『今度、デート』
幼馴染の夢奈が彼氏をつれて歩いてるところに、松木はばったりと
出くわす。夜店が並んだ夏の夕暮れだった。
店先には、ヨーヨーやお面の被り物、金魚すくいに、イカ焼き、とうもろこし
にラムネ。所狭しといった風で、活気が溢れている。
祭に参加したのは、松木の母親が、ちょうどお祭りの進行委員の手伝いを
していて、半ば強制的に行くことになったためだ。
松木の母は、地元の行事には必ずと言ってよいほど、率先して参加した。
松木自身、渋々、店舗を出す為の重い荷物を運ぶことに嫌気がさしていた。
祭りや人混みで溢れている場所自体、決して好んだりするタイプでは
なかった。
それでも、彼は、夕方、5時半には来るようにと母親に言づけされていた
ので、重い腰を持ち上げることにした。
彼のイメージしていた通り、出店は人だかりで熱気に蒸せ返していた。
地域振興会の人たちが、プロパンガスやビール瓶を軽自動車の荷台から
積み降ろしていた。
はっぴを腕まくりして着ていた彼らは、消防団や自衛隊そのものだと、
松木は思った。周りは、肉体に自信のある大男ばかりで、松木は居心地が
悪かった。
草履を引き摺りながら、渋々、母を捜し歩いた。
神社の境内近くに差し掛かったとき、聞き慣れた声がした。
男勝りな低いトーンの声。けれど、何処となくか細さも伺える口調。
夢奈は、松木の目を凝視した後、団扇で扇ぎながら言った。
「あれぇー。久しぶりじゃん。元気そうだね」
松木は、彼女の目力のある瞳を一瞥すると、分が悪そうに答えた。
「おう、久々だね・・。別に、元気でもねーけど」
夢奈は、浴衣姿で相変わらず、淡々とした口ぶりだった。
元気でもない、彼の言葉を無視して彼女は続けた。
「で、今、何やってるんだっけ?」
松木は言葉に詰まった。今。母親の手伝いに、と言おうとしたが、
それは場違いであったし、夢奈の質問に答えていない。
そう考えて、彼は口を濁す。
「休みもなくバイトやってるよ。そっちは?」
ふーん。
夢奈は、そっけなくそう言いながら、辺りを見回していた。
彼は、もう1度聞いた。
「てか、今、何処に住んでんの?」
夢奈は、自分の彼氏を見つけたかと思うと、手を振り、合図した。
その後で、彼女は再確認するように、松木の顔を覗き込む。
「ん?で、何だっけ?住んでんのは、横浜だけど」
間髪入れずに、彼は続けた。
「ああ、じゃあ、変わらず横浜なんだね。さっきのは、彼氏?」
「そう。悪い??」
悪くないよ、別に。松木は、頭を掻きながら、そう抗ったが、彼女の
意識が他のところにある事を知り、話題を変えようとした。
夢奈は、松木と幼馴染であったけれど、正確には微妙な関係だった。
夢奈は、小学校5年から転校し、松木のクラスに入ってきた。たまたま
引っ越してきた先が、自宅を挟んで、3軒隣だった。
そもそも、松木の実家は、過疎化の進む町だった。
そのため、近所に引っ越してくることはかなりレアなケースだったのだ。
母親から同級生らしいわよ、そんな言葉を耳にした。
当時、幼かった彼は、彼女の家まで遊びついでに下見に行った。
中から、大柄の父らしき人が出てきて、会釈をした。
子供ながらに、松木は律儀な人だと思った。その男性の太腿の裏に
掴まるように、こちらを睨んでいた女の子がいた。
それが、夢奈だった。目つきが鋭く、口は噤んでいた。
チェック柄のセーターにピンクのスカートだった。
実家では、滅多にお目にかかれないお洒落な子だと、
松木は感じた。
それ以来、学校や近所の友達と出掛ける時、彼女の姿があった。
過疎化とは言え、集団でいるのは当然だったし、学校終わりに
近所の空き地で遊ぶのが、松木たちの日課だった。
ある時、夢奈が他の子と喧嘩してる様子を見た。
彼女は、普段は大人しかったが、1度、揉め事を引き起こすと
人が変わったように荒々しさの篭った口調になった。
夢奈が、友人の女の子の襟を掴み、離そうとしなかった。
子供とはいえ、松木たちの仲間内でもルールはあった。
だが、彼女はそんな掟破りな行動に出た。石を掴んで投げたり、
髪をくしゃくしゃに引っ張ったり。
滅茶苦茶だった。自分でも訳がわからない様子で、小心者の
松木は、その一部始終を呆気に取られて見ていた。
彼女とは、揉め事をやってはいけない。そう周囲は、
敏感に感じ取った。
そんな出来事をきっかけに夢奈は、クラスでも1人でいることが
多くなった。
松木は、10年以上も前の記憶をようやく遡っていた。目の前にいる
夢奈とは、2年振りだった。顔を見ると、目つきはあの頃と変わらず
鋭かった。面影というよりは、そのまま成長が止まってる、そんな印象
さえ抱いた。
祭りが本格的に賑やかになっていた頃、松木は、そそくさと夢奈との
会話を終え、母親を探しに行った。
夢奈は、去り際にこう言った。
「彼氏を探してこなきゃ。あっ、あとで忘れないうちに、メールで電話
番号、送っといて」
松木は、2年前のメールを思い出した。同窓会で、みんなで花火を
した時、彼女からさりげなく教わったアドレス。
紛失してなきゃな、と彼は不確かな記憶を辿りながら、人混みを
掻き分けた。
祭りの準備が終わった頃、母親の指示で、出店をゴミ袋を渡して回った。
振興会の人は、ようやく一段落が着いたといった様子で、店の辺りで
一服していた。笛や和太鼓が鳴り響く中、松木は彼女のメールを思い
出し、一応、送っておいた。
しかし、返事はそれ以来なかった。
東京に戻る飛行機の中で、松木は1人、考えていた。祭りの後、彼女が
彼氏を置いてきぼりにしていたこと。
鋭い目つきで、同級生を睨みつけていたこと。夢奈が、本当は孤独だった
こと。
祭りに来ることは、毎年恒例となっていたが、松木はその年はちょうど
周囲との夏休みの予定が合わず、結局、同級生と会ったのは夢奈1人
だけだった。
働き盛りの頃に、俺だけ帰ってる、そんな後ろめたさを感じた。
彼女も仕事がないと言って、愚痴をこぼしていたが、松木にとっても
それは同じ意味のような気がした。東京であっても、横浜であっても、
やりたいことは何もなく、ただその場凌ぎで、生活のために働いていると
しか、言えなかった。
松木の世代は、所謂、引きこもりやニート、フリーターが増え始めた頃で、
友人が、何もせず、ただダンスを踊っているだけという生活にも、松木たち
は納得していた。
働くという意味を、楽しむという言葉に置き換えるための手段でしかないと
言ったらそれまでだが、無気力な大学生活を送っていた松木やその友人達
にとっては、30歳までのモラトリアムと説明する以外、なかった。
東京の1人暮らしは、喧騒に包まれていた。たった6畳の部屋で、仕事以外
誰とも付き合いもなく、また、付き合おうともしない。
孤独というのは、自分を育てるための期間だと誰かが言ったが、
もうその言葉さえも、通用しない世代であることも承知だった。
働きたくない。だが、働かねばならない。そんな毎日の繰り返し。
ステレオタイプの日々がもたらしていたは、マンネリと増え続ける煙草の数
だけだった。
夏も終わり、秋が近づいた頃、松木は夢奈からメールが送られていたこと
に気がついた。メールを返信することが、大して重要事項でもなかった彼に
とって、予期せぬ出来事のように思えた。
携帯を手に取り、松木は慣れない送受信ボックスから開いて見ていた。
ちょうど、バイトの昼休憩だった。
「松木、元気してんのか?メールもらったけど、返信できなくてごめん。
私もそれなりにやってるよ。で、今度の日曜なんだけど、空いてたら
東京に行くから。よろしく!」
よろしく・・。という言葉が、1人よがりを物語っていた。ずぼらな返事が
彼女らしいと、松木は思った。
適当に打たれた文字のように一見みえたが、彼は、昼休憩ともあって、
何回か読み直していた。
返信させる気が全くない。そう感じた。半強制的。
東京へ来るのも、好きにしろ。松木は、心の中で夢奈を詰った後で、
携帯を徐にポケットに突っ込んだ。
秋風が吹きつけ始めた都内。もうすぐ冬になりそうな空模様だった。
松木は、待ち合わせの場所までわざわざ出向いた。無目的な女との
待ち合わせ。別にデートをするわけでもなく、幼馴染の用件に振り回されて
いる。松木は、厚手のジャンパーに身を纏い、壁際にもたればがら、空を
見ていた。
唐突に、横から突きつけるような視線を感じた。夢奈だった。
「松木!お待たせ!じゃあ、行こっか」
「あ?いきなり、行こうかって何処へ行くつもりだよ!?」
「デートに決まってるでしょ!馬鹿じゃないの」
無理矢理に取り付けられたデート。というより、デートではなく、
むしろ1人よがりのキャバクラ嬢と同伴と言ったほうが適切だと
思った。
「なんか、言った?はっきり言いなよ」
松木は、腕を取る彼女にせかされた。彼は、暫くデートというものに
縁がなかったため、たじろいだ。それと同時に、夢奈の強引さが
幼少の喧嘩の記憶を少しずつ甦らせていった。
ナイフのように突き刺す視線。
松木は、彼女の心の中に、もやもやしたはっきりしないものがあること
に気付いた。そうだ、明確じゃないのは、彼女だ。
そう思った矢先、彼女が声を張り上げた。
「なに、もたもたしてんの?映画、間に合わないでしょ!」
「え、映画?いきなりかよ。予告も一切ねーじゃん」
「予告なんて、デートにいらないの!はい、ほら、さっさと前歩きなさい
よ、子供じゃないんだから」
子供なのはどっちだよ、と松木は言ったが、夢奈はそんなことはお構いなし
といった様子で、先へと進む。
映画館のある場所まで、早歩き。急かされた幼児。当初、何がそんなに
彼女を慌しくさせているのだろうかと思ったが、彼は皆目、無目的なプチ
同窓会も悪くないなと思えてきた。
夏に会えなかった分を取り戻すかのように。
映画館に入るや否や、夢奈は後方の1番見やすいシートに座った。
彼女は、やけに明るい素振りだった。それが却って、松木を不信がらせ
ていた。
何があったのか、彼は知る由もない。ただ、目の前のスクリーンをぼんやり
と見ながら、出演者の冴えない会話をお経のように聴いていた。
夢奈は、ポップコーンを口に頬張りながら、無心に聞き入っていた。
何がそんなに彼女を夢中にさせるのだろうか、甚だ彼女の言動に困り
果てていた。
彼女は、そんな松木の虚ろな表情に気付いたのか、耳打ちをした。
「つまんないんだったら、場所移動する?」
松木は、言葉を失った。夢奈が、気を遣っていることに、躊躇した。
「いいよ、別に映画じゃなくったって。出よっか」
そう夢奈は、独り言のように口走りながら、颯爽とシートから立ち上がり、
松木の手を取った。
デート?本気??
映画館を出ると、空は夕焼け色に変わっていた。乾いた風が、冷たく手を
吹き抜けた。手を繋いでいることに、松木は信じられずにいた。
夢奈は、唐突に話し掛けた。
「公園でも散歩しよっか?気分転換に・・」
松木は、ようやく我が身を取り直した。夢奈が、幼馴染をデートに誘う理由。
それを聞こうと思い立った。
公園。夢奈の表情が一瞬、曇った。松木は、彼氏に振れたんだと確信し、
「とりあえず、清々しい空気吸える場所、行くか」
と胸を張った。
夢奈は、彼の背中を思い切り、平手で叩いた。いたい!と叫ぶ声が、
映画館前で響いた。スクリーンのたわいもない囁きに比べれば、
と彼は呟いた。
公園のベンチは、カップルで溢れかえっている。日曜ということもあり、
川近くで油絵を自由気ままに描いている人、湖畔の売店で
ソフトクリームを買っている親子、ピエロの格好をし大道芸を
している人たちもいる。
夢奈は、そんな彼らを見て、呟く。
「こういう場所に来たかったんだ!センス、あるよね」
何の??と松木は聞き返した。
夢奈は、当たり前ジャン、と思い切り声を荒げた。
「デートだよ!デート!!」
鈍感なのね、と彼女は川のほとりを見ながら言った。
その前に何も説明が抜けてる、と松木は言ったが、彼女の目の行く
先は、もう既に松木には向いてなかった。
とりあえず、落ち着きたいと思った彼は、ベンチへ誘った。
夢奈は、
「あそこがいい!ねぇ、あそこ!」
と言って、力の限り松木の腕を引っ張った。
「手が抜けるよ、そんなに掴むなよ」
松木は、言われるがままに、銀杏の木が立っている、緑色のベンチに
座った。
日がもうすぐ暮れる。東京の秋は、寒くなるのが早い。そんなたわいもない
風景に見とれていた。彼の、デートのない日常がそうさせていたのかも
しれない。
夢奈は、手が寒い、手袋持ってくるんだった、と投げやりに言った。
松木は、彼女が彼氏のデートでは、こんな風に振舞うのかなと
半信半疑だった。彼は、本題を切り出した。
「お前、彼氏とどうなったんだよ。急に東京に来るっつーし、映画見たい
とか言うし。それ聞くのが、先なんだけど」
夢奈は、明るい顔をわざと作った。作り笑いが、少しはにかみ、口元を
歪ませた。おどけたピエロみたいだった。
「うーん。まぁ、想像に任せるよ」
「違う!そうじゃなくて、フラれたのか、フッたのか、聞いてんだよ!
どっちにしろ、幼馴染をデートに誘って何か得することあんのかよ?!」
はぐらかし続けた夢奈は、もう横浜には戻らない、と勢いなく呟いた。
その後で、足をわざとらしくバタバタさせ、ちゃんとデートしてよと甘えた
声で、松木を探った。
松木は、振られたんだな、と独り言のように切り替えし、彼女へのお返し
のように諭した。
1人よがり。孤独。都会。
すべて、仲間と合わなくなってからというもの、夢奈との共通点のように
思えてならなかった。
彼女には、彼氏が必要であるし、居ない場合は自ら出掛けてでも作る。
そんなスタンスが、彼女を突拍子もない行動に出せているのかもしれない、
そう松木は思った。
陽が暮れ、ベンチに影を落とした。緑色の塗装が、不気味な深緑に
映し変える。
夢奈が、足をそわそわした状態で宙ぶらりんにさせている。
赤い靴が、幼少の思い出を語る。
友達にキレて石を無造作に投げつけたシーン。
彼女は、もともと短気で、気移りが激しいであるが故に、
友人から仲間外れにされた。
そもそも、悪いのは、どちらなのだろうかと思った。
夢奈が抱いた感情は、あの頃のまま、沸々とリピートされ続けているのかも
しれない。何人の男が、彼女に近寄っては冷めたのだろう。
けれど、美人であることを決して隠したりはせず、また、奢ったりもしない。
魅力はあるが、松木は幼馴染という立場であるがために、今まで本当の
素顔に気付いてなかったのかもしれないと感じた。
専ら、仲間はそれ以上に、彼女について知る由もない。
隣で夢奈は、想いに耽っている様子だった。
川の水面に、街灯を映し出し、ゆらゆらと揺れていた。
彼女の目を覗こうと思った松木は、ゆっくりと腰を屈めた。
彼女の足元は一向におぼつかない。
声を掛けようとした時、彼女は唐突に言った。
「今日から、泊めてよ」
松木は、困惑した。
「今度は、何を言い出すのかと思ったら、それかよ・・」
「呆れた?」
意地悪そうな表情に打って変わり、夢奈は松木を一瞥した。
松木は、答えた。
「どうせ、どこも行く所ないんだろ?いいよ、来いよ」
「なんで、投げやりなの?私が行ってあげるってのに!料理も作れるんだ
からね、ちょっとは感謝しなさいよ」
お前には、頭があがらないよ、そう受け答えると、松木は立ち上がり、
今度は夢奈の手を取った。
行く宛てのない女。その日暮らし。
まるで、切手を貼らず、住所も書かれていない手紙だと思った。
松木は、夢奈の想いを汲み、自ら腕を組んだ。
それにつられ、夢奈も立ち上がり、足を上げた。
「やっぱり、お前は解かってるやつだよ」
寒空に、声が震えてるのが解かった。
東京で1人になった時から、孤独の味を占めていた。
しかし、それはすべて1人よがりで、会話にはままならなかった。
松木は、吐く息が白くなったのを見て、こう言った。
「今度、デートしよう」
2人の繋いだ手が、微かに強くなったように感じた。
<終>