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本日の効能:効果:心配事はたいてい起きずに済んでいることに気付ける

 

唐突ですが巷では、

「心配事の〇割は起こらない」

なんていう旨のタイトルを掲げた書籍もありますよね。

 

最近、このタイトルがとても共感できる、と感じています。

わたしのしょうもない事例を元に、そんな気付きを3つほど取り上げてみます。

 

 

【その1:空室リスク?】

駆け出しビジネスオーナーとしての、現在の所感でもあります。

 

前置きですが、

居住用不動産でも収益用不動産でも、購入した経験のある方なら共感していただけると思うことの一つ。

 

「不動産」のような高額な買い物になると、買うかどうかの最終判断には、

 

“あとは思い切って一歩を踏み出すしかない”

 

みたいな気持ちが、いい意味で決め手になりませんか?

 

周辺環境やら周辺相場やら自分なりに調査もするし調べ尽くす。

金銭的なシミュレーションに関しても、できる限り色々なことをワーストケースで想定して織り込んだりもする。

 

でも買うべきか買わないべきかの正解なんて分からないし、どちらにしても自己責任。

最終的に購入申し込みして契約に進むかどうかは、

 

“エイヤ!”

 

で決めるしかないと思うんです。

 

とりわけビジネスとしての不動産購入を例にすると、一歩を踏み出す際に怖いのは、

 

・融資を組むことへの不安

・空室が発生したときの期間が想定以上に長くなるのではという不安

 

が2大リスクだと想像します。

 

ですが、まだ道半ばの自分が偉そうには言えないながらも、

 

「心配事は杞憂に終わっている」

 

と少なくとも現時点で言えると確信しています。

 

これまでのところ、別々のお部屋で2回ほど入退去を経験しています。

が、お家賃の入らない契約上の空白期間は、

 

お部屋A:19日間

お部屋B:14日間

 

となっており、“想定の範囲内”で収まっています。

 

退去から新たなご入居まで1か月程度の空白なら御の字、と考えていたことからすると、

まずまずと言えるし、それどころか上出来とさえ言えます。

 

“勝手に感じていた不安”は起きていない

 

ことに思い至ったのでした。(遠い先のことはそれはそれで分かりませんが)

 

もちろんそのために、自分なりに物件の立地にこだわるなど、策は打っています。

だからこそ、

 

“人事を尽くせば天命はやってくる”

 

と、言い換えられるとさえ感じます。

 

 

 

【その2:テニスが出来なくなる?】

社会人になる直前、あるしょうもない心配をしていた自分を思い出します。

 

「自分は社会人になると、もうテニスができなくなってしまうのでは?」

 

ということを。

 

仕事にまい進する自分を想像し、

たとえ余暇があるとしてもこれまでのようなプレーのレベルは保てなくなる、

と思い込んでいました。

 

でも、不思議なご縁が自分を助けてくれました。

新入社員の教育係だった定年間際の大先輩が大のテニス好き。

そのつてで社内のテニス部へのお誘いも頂き、すぐに実業団メンバーとして参加することができたし、

そのおかげでテニスをするモチベーションも保つことができた。

 

もちろん疲れをためたまま週末に練習をすることも多かったし、

(合コン明けの?)二日酔い状態で練習場所に向かうこともあったアセアセ

 

でもとにかく、

テニスができなくなるという心配はまったく不要だったことになるし、

いまや、鍛錬を継続していたおかげで副業(テニスコーチ)までできている。

こればかりは、本当にいらぬ心配でした。

 

 

 

【その3:糖質を摂らないとパワー切れする?】

 

自分はなまじスポーツに打ち込んでいる経験が長いせいか、

 

“糖質信仰”

 

みたいなものを長い間、握りしめていました。

平たく言うと、

 

“自分は運動量が多いから人よりも炭水化物が必要”

 

みたいな思い込みです。

 

試合中に足がつる、とか、

試合の終盤にエネルギー切れして競り負ける、

 

ことをとても恐れていた。

 

それがあったから、練習前には消費する分の先取りのつもりでおにぎりを食べたり、

練習後は練習後で、”補給”と称してさらに食事をしたりしていました。

 

でも、実はここ2-3年、

余分な(と思われた)糖質を補給することをやめました。

(練習後にタンパク質中心の食事をするのは大切だと考えていますが)

 

それは、色々と学びなおす中で、

余分な糖質が細胞の老化・酸化へつながり、アンチエイジングを妨げるデメリットのほうが大きいような気がしてきたから。

 

で、余分と思われた糖質の摂取をやめても、

 

テニスのパフォーマンスには何も影響ない

 

と思えています。

それどころかむしろ、なんとなくカラダの調子も逆にいいくらい。

(そもそもトレーニングを欠かしていないし、栄養的にもこむら返り防止には糖質よりビタミンやイオンバランスを気にしたほうがよいかも?)

 

 

というわけで、

心配していた物事を検証して疑ってみる

のがクセになりそうな今日この頃です。

 

今日も最後までお付き合いくださり感謝ですウインク

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本日の効能:効果:ほめてもらったときに自然に「受け取る」、ことに思いを寄せる

 

のっけから余談ですが木曜はさっそうと退社し、

大好きなアーティスト、ASKAのライブという非日常を味わってきました。

とはいえライブとなると、20代の頃にチャゲアスとしての大みそかカウントダウンライブを札幌で見て以来。

なんと終盤には、

以前に自分が人に気持ちを伝えるために詞を拝借したこともあるような、このうえない思い入れの2曲が。

(ネタバレになりそうなので曲名を書くのは控えますが)

「君だけに~」

「君を~」

(さすがに分からんやろ笑)

 

思わず目頭が熱くなり、素直にひとり泣けてしまったライブでした。

 

そしてラストには何度もASKAさん、

「ありがとう、どうもありがとう」

という言葉で締めくくっていたのがとても印象的でした。

 

このご時世なので声援は禁止、許されるのは拍手と手拍子だけでしたが、

逆にその雰囲気がわたしにはとても心地よく感じた夜でした。

 

 

 

 

閑話休題。

 

 

 

 

さて先日、副業テニスコーチとしてのレッスン後の出来事。

とあるお客さまから突然、

 

「まじかなコーチの打ち方って独特、天才肌だよね」

 

という言葉を頂いてしまいました。

(決して自慢とかドヤ顔ではなく、純粋に身に余る表現ですびっくり

 

くれぐれも誤解のないように補足すると、

わたしは「テニスのセンス」がないと自覚しています。

 

確かにたまにいます。

久しぶりに打っても違和感なくボールを打ってしまう人。

あるいは、

幼少の頃からやっている(“ジュニア上がり”と言います)がゆえにカラダにしみ込んでいて、

生活の一部のようにテニスができる人。

 

だから、「ジュニア上がり」の選手に対する憧れ、ってずっと持っているし、

むしろ天才肌どころか、

自分は反復や継続や鍛錬を続けていないとよいプレーができなくなる、

という恐怖感、のほうがあるんです。

(テニス歴25年を超えても、いまだにある)

 

それもあって「天才肌」というかけてもらったことのない言葉がむずがゆかったから、

素直に

 

「ありがとうございます。」

 

が出てきませんでした。それどころか、

 

「いえいえ、そんなことないですよ。」

 

なんて言ってしまった(これはこれで本心だから素直といえば素直なのですけどねガーン

 

 

でも、カウンセラーさんのブログを読んだり、

フォローしている方の発信を読んで自分なりにも、

 

「褒められたら受け取る」

「そういうときは謙遜しない」

「素直にありがとう、と言う」

 

を実行しようとしていたのに。

いざ実践すべき瞬間って、不意にくるものですね滝汗

 

次のチャンス?はいつやってくるやら(笑)。

今度こそはにっこり微笑んで「ありがとうございます」と言いたいものです。

ホメられる瞬間をいまかいまかと待つのって難しいものですねニヤリ

 

 

今日も最後までお付き合いくださり感謝ですウインク

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本日の効能:効果:色気のある男と女のストーリーから、切なくも微笑ましい気持ちを得られる

 

 

「男と女」と聞いて何を思い浮かべますか?

 

単なる性別?

永遠の対立軸?

ちょっぴりエ〇〇なこと?

 

わたしは、同名のタイトルが付いている、

チャゲアスの古い曲が浮かんだりします。

 

~心の支えは いつの時代も 男は女 女は男

 

というフレーズとメロディを、歌詞カードを見ながら歌ってしまう小学生でしたポーン

 

 

 

閑話休題。

 

 

 

さて、今日の本題は映画レビューです。

 

タイトル(日本語名):男と女

監督:クロード・ルルーシュ

 

フランス映画の傑作の一つと言える位置付けではないでしょうか。

オリジナルは1966年製作、加えてその続編としてもう1つの映画が存在します。

 

テストカー走行も務めレーサーでもあるジャンと、映画のスクリプト・ガールをしている”未亡人”のアンヌ。

寄宿学校に子どもを預けるこの男女が近づく様子を通して、大人の恋愛を描いた映画。

 

そして、その50年後の設定で描かれる続編映画が、

 

タイトル(日本語名)「男と女 人生最良の日々」

 

同じクロード・ルルーシュが監督であるだけでなく、

ジャン役もアンヌ役も実際に約50年のときを経て同じ俳優が再び演じているということから、

このうえないリアルさで迫ってくる映画です。

 

 

 

さて物語は、週末に子どもと会った寄宿学校からパリへの帰り道として、

電車を逃したアンヌをジャンが車に乗せるところから始まる。

 

ザ・フランス人女性、と思わせるようなアンヌの描写。(とてもお美しい方ですねニコニコ

男女とも、色気を感じさせる仕草や会話。

 

「愛情は人を特別な存在に変えるわ」

なんていうセリフもありました。

 

手を握るか握らないかという微妙な距離感を捉えたシーン。

レース後、「愛してます」と祝電に一言を加えるアンヌ。

そしてアンヌの元へ急ぐジャン。

その後の二人は・・・。

 

 

 

そして続編。

50年後、ある老人ホームのような施設で過ごしているジャン。

戸外でひなたぼっこするジャンに会いに行くことになったアンヌ。

 

この続編の中では、オリジナル版からの映像もたびたび引用される。

男女のリアルな50年後を見ているようですが、

わたしなりに感じたこの続編での見どころ(聞きどころ)は3つ。

 

1.     二人が再会したときの会話

(ジャンが認知症気味というのもありますが、目の前の女性がアンヌだと最初は気付かないままなのが微笑ましい)

2.     アンヌの表情

(お年を召されてもなお美しいというだけでなく、表情と仕草で演じる様子が秀逸)

3.     オリジナル版と共通する、モチーフとも言えるあのBGM

(見終わったあと、「ダバダバダ」、と思わず口ずさんでしまうでしょう)

 

 

たびたびアンヌのことを夢に見る、施設でのジャン。

これにも胸に迫るものがありました。

 

「他の全てを忘れても、彼女の目だけは覚えてる」

 

そんなジャンのセリフも、なんだか共感できてしまった。

 

 

いみじくも、冒頭に書いたチャゲアスの歌詞、

「心の支えは いつの時代も 男は女 女は男」

にまでも重なるような気持ちでした。

 

 

 

ノルマンディー地方の海岸が二人にとって思い出の場所の一つでもあり、何度か出てきます。

ヨーロッパの風景が楽しめることも、映画ならではのお楽しみ。

 

(写真はイメージ。この世界遺産モン=サン=ミシェルが出てくるわけではありませんが)

 

男性にも女性にもその他の性の方も、おススメしたい映画です。

 

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本日の効能:効果:負けず嫌い、そして、勝ち負けを超越する、どちらの価値観も素晴らしいことを感じ取れる

 

 

オリンピックの真っただ中ですね。

最後まで全力で戦う姿に心打たれる方も多いでしょう。

 

余談ですが、テニスのラケットって、最後まで打ち込んでストリングが切れるとき、

当たりどころがいいと(悪いと?)、3か所くらい同時に切れることがあるんですよ。

 

 

 

閑話休題。

 

 

 

さて、オリンピックのニュースを見ていて1位とか2位、優勝とか準優勝、あるいは表彰という言葉を聞くと、

わたしにはきまって思い出すエピソードがあります。

 

 

 

あれはもう20年以上前の出来事、大学3年の9月でした。

北海道にて、学生テニス選手権の決勝戦。

 

相手はNさん、それまでの対戦成績は1勝1敗、3度目の対戦となった他大学の4年生。

結果は6-2、6-2とわたしが勝利。

都道府県単位の大会とはいえ、曲がりなりにも、

入学時から目指していた優勝という結果に、通過点としてたどり着いた瞬間でした。

 

試合後、学連(学生が自主運営で行う連盟事務局)からの表彰式を受けた。

わたしもNさんも、賞状などを受け取って解散となった。

 

 

そのとき、わたしの横でNさんが驚きの行動に出た。

(学連メンバーからは見えない位置でしたが)

 

なんと、

 

 

 

賞状を破いてゴミ箱に捨ててしまった

 

 

 

のです。さらに、

 

 

 

「負けの賞状なんていらねぇよ」

 

 

 

 

と一言。

 

これだけ書くと感じ悪い人に聞こえることでしょう。

 

でも当時のわたし、

驚いたし自分もそこまでは真似できないと感じながらも、

 

 

 

その気持ちにすごく共感してしまったんです。

 

 

なぜならテニスって、

野球のような一発逆転ホームランはないし、

サッカーのようにパス回しをして時間を稼ぎ引き分けを狙う選択肢もない。

勝敗が決まるまで試合は続く。

 

だから、(なかなかない仮定ですけど、)

仮に技術や体力が相手と全く互角だという試合があるとしたら、

 

 

勝つことへの執着

 

 

が強いほうが勝つんです。

その“執着”も含めて、強さを競っているスポーツだから。

 

 

Nさんのとった行動に当時21歳のわたしは感じ入るとともに、

なんだかそら恐ろしい気持ちにもなりました。

勝ったのはわたしだったはずなのに、Nさんが自分にない強さを持っている気がした。

 

若き日のわたしはその考え方に傾倒するかのように、さらに練習に打ち込みました。

 

インカレ(全国大会)では上位選手には勝てなかったし、上には上がいると思い知らされもしたのですが、

とにかく与えられた世界の中で少しでも上にいきたいと、

自分なりに最大限のトレーニングもこなしました。

 

その数か月後、冬の北海道学生室内選手権の決勝で再びNさんと対戦。

スコアは6-7、6-4、6-2。

 

 

逆転のすえ、勝利したのはわたしでした。

Nさんの勝ちたい気持ちに気圧されたのか、

1セット目6-6からのタイブレークを8-10で落とした。

 

でも後半、足が止まってきたNさんを振り切ることができたのは、

皮肉にも、数か月前にNさんから教わった

 

勝つことへの執着

 

のおかげだったのかも知れません。

 

 

 

試合後、Nさんはふたたび賞状を破いたでしょうか?

 

 

 

残念ながら記憶にはありません。

 

 

が、もしもわたしが負けていたら、

今度はわたしが賞状を破いていたような気がします。

 

 

いまは少しばかり人生経験も積んだと自覚する一方、

テニス選手としてはいまだにあの頃のように現役のつもりでもいる。

 

でもいまの自分なら、

 

負けの賞状を取っておくことで、

次への糧にするだろう

 

 

とオリンピックのニュースを耳にしながら思いを馳せる今日この頃です。

 

準優勝ってたしかに負けの痕跡かも知れない。

当時、「勝たなければ自分らしくいられない」と思い込んでいたことすらあった。

 

でも、いまは必ずしも勝ち負けだけではなく、

 

 

 

頑張った自分の価値はいずこにも見いだせる

 

 

と以前よりは思えるようになった気がします。

(相変わらずテニスの試合となれば負けず嫌いでもあるのですがガーン

 

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本日の効能:効果:自分の意見でポジションを取ることこそが美徳なのだと思える

 

わたくし、オランダ駐在時代には、

各地を巡ってツアーを回る気分で数々のテニス大会にも出場しました。

テニス文化が日本より成熟していて、ふだんの練習もコート確保に困らなかったのが素敵でした。

 

 

 

 

閑話休題。

 

 

 

さて、そのときの思い出といえば何といっても、

 

 

 

試合中のジャッジにおけるインやアウトの判定で口論となったこと

 

 

 

です。しかもほぼ毎試合!

(念のため、テニスをあまりご存知ないかたのために解説すると、アマチュアレベルのテニス大会では、

”セルフジャッジ”と言って審判なしでやることも普通です。フェアな精神をもって自分のコートの中は自分の責任で判定する。)

 

 

そもそもオランダ人といえば、

「よくしゃべる」

「議論が好き」

というのが一大特徴のように巷では言われたりします。

テニスコート上の彼ら彼女らとて例外ではありません。

 

 

デン・ハーグのとある大会でこんなやり取りがありました。

相手のドロップショットがサイドライン横に落ちて、わたしが「アウト」と判定した瞬間のこと。

 

(※実際のやりとりは英語です)

 

相手「いや、いまのはインだ」

 

まじかな「いや、アウトだよ」

 

相手「いや、おれは近くで見ていた。いまのは入っていた。」

 

まじかな「いや、一番近くで見ていたわたしがアウトと言っているのだからアウトだ。」

 

相手「でもおれも自信がある。レット(ポイントのやり直し)にしよう。」

 

まじかな「いや、それはおかしい。そもそもこれはセルフジャッジだ。自分側のコートを自分で判定するルールの中でわたしが自信を持ってアウトと言っている。ただそれだけだ。」

 

相手「でもこのおれが確かに見たのだから、レットにするべきだ。」

 

まじかな「じゃあ今後、逆にそっちの判定にこっちがおかしいと言えば常にレットにするのか?」

 

相手「そういうわけにはいかない。これと全く同じ状況が起きるわけではないのだから。」

 

 

この協議(口論?)の顛末はご想像にお任せします爆  笑

たいてい試合が中断すると、万事この調子。

理屈のぶつけ合いかつ平行線です。

 

しかも上記の寸劇、15歳の少年(小僧?)とのやり取りですびっくり

 

とあるスポーツ心理学者さんが相手でも、同じようなことがありました。(=冷静そうないい大人であっても同じ)

もはや属人的なものを超えたオランダ人そのものの特性として鮮やかに思い出されます。

 

ついにはあるとき、口を出す立場にないはずのコートサイドの観客から

「いまのは入ってたよ。」

と意見されたことさえありました(笑)。

 

 

当然ですがわたしはマイノリティ、つまり外国人として暮らしていました。

「郷に入っては郷に従え」

とおとなしく従うべきなのだろうか、と内省もしました。

 

 

テニスに限らず日本人、特に学校生活全般や学生時代からスポーツに取り組んで来たような方は、わたしも含め、

 

「礼節を備えた部活動」

 

の影響を受けてきた方が多いのでは?

(日本人とひとくくりにしたくはないですが)

 

そんな背景も手伝ってか、

 

「礼に始まり礼で終わる」

「対戦相手をリスペクトする」

「審判の判定に不服を言わない」

 

のような点は当然だよね、と日本人は無意識に感じてしまいがちです。


 

ところがオランダというところは、

 

 

 

ひとりひとり考えが違って当たり前

 

 

というスタンス・価値観の国です。

つまり、

 

自分の考えや意見の立ち位置を躊躇なく明確にすることこそが美徳。

 

 

と考える国です。

そんな場所での出来事ですから、”純日本産”だったわたしが戸惑ったのも無理からぬことであったわけですね。

 

 

 

新型コロナウイルスのご時世ですから、

「口角沫を飛ばす」

というと聞こえが悪いですが(笑)、

みなさん、「意見のぶつけ合い」は美徳と思って、

いつでもどこでも楽しんでみてはいかがでしょうか。

 

もうすぐ春ですね。

テニスのことになるとつい熱くなる自分にも、楽しみな季節です。

 

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本日の効能:効果:勇気をもって何かを飛び越えることの尊さを感じる

 

久しぶりに映画のレビューです。

 

タイトル(日本語名):「灼熱」

 

という、クロアチアが舞台の映画。

近年は観光地としても有名になっているドゥブロブニク、といった地名が浮かぶ方も多いでしょう。

映画「魔女の宅急便」の舞台となる街のイメージになったともいわれる旧市街の景色は有名です。

 

また、イタリアとの間にあるアドリア海からクロアチアを見ると、

「ダルマチア式海岸」

と呼ばれる特徴的な岩肌が見え、映画の中でも一瞬ながらそんな描写が見られます。

 

自然豊かな国でもあり、ところどころ泳ぐシーンが出てきますが、

実際に湖で泳げる公園はこちら。(クルカ国立公園)

 

 

 

 

閑話休題。

 

 

 

さて、この映画「灼熱」のモチーフは、

 

「国境」

 

 

です。

1991年、2001年、2011年をそれぞれ舞台にした短編ストーリー3つで構成されているのが特徴的な映画。

しかも、それぞれの短編でメインを演じる主演男優、主演女優はすべて同一の役者、というのもユニーク。

 

時代背景として周辺国(旧ユーゴスラビア、セルビア)との歴史が背景にあります。

 

片やクロアチア側、かたやセルビア側で国境を越えて愛を貫こうとするシーン、

あるいは国境が二人のあいだに複雑な感情をもたらすシーン、

 

などが、牧歌的な風景とともに描かれていきます。


 

この映画を見て、わたしなりに「国境」を拡大解釈しました。

実際に国と国を隔てている国境、に限らず、

 

自分の前にある見えないボトルネック

自分の前にある見えない心のリミッター

自分の前にある見えない障害(あるいは見えているものも含め)

 

こういったもの全てに置き換えられるような気がしました。

それが男女のストーリーの力を借りて描かれていますが、

 

それに抗うことができるか?

それが運命として横たわっているのか?

 

そんな風にちょっと切なくもなりますが、映画の中の景色とともに、

背もたれによりかかってsit backするようにして、見てみるとよい映画かも知れません。

 

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本日の効能:効果:置かれた立場で”いいとこどり”を最大化しようとする気持ちを高める

 

2月って、年が明けて間もないスタートのような時期でもあるし、年度末が近づいているゴールのような時期でもある。

いろいろと駆け込んだり、集計したり、追い込むような時期ですが、皆さんは何を意識しますか?

 

確定申告?

決算?

受験?

 

 

わたしもいろいろありますが現在、

 

 

 

有給休暇

 

 

 

を使い切ろうと、手帳(スケジュール)とにらめっこしています。

 

会社員向けの話のように聞こえますが、どなたも自分に置き換えてお読みください。

「休暇」を

「自分の時間」とか

「自分を解放する時間」

という言葉に置き換えて。

 

わたしの置かれた立場の一つに、「会社員」というものがあります。

その会社員にとって数少ない、

 

「いいとこどり」

 

のスタンスを実現することの一つが休暇取得だと思っています。

わたしは率先垂範しようとしていることでもあります。

 

 

この想いを強くしたのは他でもない、

 

 

 

オランダ

 

です。

オランダで働くと、まずマインドセットからして違う。

 

 

付与された休暇は使い切るのが当たり前

 

 

という前提なのです、本当に。

(いいですね、好きです。この考え)

 

なぜか?という問いにあえて答えるなら、

 

 

 

権利だから

 

 

 

という一言で説明がつきます。

このあたりは、民衆が権利を「勝ち取ってきた」歴史の強いヨーロッパならではという感じがします。

 

 

あえて悪い言い方をしますが(スミマセンアセアセ)、

ここで多くの日本人は、

「そうはいっても日本は文化も空気も違うし、現実は休めないし・・・」

 

と、心のどこかで反射的に考えてしまう人がどうしても多い。

好むと好まざるとに関わらず。

それも分かります。

 

でもその反射的に感じることの根本的な問題はやはり、

 

「周囲にどう思われるかを気にしているから」

「ある種の同調圧力」

 

ではないかと、わたしは思います。

 

休暇を使い切ってみたらどうなるか、やってみてから考えてもいい。

どうってことない、休暇を使い切るくらい。

 

誰に何を思われようと関係ない、

くらいの気持ちでいいと思います。

 

確かに、休暇を使ってないことを美徳にしてアピールしてくる人も周囲にいる。

こないだ社内にもいました。

「今年度、まだ3日か4日しか休んでいなくてアラートをもらっちゃった」

と言っていた人。

 

こういう発言は華麗にスルーしましょう。

 

とはいっても、わたしも仕事が追い付かないことも多々ある。

 

それでも休むんです。(権利だから!)

上司からの評価が下がるかも?(それでもいい!)

周囲からの心証的な評価も下がるかも?(それでもいい!)

 

 

なぜなら自分は普段がんばっているから。

普段がんばっている自分を大切にするんです。

 

ついつい、自分に言い聞かせようと、熱く(暑苦しく?)書いてしまいました(笑)

必要な方にはぜひ、「間に受けて」、実行してほしいお話です。

 

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本日の効能:効果:ビジネスで丸投げしたままにしないことの大切さを再認識する

 

珍しく立て続けにビジネスのお題ですメガネ

 

昨日はある所有物件の「室内」と、ついに初の”対面”が実現しました。

というのも物件を購入する際はこれまで全て、不動産の世界で言うところの、

 

「オーナーチェンジ」(入居者さんがいる状態のまま所有権移転すること)

 

で購入しているから。

今回、幸か不幸かこの物件を購入してから初の退去が発生し、ようやく室内を見る機会が得られました。

 

なんだか昔の時代でいう、お見合い用の写真だけで結婚が決まるという話に重ねてしまいました。

本人と初めて対面するときもこんな気持ちなのでは、なんて(笑)。

 

 

余談ですがわたし、できるだけ自転車で内見や現地視察に出向く、

自称「自転車活用不動産オーナー」でもあります汗うさぎ

(え、自転車で株主優待券を使うためにハシゴする某有名株式投資家みたい?笑)

 

昨日も、所有物件の中では家から最も近い立地(自転車で片道20分)のため、

サイクリングがてらかっ飛ばしてきました。

(写真は自転車代を経費として正当化するための証拠にすべく撮るようにしている笑)

 

 

 

閑話休題。

 

 

 

 

さて、その物件は現在、幾つかのメジャーな某お部屋探しWebサイトを通じ入居者募集中です。

 

数日前、募集業務などを外注している管理代行会社さんからは、

「もうアップしました」

と言われたのに、検索しても我が"お見合い相手”がヒットしてこないガーン

 

もしやと思い、条件を変更して検索してみたところようやく見つけたものの、幾つかの点に気付いた。

 

・「最寄り駅徒歩~分」の数値が間違っている(しかも駅から+2分も遠い数値に!)

・「バス・トイレ別」とか「2口(くち)コンロ」とか、設備としてヒットするはずの条件にチェックを入れると逆にヒットしなくなる

 

すぐさま連絡を入れて修正してもらい、翌朝には正しく反映されたことを確認し、ひとまず事なきを得たのでしたアセアセ

 

 

前回、別の部屋の入居者募集時にはそのようなお粗末なことはなかったし、普段のレスもとてもよい。

ですが、

 

たとえ信頼して外注したあとでもダブルチェックは必須。丸投げしたままは危険、油断は禁物

 

というよい教訓になったのでした。

よくマネジメントの世界でも言われる、

「信頼はするけど、信用はしない」

というのはこういうときにも当てはまるのかと感じてしまう出来事でした。

 

現状回復に向けたクリーニング前にも関わらず、”お見合い相手”がとってもおキレイな方だったのは素敵な救いでしたが(苦笑)

 

ちなみに、同じ建物内で募集中の別部屋も、同じように検索条件に不備があり、あるべき条件で検索するとヒットしなくなることに気付いた。

でも同じ時期に募集しているとなると、入居者確保に向けてはライバル物件です。お気の毒ですが・・・。

 

今日も最後までお付き合いくださり感謝ですウインク

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本日の効能:効果:ビジネスオーナーとして、悪い「外注」の例を学べる

 

今日は初めて、

“ビジネスオーナー”としての気付きを自分の言葉で熱く語ろうと思います。

(テニスコーチでははないほうのビジネスです)

 

とは言っても、わたしのビジネスとはそんなキラキラはしていません汗うさぎ

ただの、

“副業サラリーマン大家”

です。

 

部屋単位で物件を調達しながら運営していく、いわゆる“区分”オーナーとしての大家さん。

立地を分散させる狙いもありますが、高額融資を一度に引っ張り“一棟”マンションを調達するのは、

自分にとってリスクとリターンのバランスが合わないと判断。

 

それに、一棟マンションの専有部分と共用部分の全てを運営するほどの胆力もセンスも時間も、自分にはないと判断。

そんな安全重視の道でもあります。

 

でも、不動産を探すのも見に行くのも好きだし、勉強は怠りませんし、決意も固いしそのために自分の会社も作っている。

そんな起業スタンスです。

 

 

 

 

閑話休題。

 

 

 

さて一般に、物販でもなんでも個人ビジネスの文脈で「外注」といえば、

自分の手間を経らして自動化の方向に進められる、とても有効なアプローチです。

 

ですが、不動産オーナー業における「外注」手法のひとつ、

「サブリース」

は、オーナー側の立場からするとよくない外注の例、と言わざるを得ません。(全てとは言いませんが)

 

 

そもそも「サブリース」とは?

 

 

一言でいうと、

貸主(オーナー)と借主(実際の入居者さん)のあいだに不動産会社に入ってもらうスキームのこと。

 

あいだに入る不動産会社(サブリース会社)は、“仮想の入居者”という立場になる。

(実際に部屋には住まないが、契約上はオーナーから部屋を借りる立場)

そして実際の入居者と契約するのはその不動産会社であり、「又貸し」の状態ができあがる。

 

オーナーの利点は、仮に空室の状態にある期間でも、「保証家賃」が得られること。

(もちろん、例えば約10%くらいとか、何千円とかいう定額で、不動産会社が中抜きして目減りした家賃ですが)

【模式図】

 

 

で、なぜこれがオーナー側からの「外注」の観点で良くないかというと、

 

”根っこのコントロールを失う外注”

 

だからです。

 

ひとたびこのフレームワークを組むと、

オーナーはほぼ何もすることがなくなり、保証家賃を受けとるだけになるでしょう。

たしかに楽だし、これだけを聞くと、ザ・外注として「いい話」に聞こえます。

 

でも最大の問題は、

 

自分でビジネス判断ができなくなる

 

ことにあります。

 

・実際に空室なのか入居中なのかも分からなくなる

・部屋の設備がどういう状態で内装への投資が必要かどうかも分からなくなる

・ビジネスの本質である「値決め」(募集家賃の設定)すらできなくなる

 

なぜそうなるかというと、

 

・あいだに入ったサブリース会社は法律上、「入居者」の立場で保護される

・オーナーと実際の入居者さんのあいだに契約関係もなく、オーナーが実際の入居者にコンタクトすることすら正当と見なされない

 

からです。

 

不動産ならではの点ですが、衣食住と言うだけあって、住居って生活に欠かせません。

なので、(たとえ実際に住んでいないサブリース会社であっても)家賃を滞納していなければ、強制退去させることはできません。

 

つまり、ビジネス一般に置き換えて表現すると、

 

外注契約の解除すら自分でコントロールできなくなる

 

ということです。

 

自分がビジネスオーナーとして外注しているのに、自分の判断で外注をやめることができないゲッソリ

 

そんなの、おかしいに決まってます。

 

でも、こんなことを言ってはなんですが、

中古投資用マンション市場に出回る物件でサブリース付きの物件ってけっこうある。

 

おそらくそれって、残念ながらほとんどが損切り目的と想像できます。

しかしながら、やっぱりサブリース付きの物件を好んで買う人はそういないから売却したくてもなかなかできない。

つまり、

 

損切りすらできなくなる

 

という悲劇につながる可能性大です滝汗

厳しい表現をあえて使うなら、

 

オーナーとしてのせっかくの経営権を自ら手放してしまった

 

ゆえに起こる悲劇とも言えます。

 

 

教訓としてはやはり、

聞こえのいい話を鵜呑みにしてしまうのは危険で、おいしいだけの話なんてない

モノの価値を自分で判断する(言いなりにならない)

に尽きるなぁと、自分への戒めも込めて書きます。

 

 

誤解のないように言うと、

わたしも日々の「賃貸管理」は外注パートナー会社様に頼り、タッグを組んでいます。

これはもちろん「入居者」として居座られるサブリースでなく、わたしの「代理」をしてくださる立場として。

 

お住まいの方が退去になったときの精算や、原状回復、新たな入居者募集や契約など、

とてもわたし一人で「自主管理」はできませんから。

 

 

「リスク」って言われるとたしかに怖い。

でも、自分でリスクを取らないと、自分にリターンは来ないですもんね。

そんなことを考える今日この頃です。

 

それでもなお、

お金に対する不安が根本にあるから「保証」と聞いて空室リスクに対する不安をあおられると弱い。

これもまた、とても頷けるし共感できる。

これは次の機会のお題にします。

 

今日も最後までお付き合いくださり感謝ですウインク

こんにちは、まじかなです。(自己紹介はコチラ

 

本日の効能:効果:ふたたび男子による女子のための”男のもの”情報が得られる

 

先日のコラムにて白洲次郎を引き合いに、”男のもの”を紹介しました。

それを受け、調子に乗って第二弾として更に着こなしポイントを挙げてみますスーツ

 

【その1】シャツの袖口

さて、ここで取り上げるのは基本のキのはずなのですが、電車などでつい観察すると、意外に気にしていない男子が多い。

(なぞの上から目線ですがアセアセ

 

・ワイシャツの袖はスーツより長く、1cm程度は見えていること

これは、スーツを地肌にできるだけ触れさせないという機能的な点でも必要です。

 

 

【その2】ネクタイの色・シャツとの合わせ

これはまた好み、というかわたしにとっては過去コラムで書いた新人時代のトラウマ的こだわりです。

・部分的でもよいので、ネクタイorワイシャツに明るい色が入ることにこだわる

のがおススメ。

やっぱり、明るい色は気分をアゲてくれるから。

 

それと、これまた基本のキだと思うのですが(またまたなぞの上から目線アセアセ)、

・シャツが柄ならネクタイは無地、シャツが無地ならネクタイは柄、を同系のカラーで組み合わせる

シンプルですがこれをやるだけでおしゃれ感ありと見られること間違いなしです。

 

 

 

今日も最後までお付き合いくださり感謝ですウインク