ぬえ(鵺)とレッサーパンダ | きっしーのブログ

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 子供の頃の妖怪図鑑でぬえというものを見た。

 ぬえは、猿の顔、狸の胴体、虎の手足、蛇の尾をしていると平家物語にあり、動物の構成は文献により違うようだが、近衛天皇の時代に宮中に現れ、ぬえ退治で有名な源頼政により退治されて、天皇の病気も治ったという。源頼政は、平清盛の時代にも源氏ではあったが重用されて異例の出世をしていたが、以仁王の挙兵により平家と戦う準備をしていたところ、宇治平等院の戦いに破れる。その頃の1180年には77歳だったという。

 本当はぬえ(鵺)は、鵺鳥ともいって、トラツグミという30cmほどの鳥を指す言葉であり、これは夜にキーン、キーンという声で鳴く。これが不気味だったので、不吉であるとされた。山の中などで、鳥が鳴いているのであることはわかるが、姿が見えないことはよくあることで、ブッポウソウという鳥はいるが、ブッポウソウ(仏法僧)と鳴くのは、コノハズクでありフクロウの一種である。鵺鳥は鳴き声は知られていたが、姿はよくわからなかった。平安時代に現れた正体不明の怪物は鵺の声でなく、とされており、名前はなかった。のちにぬえ(鵺)はこの獣のこととなった。ギリシア神話の合成生物キマイラ(キメラの語源で、複数の生物が合わさったものという意を持つ。ドラクエのは鳥と爬虫類)は、ライオンの頭、雌ヤギの動体、蛇の尾をもつが、ヒッタイト時代の小アジアつまり現在のトルコあたりの山を象徴しているようで実際にそのような動物がいるわけではない。山の上にはライオンが、中腹にはヤギが、麓には蛇がいて、これを人間が征服する様子を古典古代にそのように言ったように思われる。

 では、鵺の声で鳴くとされた獣はいないのかというと、近い生き物はいるようだ。

 2016年頃の古生物学者の話によると、数百万年前に新潟にいたような巨大レッサーパンダの可能性があるという。というより、近衛天皇の在位の1142年から1155年の間頃に日宋貿易でシセンかネパールのレッサーパンダの個体が持ち込まれて、それが逃げ出して騒ぎになっていたところ、捕獲された、ということではないだろうか。持ち主は名乗り出なかった。

 最近では、神奈川のアミメニシキヘビとか、千葉の黒い怪鳥(南アフリカ周辺にいるというミナミジサイチョウ)が、逃げた場所の近くで発見されている。黒い怪鳥は2019年末ごろに茨城のペットショップから逃げたもので、1年以上も野生で暮らしていたが、人に飼われて20年ぐらいたつようで、割とすぐ捕まった。持ち主はまた売ることを考えているという。需要があるということなので、今起きていることは過去にもあったとみるべきだろう。昔は規制する法律もないし、家畜もペットも外国から入ってきている。

 ぬえという獣は蛇のように長い尾、もしくは文献によっては狐の尻尾をしており、レッサーパンダは体長50〜60cmで尾の長さが40〜50cmで、全体で1mぐらいになる。狸であれば体長は同じぐらいだが、尻尾は10〜20cmしかない。レッサーパンダは、いろいろな鳴き方をする可能性はあるが、キュルキュルと鳴くようである。市川動植物園にいるのを見たところ、夜行性なので、朝方は木の上で休んでいる。午後から夜にかけて活動的になる。高いところに登ることができる。

 記述に基づくと、胴体は狸とされているから、狸サイズなのではないだろうか。長い尾をしており、顔や手足は狸とは異なっていると解することができる。昔の人は小柄だったので、昔話の狸でも、人と同じかやや小さいぐらいに描かれていることがある。化石上のレッサーパンダは、広くユーラシアで発見されており、200〜300万年前には1.5mサイズだったようだが、狸ぐらいでも、大きい獣だったのではないだろうか。

 今ではみられない生物が過去にはいたという場合はある。中国の文献にある獏という名をつけられたバクという動物は、かつて中国にもマレーバクがいたのだろうと考えられている。しかし、数百万年前の化石生物が平安時代にいたかというと難しいし、いても人里はなれたところであると思われるので、むしろ逃げたやつが京都御所あたりに住み着いたという方が信憑性があるのではないか。

 レッサーパンダは、かわいい感じがする。日本は動物園で世界で最も多くのレッサーパンダを繁殖させている国であり、野生化している個体はいないようだが、飼い慣らされているのは顔つきが可愛くなっている。一方、野生のはもっと精悍な顔つきをしているようでもある。そもそもパンダって何なのか、というと、ネパール語で竹を食べるものという意味であるという。パンダという名前がつく前の候補にfirefox(火狐)というのがあった。flying foxはオオコウモリ(fruit bat)という意味であり、空飛ぶ狐ではないが、foxは尻尾のふさふさした動物というのが原義で、パンダと呼ばれる前のレッサーパンダの名前のうちに、firefox(火狐)というのがあったようである。辞書でfirefoxを引いても出てこない。パンダという名前がつく前の名前である。ブラウザの名前にもなっているが、これはphoenixがfirebirdとなり、fireつながりでfirefoxとなったもので、もとはレッサーパンダの意だったが、ロゴは火狐になっている。

 火狐が日本に来たかどうかはおそらく記録がない。遣隋使、遣唐使の頃は国営だったので比較的記録に残ったとしても、日宋貿易は民間が行なっていたもので、完全な記録はなく、南宋の首都は海に近いところにあるが四川省も支配地域である。日宋貿易では、宋銭が大量に日本に入ってきたが、日本大百科全書によると、「南海産の鳥獣」というものが日宋貿易にはどうやら含まれているようであり、何があったのか完全なリストは存在しないかもしれないが、例えば麝香はジャコウジカからとれる。他には動物の毛皮があり、これらは生きたまま日本に入ってきてはいないが、一方で、オウムやクジャクの場合は、生きたまま日本に入ってきたと思われる。火狐(レッサーパンダ)は竹で飼えるので、日本に船旅を経て、平安時代に来ることは決して不可能ではない。