もっと少ない学年も…
後になって彼女から「友達がなかなか出来なかった」と聞いた時は、胸が張り裂けそうになりました。
私を心配させまいと
いつも笑顔でいてくれて…
よく頑張ってくれたなと思います。
子供というものは成長するにつれてお金がかかるという事が、育てていく内に分かってくるのですが…
無謀にも朱莉が10歳の時に
ロミロミサロンを立ち上げて
自営業になりました。
今だから言いますが、
朱莉が大学へ行くために溜めていた貯金がありまして…
それを朱莉が小学生の間に全部使い果たしてしまいました
この人生の大冒険に、彼女は本当に良く付き合ってくれました。
自営になったところで
急にたくさん稼げたわけでもなく…
私たち母娘は無い知恵を出し合って
健気に一生懸命生に…
でも誰よりも楽しくやってきました。
朱莉が小学校の卒業文集の中で、
「セレブになりそうな人No.2」
にランキングされていた時は、
ズッコケそうになりましたが…
ハッタリが聞いていたのだと思うと元ヤンとしては嬉しい限りでした。
ちなみにNo.1に選ばれたのは…
地元で養鶏所を営む、正真正銘のお金持ちの娘さんでした
話が逸れてしまいました(すみません)
朱莉はおっとりしていましたが、
実はかけっこが早くて、
活躍が見れる運動会が楽しみだったものです。
高学年になって、
学芸会で「英語劇」をやる事になった時…
「主役に立候補しなさい」
と私が強く推したのを覚えています。
主役の桃太郎のオーディションに、私が仕込んだ英語で見事に合格!
主役を演じることが出来ました。
彼女の桃太郎は元気でキラキラしていて素敵でした。
りかさん仕込みのハッタリ英語もさすがな感じで、後日、「どこの英会話スクールに通っているのか?」と聞かれたものです
私が思うに…
そこが朱莉の転換期だったように感じます。
人前で表現することが恥ずかしくない…というか、
むしろ「気持ちいい」と感じているように見えました。
自分に自信を持ち、
自分を確立出来たのではないでしょうか。
中学校では生徒会長。
引込み思案だった朱莉が皆さんの前で堂々と話す姿を見るたび、
その成長を嬉しく思いました。
実はおっちょこちょいの生徒会長だったのですが
周りのみんなのサポートが温かく、
その青春模様を見るのが楽しくて、
私はずっと役員を務めさせていただきました。
(学校に行く機会が増えるから)
そして朱莉が中学時代に青春を注いだ吹奏楽部。
6歳からフルートを習っていたのですが、
人数が少ない部活で…
何故か1年生の時はチューバ
2年生の時はパーカッション
(どんどんフルートから遠ざかっていく…)
3年生でやっとフルートを吹けるようになりました
(よかったよ)
3年生最後の夏の大会で、朱莉のソロから始まる演奏は鳥肌が立って…泣いちゃいましたね~
6歳~15歳まで毎月のフルートのお月謝は大変な時もありましたが…
フルートを吹く朱莉は可愛かったな
高校生になった朱莉は、
入学早々の帰り道…
自分の家が分からなくなってしまったお婆さんを助けて、同級生と二人で下野警察署から感謝状をいただきました。
当たり前のことをしただけなのですが…
これで結構な有名人になったので、
「やはり朱莉はもってるな~」と思いましたね
その後、全校生徒の間で「困った人を助けて感謝状をもらおう!」
と言うブームが起きたそうで
それはそれで良いことをしたのでは…と思います。
幸先の良いスタートを切った朱莉。
てっきり吹奏楽部に入るのかと思いきや…
アナウンサーを目指して「放送部」に入ることに決めました。
高校生活の青春の全てを捧げた放送部。
何度も大会に挑戦しては予選で敗退し、
3年生最後の大会で全国大会への切符を手にした時は…
「やっぱり朱莉はもってるな~」
と思いました
冗談はさておき、
本当に彼女はたくさん努力をしたのです。
皆にからかわれても、
馬鹿にされても、
毎日、職員室から見える大きな木の下で
発声練習を続けたそうです。
先生が口々に私に教えてくれました。
継続することの大切さ
信じることの大切さ
純粋な心…
そんなことを娘から教わったというか…
忘れていたことを思い出させてもらいました。
何よりも高校生活を通して
朱莉が大きく成長したのは言うまでもありません。
高校でも私は3年間役員に携わり
ちょいちょい高校へ出向いては
部活に燃える男子学生を見て萌えていました🔥
(学園ものが好き)
そしてついに大学生に🌸…
朱莉は一人暮らしの先に迷わず横浜を選びました。
私たち母娘は初めて離れて暮らすことになりました。
ここまで読んでいる皆さんはお察しかと思いますが…
私はけっこうな朱莉ロスになりました。
二年間は何をしていたかあまり覚えてない
もちろんロミロミの仕事に勤しんでいたわけですが、何をやっても満たされない自分がいました。
そしてついに朱莉が大学3年生の時に、
横浜でもロミロミをしよう!と思い立ち、
月に一度の割合で栃木から横浜の朱莉の所へ
「仕事」という名目で行くことになりました。
■新たな伝説の始まりです♪夢の2号店がついに横浜にオープン!
これはとっても楽しかったですね!
首都高が運転できるようになったのもこのお陰です。
大学4年生になり、
「もう少し勉強をしたい」と言う朱莉に、大学院へ進むことを勧めました。
そして…
それを機に私は14年間を過ごした栃木から横浜へ戻ることを決意したのです。
新しいマンションを決め、心機一転!
大きくなった(背も心も)朱莉とまた暮らし始めました。
この2年間は私にとってボーナス期間!
青春を謳歌する娘を再び側で見ることができて幸せな日々。
とはいうものの、
離れている間に著しく大人になった朱莉との間に
以前には無かった衝突が度々起きるようになりました。
これにはモヤモヤしたり、イライラしたり…
ムカついたり…
仕事の拠点を変えるということがこんなにも大変だとは思わなかった私は、そのストレスを娘にぶつけたり…
何とも大人げない私。
朱莉は小さい時からずっと、こんなママに付き合ってくれていたんだね。
反抗もせずに、健気に、笑顔で。
そして、上手に対処してくれていたんだね。
…そんなことにやっと最近気づきました。
離れて暮らした4年間と
そしてこの2年間があって良かったとつくづく思います。
私もいよいよ卒業です
行きつけの日吉駅前の居酒屋「にこん」で乾杯
表参道のヘアセット専門店Mature
素敵にしてくれてありがとうございました!
今日から新社会人!
楽しみだね頑張れ~!
◆過去記事
長いブログにお付き合いいただき、ありがとうございました♡
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