東洋大学通信教育の思い出

東洋大学通信教育の思い出

東洋大学通信教育課程が廃止することになってしまいました。2021年9月までに卒業しなくてはなりません。これまでの履修科目を振り返りつつ、無事卒業を目指します((2020年9月に卒業できました)。

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先ほど10:00~のオンライン卒業式がyoutubeでライブ配信され、視聴しておりました。ホームカミングデーでの特別開催です。

 

3月卒の方と9月卒の方まとめてでしたが、4月に学長交代があったため、それぞれの時の学長から式辞がありました。

 

学位記の授与の際は、カメラが壇上へのぼり、一礼して学位記を受けるという流れを再現していて、臨場感を持たせる工夫をしていました。

 

その後、理事長やOB、OG、卒業生代表のスピーチがあり、40分ほどで終わりました。

 

味気ないのかもしれませんが、個人的には通信課程に在籍していたので、これでいいのではないかと思っています。

 

14年にわたる在籍でしたが、その間キャンパスに行ったのは、スクーリングの時くらい。14科目で42日分です。

 

あとは単位修得試験があれば行くことはありますが、文学部は基本論文式の自宅受験で、筆記試験で出向いたのは2科目だけでした。

 

その他卒論執筆で今年3月に図書館へ文献探しに行きましたが、それもコロナ禍の影響があり、2、3度でした。

 

あくまで個人の感想ですが、大学に行くのが面倒と感じる性分なので、できることならすべて通信で完結してくれた方がありがたいです。

 

どころで、今後の方向を考えていて、ふと思ったことがあります。コロナ禍で様々なことが一変してしまう……まさに諸行無常。

 

そういう意識が強くなってきて、無常をテーマに研究してみたいと思いました。

 

日本には『徒然草』や『方丈記』『平家物語』という無常をテーマにした文学があります。西行のような漂泊の旅に生きた歌人もいます。

 

しかしこれらは中世文学。近現代文学専攻だったのに、よもやの方向転換です。

 

とはいっても在学時に、中古文学中心とはいえ古典文学の科目も結構取っていました。最後に取った科目は「日本の古典籍」ですし。

 

研究を続けるとしたら大学院に行くことになりますが、今の状況では放送大学院一択です。

 

放送大学院には人文学コースがあり、日本文学の研究も可能です。しかも基本は教養学なので、学位も「文学」ではなく「学術」です。

 

無常の文学というのは、隠者の文学とも言われていて、日本文学に限らず、中国文学や西洋文学にもあるテーマです。

 

今はまだ思い付きの段階ですが、放送大学院で、無常をテーマに幅広く研究できそうか調査していこうと思っているところです。

 

 

学位記が届きました(卒業式が中止のため郵送。代わりに10/25(日)にオンライン卒業式が開催予定)。

 

ToyonetGを見てなかったのですが、8月終わりには卒業内定者が決まり、掲示されていました。自分を含め8名いました。

 

2006年(2016年ではありません)後期生として学士入学、趣味と教養が志願理由のため、期限感がなく、長々とかかってしまいました。

 

学士入学は卒業まで最短2年。認定単位数次第ですが、だいたい60単位が必要です。

 

つまり1年あたり30単位取得となります。入学当初は2年で卒業と意気込みましたが、半分どころか10単位も取れず、挫折しかかりました。

 

結局自分のペースを考え、実現可能な計画で進めるため、年最低8単位取るとしてから計画通りに学習が進むようになりました。

 

これが最後の5年くらいのことで、スクーリングに出ることができた場合はもう少し多く取れました。

 

総取得単位数114、演習のレジュメを含め書いたレポートは98本、単位認定論文の執筆数は39本になりました。

 

もっと山のように書いていたような感覚ですが、案外こんなものかというのが率直な感想です。単位認定論文は50本も書いてないのかと。

 

元々は、第2の人生でもう一度大学で学ぶという青写真を描いていました。しかし思いたったのだからさっさと始めようでやってきました。

 

なのでまだ時間はあります。働いているので大学院は難しいですが、何らかの形で継続できれば、と思う次第です。

テーマが決まったら、参考文献探しです。文学全集本には、参考文献がリスト化されたものがあり、それを活用するのが手っ取り早いです。

 

例えば角川書店の『近代文学鑑賞講座』があります。第14巻が堀辰雄で主要な作品や研究史、参考文献リストが載っています。

 

しかしこういう全集本は出版年が古いため、昭和期の参考文献しか載っていません。そして古い本は図書館の所蔵もない場合が多いです。

 

最寄りの公共図書館、大学図書館を当たりましたが、入手できたのは3割くらいです。『美しい村』に限定するともっと少なくなります。

 

このため、最近の論文に関してはCiNiiという学術論文サイトで探しました。公開されている論文は少ないですが、所蔵先はわかります。

 

こうして50本くらいの参考文献、論文を集めました。書籍が35、CiNiiから見つけた論文が15本くらいです。

 

参考文献が集まったらあとはひたすら読み込みです。これに1~2か月費やしました。読みながら参考になりそうなところは線を入れる作業です。

 

とにかく、ぼんやりとでも結論に書くことが見えるまで、ひたすら読んでいた気がします。そうしないと書き出すことができませんので。

 

参考文献を集めてて思ったのは、堀辰雄は平成に入ってからはあまり研究されなくなってきているということです。

 

もともと漱石のような大家ではなく、作風は穏やかで大作を残したわけでもないので、徐々に読まれなくなっているのかもしれません。

 

ただ、『風立ちぬ』は一定サイクルでブームを起こしそうな作品ですので、細々と命脈は保つのではないかという気がします。

 

あとは、ブログで都度都度書いてきた通り、章立てに沿って書いて、推敲して仕上げました。提出から2か月ですが、早くも懐かしい気がします。

日本の古典籍Bは、日本の古典籍Aに続いて、古典文学作品の書誌学と変体仮名の学習を行います。

 

課題1は藤原定家の書写活動について述べるというものです。定家は原典に忠実にあることを方針として写本を作っていました。

 

というのも、当時『源氏物語』などは、書写する人の好みによって内容が書き換えられていたりしたからです。

 

レポートでは『源氏物語』を例にとって、定家が複数の書写本を校合して原本を復元しようとしていたことを書きました。

 

課題2は変体仮名を活字体にする課題です。徒然草の一文が出され、それを字典で調べて変換していきます。

 

単位認定論文は、近世の宮中における書写活動について述べるというものでした。

 

近世は印刷が発達した時代ですが、宮中では写本文化が残っていました。後陽成天皇は学識が高く、王朝文学の研究に熱心でした。

 

このため、宮中では『源氏物語』や『伊勢物語』などの講釈が盛んで、宮中の書庫の充実のために写本作業が行われていたのです。

 

この課題は、参考文献がなかなか見つからず、Webサイトに1本辛うじてあったくらいです。

 

あとはテキストに載っていた参考文献を最寄りの図書館で取り寄せてもらってその2つで書きました。

 

レポート課題:レポート(3000字)/変体仮名読解課題

単位認定試験:論文(3000字)

評価:A

 

この科目は、簡単に言うと古典文学の原書を読むことと、原書がどのように写され伝来してきたかを学ぶというものです。

 

課題1は、書誌学調査用紙を作成し、その特徴を説明する文を付記するというものです。

 

原書がどのような写本であるのか、外観から中身まで調べ、記録する作業に使う用紙を作ります。

 

奥書には何が書かれているのか、どういう装丁なのか、記録するうえで必要な事柄があります。

 

テキストでは、調査する項目は書かれているのですが、調査用紙は罫線が引かれただけの白紙で示されています。

 

そこで、初学者をターゲットとして、あらかじめ調べる項目を記載しておく調査用紙を作りました。こうすれば調査漏れを防げるからです。

 

課題2は、変体仮名の文章を読んで活字体にするというものです。伊勢物語の一文が課題として挙げられています。

 

単位認定論文は、『土佐日記』の原本復刻過程を説明するというものです。『土佐日記』は貫之自筆本が比較的長く残っていました。

 

それで藤原定家をはじめとする文化人が原本に忠実に書写した写本が残っています。

 

それらを校合することによって、ほぼ100%原本に近い状態に復元できたということを書きました。

 

レポート課題:書誌調査用紙作成/変体仮名読解課題

単位認定試験:論文(3000字)

評価:A

 

堀辰雄で卒論を書くと決めたので、さっそく作品を読んでみました。最初は有名な『風立ちぬ』です。

 

この小説は堀辰雄の代名詞というべき作品ですが、そこにモダニズムの要素は色濃くありません。

 

確かにリルケの影響がありますが、それは作品のムードを効果的に表現するための役割を担っていて、モダニズムではありません。

 

一方、各社から出ている文庫版『風立ちぬ』にセットで付されている『美しい村』は興味深いものでした。

 

『風立ちぬ』と『美しい村』がセットで収録されるのは、『風立ちぬ』のヒロイン節子との出会いが描かれているためでしょう。

 

しかし『美しい村』は『風立ちぬ』のイントロダクションではないですし、両者の作風は全く別物です。

 

何よりも『美しい村』は一読しただけでは、話の筋がつかめません。ただの随想風の日記なのか、軽井沢を描いた風景小説なのか……。

 

作品解説を読むと、プルーストの影響を受けたモダニズムの色濃い作品という書かれ方をしています。

 

従って話の筋とか、統一性は関係なく、主人公の心理の内的現実の動きを追ったものであるというのです。

 

しかし意識に上ってくるものをそのまま書いたら、優れたモダニズム文学になるわけではないと思います。

 

そこで、仮説として、この作品には隠された主題があるのではないかと考えました。それを考察することを卒論のテーマに設定したのです。

 

卒論を書くに当たって使用するテキストは、本来は筑摩書房から出ている全集本を使用するのだと思います。

 

しかし、移動時間でも読めるように文庫本を使うことにしました。購入したのは角川文庫版です。

選んだ理由は、「美しい村ノオト」という作者自身による、作品の手引きのような文章が収録されているのが角川文庫版だけだったからです。

 

このノオト、『美しい村』の研究をする上で読むことは不可欠ですし、作品理解の一助にもなります。

 

また『麦わら帽子』『恢復期』などプルーストの影響を受けた他作品が収録されており、堀文学中期を一望するにはよい本だと思います。

『日本文学史』の著者ドナルド・キーンは外国人研究者らしく、明確に自分の主張を書いています。時には偏りすぎでは?と思えるほどです。

 

それが最も激しいと思えたのが堀辰雄でした。堀辰雄といえば、一般に『風立ちぬ』と『菜穂子』が有名な西洋的抒情性を持つ作家です。

 

しかしドナルド・キーンは、堀辰雄を日本近代文学において、もっともすぐれたモダニズム作家の1人と評価しています。

 

モダニズムというと前衛的、先鋭的な芸術潮流ですが、堀辰雄にそういうところを感じたことはありません。横光利一が当てはまると思います。

 

しかしドナルド・キーンは、日本のモダニズム文学が一過性で終わる中、堀辰雄だけが、日本と外国文学をうまく調和させたとみなすのです。

 

堀辰雄については第4巻に載せられています(佐藤春夫、横光利一、伊藤整というモダニズムの代表者の1人として書かれています)。

堀辰雄は『菜穂子』を書き終えた後は、日本の古典文学に回帰しており、モダニズム文学の影響は後退していきます。

 

そういう認識でいただけに、ドナルド・キーンの分析は偏りすぎではないかと思えました。しかしそれが研究テーマの出発点になりました。

 

堀辰雄の文学の本質がモダニズムにあるのか否か、考察してみる価値があるのではないかと思ったのです。

卒論のテーマ探しは演習科目やレポート科目で見つける方法もありますが、私の場合は、まず文学史を通覧して決めようと思いました。

 

そこで近現代日本文学史の概説書を探して読んでみましたが、1冊にまとめられている本は情報量が少なく参考になりませんでした。

 

なので、もう少し詳細なものを探して見つけたのが、この中公文庫の『日本文学史』(ドナルド・キーン著、全9冊)でした。

この本の特徴は、章立てが作家ごと(一部例外あり)になっている点です。第1巻は坪内逍遥以下、明治の作家から順に並びます。

 

 

また各章はその作家の生涯を追いながら、書いた作品について解説していくため、執筆背景にも触れることができます。

 

関心ある作家から読んでいくのもよいですし、伝記としても読めるので、長大な日本文学史を読むのに非常に良い構成だと思います。

学士入学した時点で、卒論を書くとしたら近現代文学というのは決めていましたが、何を書くかまでは決まっていませんでした。

 

小説を読むのは好きな方で、特にこの作品の何が優れていて高い評価を受けているのかを追求することが好きでした。

 

なので、1つの作品を取り上げ、本文を分析していくスタンスで論じることになるだろうとは思いました。

 

ただ、こういう作品論は今主流ではなくなっています。都市空間や文化的事象から作品の特質を論じるのが主流です。

 

例えば、今回書いた『美しい村』についてなら、この作品の舞台はなぜ軽井沢なのか、京都では成り立たないのかがテーマになりえます。

 

通信のレポート課題にも、夏目漱石の小説について、作品内に登場する当時の文化事象が作品にどうかかわるかを論じるというのがありました。

 

私も『明暗』について、サラリーマンという当時の都市中間層を形成する人々の生態を浮き上がらせる内容で論じました。

 

ただ、自分の中ではやはり、この作品は何が優れていて、読み継がれているかを明らかにしたいという考えは変わりませんでした。

 

先ほど、日本の古典籍A・Bの単位認定論文をポストに投函しました。8/17期限なので、少し早く提出できました。

 

これで、卒業に必要な分のレポート類はすべて提出が終わりました。もちろん無事大学に届いて、合格しなくてはなりませんが。

 

しかし、とりあえずあとは結果待ちです。1つの単位認定論文試験を終えると、次の科目に取り掛かりましたが、それももうありません。

 

なので、少々違和感があります。次取り組む科目がないというのに慣れず、拍子抜けしているような感じです。

 

本当であれば、通常科目の単位を先にすべて取り切ってしまい、最後の1年は卒論に専念するつもりでした。

 

その時の計画では、卒論は2020年10月から取り掛かることになっていました。ちなみに2021年9月が自分にとっての修業年限です。

 

しかし2018年度に業務多忙で丸1年休眠状態になったことがあり、最終年度に業務多忙になったら終わらないという気がしました。

 

実際コロナ禍で、春先こそ自粛で業務量は減りましたが、今後はテレワーク化で様々な対応に追われだしています。

 

予感が当たったということで、今年度卒論を済ませておいたのは、よい選択だったように思います。