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きっしーのブログ

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昔80年代ぐらいには、未来の戦争は核戦争みたいに、言われるものだったが、実際には使われてない。なぜだろうと思ったが、戦争は敵国の兵士を殺傷したり、軍事拠点を破壊したりすることを目的としている。敵国の市民はやがてその国を占領した際に味方につけなければいけない。例えば日本で豊臣秀吉がどこかの城を攻略するとして、城に勤務する兵員たちは戦う相手だ。民百姓は、やがて統治するときに、支持してもらわないといけないから、民百姓に狼藉をする意味がない。略奪とかはやらない方がいい。

核兵器は広島や長崎みたいなことが起こるわけだから、軍事拠点や兵士に対して使うわけではない。

SFアニメのようなので、核兵器が最強兵器みたいな設定で出てくることがあるが、実際には違うようだ。ガンダムでいうと、ソーラ・レイなら、敵艦隊に対して使用していたが、毒ガスG3作戦とか、コロニー落としとか、どっちかというと核爆弾はそっちに近いようだ。例えば水爆ミサイルというものは、弾道ミサイルなので、着弾点があまり正確でない。ピンポイントで攻撃することができなくて、かわりに多弾道の水素爆弾でそのあたりを爆撃する。相手の国は被害を受けるので、攻撃されないような外交を行うなどするだろうから、戦略的には意味がある。しかし市民を殺傷するのは軍事力を誇示するだけで、敵戦力に対して有効かというと、少し違う。

デンマークの平均月収はSNSによると100万円ぐらいらしい。日本人の3倍ぐらい。これなら物価が高くても税金が高くてもあんまり気にならない。1000円でも300円ぐらいの価値になる。

日本で月収100万なんてお医者さんレベル。12倍すると年収1200万円。ほんまかいなと思ったら、デンマークは、数年前で初任給が月収50万円、平均月収は60万円から80万円ぐらいだったのが、だんだん上がったようだ。日本では初任給20万円ぐらいで、初任給50万なんてことはない。たぶん30万円ぐらいには正社員ならなると思うが、12倍すると360万で、ボーナスがあったとして年収500万円ぐらいかな。この差はなぜなのか。

少数精鋭だからではないかと思う。デンマークの人口は590万人ぐらい。兵役もある。北欧でやや大きめのスウェーデンで人口1000万人ぐらいなので、東京都の人口かそれより少ないぐらい。ちなみに北海道の人口は500万人ぐらいで、物価や宿泊費が上がっている。

かつての日本では、北欧は社会福祉が優れているが、税金が高めで物価も高く、そもそも小国だと思っていた。でも負けている。

とはいうものの、日本人の多くは富をため込んでいるようなところがあって、街を歩く人に生活に余裕がなさそうな人はあまり見かけない。


日本では、なぜアメリカと負ける戦争をしたのか、という風潮が昔からある。これにより謝罪と反省という展開になる。

理由がわからないからだ。

G7諸国は、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、アメリカ、カナダ、日本だが、これらは連合国と同盟国に分かれて戦っていた。日本はその中にいるだけでも名誉ある地位だ。

日清日露戦争の頃は英米が味方だったし、第一次世界大戦でもそうだった。ではなぜ英米を敵にまわしたのか。イギリスなどはアフリカやアジアを植民地として富を収奪していた。中国の茶を本国へ送って、インドから代金の代わりにアヘンを持ち込んだ。清朝が抗議すると、アヘン戦争で逆に香港をとられるなどした。日本は武家政権で、鎖国もして、独立を保っていた。タイも同じように王政を保った。薩長に武器を供与して、グラバー商会は坂本龍馬を使ったりして、その結果、徳川政権に代わる政府が作られるに至ったが、これは日本人がやったことだ。しかし徳川を支援するフランスも、薩長を支援するイギリスも、中身はロスチャイルド(ロチルド)で、同じものなので、どっちが勝ってもいいようになっていた。

開国した日本と対等の関係を作って、当時イギリスが対立していたロシアと、日露戦争というイギリスの代理戦争を戦うことになった。人も大勢死んだし、英米から多額の借財ができた。終戦の講和の仲介はアメリカがした。その後も第一次世界大戦だけでなく、シベリア出兵とか、連合国のために日本は戦争協力をしたが、つまりイギリスやアメリカは直接戦うというより、日本に戦わせていたわけだ。

その英米を、総力戦に引きずり込んだわけだ。日本はイギリスの植民地を攻撃したし、太平洋に進出するアメリカの艦船や基地を攻撃した。アジア諸国が植民地化、半植民地化されるように、日本は戦争協力をさせられていたので、これを解放するために、英米に対する戦争を引き起こして、そうすると、彼らも他人事ではなくなる。これが、イギリス、アメリカ、オランダ、中国を相手にした大東亜戦争だ。

その結果、アメリカは安価な戦車や航空機を大量生産する物量作戦をとって、多くの兵員の犠牲を出して、また、日本本土に対するナパーム弾攻撃つまり焼夷弾により無辜の市民を大量虐殺し、挙げ句の果てはさらに都市に対する核攻撃、すなわち軍事施設や戦力に対する攻撃ではなく、単なる殺戮という卑怯な手を使って、日本国の戦意をそいで終戦となった。

日本は戦争の悲惨さを米英に身をもってわからせることを行ったように思う。