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東洋大学通信教育の思い出

東洋大学通信教育課程が廃止することになってしまいました。2021年9月までに卒業しなくてはなりません。これまでの履修科目を振り返りつつ、無事卒業を目指します((2020年9月に卒業できました)。

以上で面接は終わりました。こっちはマイクを握りながら話していたので、異様に見えたかもしれません。

 

ZOOMもインストールしましたが、担当教員から招待メールがきて、それをクリックすればブラウザ上でやり取りできたので、不要でした。

 

さて、これで卒業発表を待つだけ……というわけではありません。卒業にはあと4単位の修得が必要です。

 

日本の古典籍A・Bそれぞれ2単位です。すでにレポート課題はパスしているので、現在単位認定論文に取り掛かっているところです。

 

卒論をパスすると、単位が残っていても前期、後期の縛りはなくなります。3月までに単位を取れば後期生でも3月卒業可能です。

 

卒論制作は結構ハードだったので、クールダウンして、秋以降ゆっくりやってもいいかなと思うこともあります。

 

ただ、コロナウィルス感染者が増加に転じ、都内在住者は旅行や外出の自粛を求められています。

 

軽井沢へ『美しい村』巡りをするという計画も今夏は断念せざるをえないと感じています。となるとおとなしく単位認定論文作成に励むしか……。

 

通信教育課程閉鎖に伴い、再入学ができなくなるため、TAから学習を進めて早く卒業するよう指示も来ています。

 

とりあえず8/17期限の単位認定論文2本の完成を目指し、その後は卒論の振り返りをしようかと思います。

 

面接は20分程度で、まず卒業論文で取り上げたテーマについてと、この研究では何を新たに明らかにしたのかを3~5分程度で話しました。

 

それから、堀辰雄が専門外ということもあり、彼はなぜヨーロッパ文学を志向したのか?という質問がありました。

 

これは、堀辰雄が日本文学の主流であった私小説に反対する態度を持っていたことがあったためと答えました。

 

いかに人間心理を描くか、そう考えたとき、私小説の赤裸々な心理描写でない、ヨーロッパ文学の心理描写に手本を求めたという理由です。

 

その後、講評があり、大きな問題はないということでした。その後、今後どうするかを聞かれました。

 

ライフワークとして研究は続けていきたい、仕事を持ちながらなので、引き続き通信制でいいところを探していくというようなことを答えました。

 

最後に質問があるかと聞かれたので、参考文献の収集方法をお尋ねしました。

 

今回、参照したかった文献をすべて集めることはできませんでした。大学の研究室所蔵など、一般公開されてないところにあったりするためです。

 

担当教員は比較文学が専門のようで、国内で参考文献を収集するのは難しく、年に2回は調べ物で外国に行くのだそうです。

 

国立大学に所属していると、その伝手で他の国立大学の資料を取り寄せたり参照したりすることができて、かなり便利という話もありました。

 

もしも引き続き、研究を続けるなら、所属する大学がどれくらいの大学と提携しているかを調べておいた方がよいという助言をもらいました。

 

卒業論文を出し終えて、担当教員に面接依頼のメールを発信した後、一息ついていたらはや1か月が経ってしまったという気がします。

 

いつ面接があるのだろうと思っていたら、今週頭に担当教員から面接依頼が来てないので、候補日を出してほしいというメールがきました。

 

何でも通信教育部への評価提出期限が8/3らしく、今週中に面接を行う必要があるとのことです。

 

単位認定論文の〆切が8/17なので、それくらいまでに面接すればいいのかなと思ってたので、慌てて日程調整し、今日面接を受けました。

 

コロナ禍の状況なので、面接はZOOMを使ってのオンライン形式で行うという指示があり、やり方を調べるなど対応に追われました。

 

自分のPCはマイクもスピーカーも内蔵しているタイプですが、古いのか、内蔵マイクの集音が悪く、テストではうまくいきませんでした。

 

そこで、昔買ったマイクを引っ張り出してきて、マイク端子につないでみたらテストがうまくいったので、それでやることにしました。

 

ipod touch6を持っているので、それを使ってもよかったですが、ミーティング招待メールはPCに来るので、面倒になると思い断念しました。

 

 

前回、7/4(土)に提出しに行こうと考えましたが、ToyoNetGを見たら、現在大学は入構禁止になっているとありました。

 

このため、卒業論文はレターパックで郵送するよう指示が出ていました。窓口に出せないのであればぎりぎりに出すのはリスキーです。

 

急遽予定を変更して、29日月曜日に最後の見直しをして、翌30日にコンビニでレターパックライトを購入し、ポストに投函しました。

 

Web上で追跡したところ、7/1には到着しているということで、2日たった3日現在、特に連絡がないので、無事受理されたものと思います。

 

とはいえ、これで終わりではなく、次は綜合面接のアポどりです。メールで担当教員に連絡し、日時の指示を受けます。今、回答待ちです。

 

しかしこれで1つ区切りがつきました。2月上旬に本格的に始めてから、気がつけば、ほぼ5か月が経っていました。

 

2~3月はひたすら参考文献を読み込んで構想を固め、4月から書き始めましたが、5月にはスランプに陥るなど正直しんどかったです。

 

とりあえず明日は散髪に行って、あと綜合面接が終わったら、軽井沢が舞台の小説で書いたので、軽井沢に行ってこよううかと思います。

 

堀辰雄が滞在したつるや旅館(現在は火事で再建されています)、『風立ちぬ』に出てくる「幸福の谷」とか、巡ろうかと思います。

 

 

 

昨日は区役所の休日窓口に行って、マイナンバーカードのアカウントロックを解除、その足でコンビニに行き、住民票を発行しました。

 

家に戻った後は、2回目の推敲。誤字脱字と本文の若干の手直しをし、注釈と参考文献も書いて、なんとか完成しました。

 

次は製本です。枚数は46枚。50枚収納可の製本キットを使いましたが、意外ときつく、無理やり挟み込む形になりました。

 

慎重に挟み込みこみましたが、一部が破れかかるなど危うく破損しそうになり冷や汗ものに。補強を施して最後は何とかなりました。

 

その後、表紙に貼る題箋をを作ります。これは卒論本文に記載する項目、卒業予定年月、卒論タイトル、学籍番号・氏名です。

 

またToyonet-Gから卒業論文提出許可書を印刷して、副題目欄に、副題を手書きで追記しました。

 

卒論題目申請登録の時は「堀辰雄研究」で出していたので、副題を後で手書きで書き加える必要があるのです。

 

最後に「卒業予定者」という大学指定の用紙に、氏名と生年月日を書きます。これは卒業証書の記載確認のためだそうです。

 

これで準備は完了。提出物は①「卒業予定者」の用紙、②住民票、③卒業論文の3点です。

 

来週末、最後の推敲をしてもよいのですが、提出書類に不備があると怖いです。期限厳守で不備があっても待ってもらえないのです。

 

このため7/4(土)に提出、もし不備があれば日曜に直して、7/7(火)の期限日に再提出することにしようと思います。

 

 

 

卒論を通しで読み直しました。4月頭から書き始めて2か月半。初めのころと平仄が違っていて、結構いろいろなところに手直しが入りました。

 

削ったり、書き足したりして、最終的に本文は35ページ分になりました。原稿用紙換算で約105枚です。

 

当初は多くても15ページ程度と考えていましたが、当初の見積もりよりも2倍以上に膨れ上がりました。引用文が結構かさ張る感じです。

 

その他にも、論理的に書こうとすると、同じことでも言いなおして書いたりもします。しかしこれは冗長な感じを与えるかもしれません。

 

また参考文献と注釈のページを合わせると全43ページになってしまい、普通のホチキスでは留められる厚さではなくなってしまいました。

 

4月に購入したレザックと製本テープでは製本できなくなり、慌てて製本キットを買いなおしました。

 

さらに提出について再確認していくと、住民票を添付する必要があることがわかりました。

 

しかし昨日マイナンバーカードを使ってコンビニで発行しようとしたところ、パスワードエラーでロックがかかるというアクシデントが発生。

 

今週末、区役所窓口に出向いて、パスワードの再設定をしてもらわないといけなくなってしまいました。

 

推敲はまだ完全に済んでおらず、貴重な週末の時間が削られてしまう状況になり、土壇場でバタバタです。

 

せっかく書ききれたので、書類不備ではねられたら、元も子もありません。他に準備するものがないか、チェックしたり、落ち着かない日々です。

 

 

とりあえず一通り書き終わりました。とはいっても書き殴った部分もあるので、論が一貫しているかは不透明です。

 

書くうちに、考えが変わったり、展開していくのは仕方ないですが、4月に書いていたことと全く違うことを書いているかもしれません。

 

提出期限まであと3週間。基本的に週末集中で書いているので、残りあと6日分といったところです。

 

しかし卒論だけに取り組めばよいというわけではありません。9月卒業を目指すなら、残り4単位取る必要があります。

 

レポートの〆切は7月末ですが、単位認定試験を受けるには7/15までに提出しなくてはなりません。

 

しかも単位認定論文の〆切は8/17なので、7/15ギリギリに出して、返却までに1か月かかったら間に合いません。

 

取得科目は日本の古典籍A/Bという科目。こちらはAもBも昨年レポート課題1をパスしており、どちらも課題2のみ残っている状況。

 

課題2はどちらも崩し字の翻刻問題で、3000字書くようなレポートでないため、それほど時間はかからないと思っています。

 

とりあえず来週からは、卒論の推敲と並行して、レポート課題も着手することを考えています。

 

この週末はひたすら書いたという感じで疲れました。ものを書くというのは、かくもしんどいことなのかという感じです。

 

卒論は学生時代に1度書いていますが、あのときは毎日少しずつ書くことができたので、そんなにしんどくはなかったと思います。

 

しかし今は、基本週末に一気に書くスタンスで、書くときは1日に15枚、20枚ということもあります。

 

本来であれば提出日は明日です。提出が1か月延びてくれたおかげで、命拾いです。

 

さて、ようやく第4章の終盤に差し掛かりました。だいたい原稿用紙100枚くらい。見直しで結構削らないとダメかなと思っています。

 

とりあえず結論めいたものが見えてきて、最後まで書き進めたら、その結論に対して一貫性が保たれているかチェックが必要です。

 

これが結構骨が折れると思いますので、何とか来週中には結論までもっていかないと間に合いそうにないと感じています。

 

なので、ヤマを越えたという実感はなく、まだもうひとヤマあるという認識でいます。

 

4月頭から書き始めて早2か月余。毎週毎週書き続けていると、まるで休日なしの生活のようです。率直に言って早く解放されたいの一言です。

 

 

とりあえず、思いついたことを書き連ねていったところ、まだ完成に至ってないにもかかわらず、原稿用紙60枚を超えました。

 

このままだと、たぶん100枚近くなるのではないかという感じです。書こうとしていることはまだいろいろとあるのです。

 

しかしなかなか結論が見えてこない状況。まるで、この卒論で取り上げている『美しい村』そのものの展開のようです。

 

『美しい村』は、堀辰雄の中編の中では読みづらい作品だと思います。その理由は複数の主題が気ままに展開しているせいだと思います。

 

初夏の軽井沢の風景を牧歌的に描いたエッセー風小説、プルーストの技法を取り入れたモダニズム文学、はたまた失恋から立ち直る青春小説。

 

しかもどの主題も完結を見ないため、中途半端な印象は否めず、読んでいて退屈してしまう人が大半と聞きます。

 

それだけに、堀辰雄の中ではもっとも独自性のある作品と言われているわけで、何か統一的な主題があるのではないか、日々模索しています。

 

 

ここのところ、卒論を書くときは、床に資料をばら撒いています。参照したい資料をいちいち探す手間を省くためです。

 

それくらい、感覚的には切羽詰まっています。第4章を書いていますが、今さらながら、テーマが絞り切れてなかったという感じです。

 

この手の長文あるあるだと思いますが、最初は枚数が多いので書くテーマを広く、資料も多く集めて、防衛線を張ろうとします。

 

しかし書いて行くうちに、広いテーマだとあれもこれも書かないといけないとなり、頭の中がごっちゃになってしまうのです。

 

『美しい村』という小説の主題に関する考察をしていて、最終章の「暗い道」だけにスポットを当てて深掘りすべきだったなと今思っています。

 

とはいえ、卒論というのは、これまでの学習成果を示す必要があるようで、作者、作品に関する全般的な知識を書くことも求められています。

 

日数があればそこまでしんどくはないと思いますが、働きながらではとにかく日数が足りない、足りないという焦りが増していくばかりです。

 

今はとにかく一通り書いて、5月末までに終わらせる。6月は読み返して、修正するで考えています。

 

ただ、当初は微修正程度と考えていたのが、結構大掛かりに手を入れないとダメかもしれない気がしています。

 

期限までに、本当に清書を含めて書き終えられるのだろうかという不安と抱えながら格闘中といった状況です。