皆さんおはようございます。

 

今回も自画自賛系のブログでも書いてみようかなと思っています。

 

家族との「戦争状態」から脱し始めた、2013年ごろから私の漫画が変わりだしたことは何度か語ってきましたが、

 

それでもその頃から既に13年が経過、

 

2~3年前からチラホラ語ってきましたが、さすがに古さが隠せなくなってきました。

 

ホラ・・・・・

2026年現在(上)

 

2013年当時(下)

 

この当時はこれが限界・・・・💦

 

この頃は付けペンで描く精度も低く、被写体がこれぐらい(縦7~9cm×横5~6cm)まで小さくなると、付けペンの様なインクが濃く、力も必要になる道具になると、線が乱れる恐れが大きかったため、比較的力を必要としないミリペン(0.1mm~0.3mm)などを代用していました。

2013年末からこれらの問題も解消され始め、小さい被写体でも付けペンで対処できるようにはなりました。

 

この時代の作品の特徴としては、人生経験や良質な作品の視聴数の不足なども多かったため、多くの描写が当時読んでいた漫画の模倣でした。

 

模倣は悪い事ではありません。歴史的な有名アーティストの多くも模倣から始まっています。

 

かと言って「創作は必ず誰かの模倣である」などと詭弁を展開して、版権キャラをフリー素材扱いする二次創作者には全く賛同できませんがね。

「踏み台」なども論点ずらしもいいところ!!

 

しかし重要なのはそこから自分の作品を醸成していくことです。

しかも13年前の漫画は、今の漫画と違って、よく言えば「明るい」つまり色調が。

悪く言えば「光を意識していない」

 

どうしても陰影のつけ方が未熟でしたからね・・・・

今の漫画も明るい事は明るいんよ!!!

それは全く否定しません!!!!

 

 

でも13年前は技術的に未熟なだけではなく、色の使い方もよく分かっておらず、こんな風に描くのは苦手な部分もありました。

 

海の上のピアニストの楽器店の店主曰く「戦争が終わって人々は明るさを求めている」の如くでしたから。

こういうのを描くとまた気分が滅入るのもあったのでしょう・・・・

 

竹内クンの大西洋日記 2(2025年)

 

13年前なら、このように影を青や灰色で塗ることに強い抵抗を感じていました。

人肌を塗るのはほぼ薄茶色、それ以外の色は極力避ける、それが当時の私の漫画でした。

 

更に大変だったのは、塗りムラがひどかったため、陽が沈む前や夜間航行中の船の白く塗られた部分を青く塗るのも技術的に「無理」に近かったです・・・・

 

ホワイトなどの画材を買いそろえるのが資金的に難しい当時の事情もありました。

技術の進歩って素晴らしい・・・・・(T_T)

 

あれから13年・・・・メンタル安定も盤石な状態になり、絵の技術はさらに進歩しそうです。

私の様なタイプは社会人としての普段の仕事の合間を縫ってアーティスティックな作品を作り続けたいです。

 

「戦時下」の当時は、高校の恩師から、太宰治などの人間関係が破綻したアーティストなどのタイプであるように言われていましたが、日本の物書きによくいるような自分をメタメタに追い込んで(それ以上に周りが甚大な被害に遭う)いい作品を作るなど、あまり褒められたクリエイターではない(ていうか褒められるもんじゃない)やり方は自分には合わない、でもそれでいいんだと、思えるようになってきました。

 

「孤高」ではなく「孤立」してしまったらたまったもんじゃないですからね。

 

ありがとうございました!!