高校生の頃に飼っていた猫 | きっしーのブログ

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 高校生の頃、猫を拾ってきて、2年ちょっとの間、うちにいた。小学生の頃には犬がいて、うちのおばあちゃんが、この犬は、幸せな方やろうなあ、というのが口ぐせだったと思う。実家は、資産家とかそういうわけではないのだけれど、たぶん明治や江戸時代以前は、地元ではそこそこだったと思うから、まわりの家の動物には負けないように、よくしてやらなければならないと。そういう教育を受けて、自分は育ったのだと思う。たとえば、会社経営とかをする人なら、今でも、そういう意気込みでやるべきだろうし、自分はそういう立場にはないのだけれど。
 そんなわけで、うちの猫には、我慢しなさいとかそういうことは決してなくて、猫だからというひいき目もなくて、望むようにしてやったのだと思う。猫なりに、だけど。
 そいつの名前は、聖母マリア様をもじって、日本名は、マリだったのだけれど、雌だったからというだけで、そもそもの語源は、ビートルズの Let it be の歌詞だったと思う。うちにビートルズのレコードがあったので。だから音楽が語源だけれども、なぜ、ビートルズの Let it be を知っていたかというと、横溝正史原作の映画で、調べたら、悪霊島という映画の曲で知っていた。今では版権のせいで別の曲に差し替えられている、という。
 だから、音楽や、映画に深くかかわりあいのある名前を、自分は、猫の名前としていたわけだね。

「意味なくていい。結局なるようにしかならない。そんなもんよ」(世界の終わりのいずこねこ)、という台詞が、まるで聖母マリアが、なるようになさい、と言っているようだなと思ったので、ちょっと思い出したわけです。