きっしーのブログ

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 ゲッターロボとゲッターロボGのアニメ放映がされていたのは70年代だが、いつも見ていて、人気もあった。その後はスパロボ版の真ゲッターぐらいしかなじみがなかったのだが、スパロボYにゲッターロボアークが出ていて、主題歌もいい感じだったので、配信されてるのをみてみた。

 ゲッターロボ號(ごう)とか、真ゲッターとか新ゲッターロボとか、設定を使って別の話のようにも思えたが、今回はつながる。

 永井豪とダイナミックプロ作品ではあるけれども、石川賢さんが故人となる2006年までに連載していた未完の漫画作品を2021年にアニメ化した。ゲッターロボの登場人物というと、早乙女博士、娘である早乙女ミチル、ゲッターロボの操縦者である流竜馬、神隼人、巴武蔵、敵は恐竜帝国で、爬虫人類には帝王ゴールなどがいて、メカザウルスを出撃させる。ゲッターロボGでは、前作で死亡した武蔵にかわって車弁慶、敵は百鬼帝国で、ブライ大帝などがいて、百鬼メカが出てくる。ゲッター1、ゲッター2、ゲッター3は、それぞれGではゲッタードラゴン、ゲッターライガー、ゲッターポセイドンに置き換わる。Gの語源は不明だが、ゲッターのGではある。

 竜馬の息子の流拓馬が主人公で、母はミチルではないが亡くなっており、司令が神隼人というのは設定としては熱い。正統な続編と言える。隼人は50代のようだが、今でもかっこいいし、強い。

 カムイ・ショウは恐竜帝国とのハーフで父が帝王ゴールというのも、いい話だが、最後にどんでん返しがある。山岸獏は僧侶のイメージで予知能力のある兄がいる。拓馬とカムイは19歳で、獏は22歳という設定。

 オープンゲットで飛行機3機になるのが、好きだった。大人になったらゲッターに乗ろう、ぐらいだったように思う。

 ゲッター線の定義はいろいろあるが、生命を進化させるエネルギーのようなもの。小さい頃は、21世紀になって、ゲッターロボの続編が映像化されているなんて思ってもいなかったから、恐竜帝国と人類との間のやりとりなどにとても感動した。

 

ゲッターロボアーク


 

薬師丸ひろ子主演の角川映画は、セーラー服と機関銃、探偵物語、Wの悲劇が三部作のようになっていて、主題歌もいいのだけど、Wの悲劇は映画の中で舞台演劇が演じられるという特殊な作りになっている。

テレビで度々やっているので、やっていたら見るのだけど、最後に見せる薬師丸ひろ子のポーズが、スカートの裾を広げて見せる仕草で、これが何のことなのか気になっていた。

これが俺たちの千秋楽なのか、と男は問いかける。映画女優は観客のものでもあるので、男のものにはならない。これはわかる。しかし、こないだあらためて最初から見たら、最初に相手の男と会って別れ際にスカートの裾を広げる仕草を薬師丸ひろ子はしている。つまりどういうことかというと、私はあなたに最初に会った日のことを覚えています、という意味だ。

かわいい女を演じているわけだから、つまりかわいい女というわけだ。

 最終回で善悪が逆転すると話題のアニメ版海のトリトン。しかし最終回の衝撃は、ザンボット3の方がすごいと思う。

 原作漫画の海のトリトンは手塚治虫さん作品で、トリトンの敵としてポセイドン王が出てくる。ポセイドン王はいろいろな生物の合成生物を作れるが、トリトン族は優れているのでうとまれており、トリトンの親は殺されて、トリトンがポセイドン王と戦う。トリトン族は臣下のような関係にあり、名前の由来のギリシア神話ではポセイドンが父、トリトンが子になる。

 アニメ版ではポセイドン王が出てこない。漠然と「ポセイドン」といわれているのはポセイドン族のことだ。象徴的にポセイドン像がある。最終回で明かされるのは、かつてのアトランティス人の正統な末裔がトリトン族でありトリトンであるということ。つまりこちらが王の位置にある。その証としてオリハルコンの短剣がある。ポセイドン族は、ポセイドン像によるオリハルコンの力に対する捧げ物として、人身御供、生け贄にされる存在だった。つまり戦争捕虜や奴隷のようなもので、ここが入れ替わっている。ポセイドン族はアトランティス人を追い詰めるが、トリトンが現れてポセイドン像の力を失い、全滅することになる。 

 だから善悪は交代していない。富野さんの話はとてもよくできている。もともとは父子関係とか主従対決のような話だったんだろうけど、富野さんの時代は学生運動とか左翼活動とかいろいろな現象があって、そういうこともわかりつつ富野さんは、強いもの、優れているものに対して戦っても、自らを滅ぼすという考えを持っていた。ガンダムでジオンが負けるとか、そういう話にもつながる。