前回は、女性の立場で現状を見てみました。
この現状は、言い換えると男性が招いていると言えるわけです。
女性を職場から排除して経済的弱者にしておきつつ、パートナーとして家庭に招き入れるも、稼ぎが悪くて良い暮らしはさせられないと。
こう言ってしまうと身も蓋もなく、男性の立場が有りませんね。
フェミニズムの風
今の日本における男女の立場は、戦後の高度経済成長期に形成されたものだと思います。
フィジカル的に男性じゃないと無理な作業もまだ多かったこともあり、男性が働き、女性が家庭を守るスタイルは、日本も海外も同じでした。
しかし、このスタイルは女性を非常に抑圧するものでした。
家庭において女性の立場が圧倒的に弱く、しかも家庭から出ても社会に居場所が無かった。
しかし、コンピューターが普及し、産業界も自動化が進み、仕事がフィジカルに依存しなくなり、女性も社会進出しやすくなった。
それに合わせるように、世界各国でフェミニズム(女性解放)運動が盛んになった。
そして、多くの国で男性がそれを受け入れ、職場を女性にも開放し、家庭では自分たちも家事をするようになった。
一方、日本ではどうだったか。
フェミニズム運動はそれほど盛り上がりが無かった気がします。
大正デモクラシーのころのほうが、まだ盛り上がりが有った。
世界的な流れの中で、男女雇用機会均等法は制定されましたが、真の男女平等には程遠かったと思います。
さらには、いまだにネット上で「フェミ」と言って蔑む雰囲気さえあります。
また女性は女性で、いまだに専業主婦願望が強い。
子供の家事の参加率の男女比を見ても、女の子のほうがかなり高い。
どこの家庭でも、まだ女性にばかり家事をやらせる気なのです。
隣国と陸続きであるヨーロッパは、国際的な動きに非常に敏感で、テレビニュースでも海外のニュースの割合が高いです。
一方島国である日本は危機感が薄く、海外への関心も薄い傾向が有るそうです。
世界的なフェミニズムの流れもどこ吹く風、男尊女卑上等で来てしまった感が有ります。
男はつらいよ
一方で仕事自体は、インターネットの普及に伴い、国際競争が絶対に避けられなくなりました。
さらには、小型のコンピューターが普及し、家電から自動車まで、ソフトウェアで動くようになります。
情報こそが価値を持ち、これまでとは仕事の質が変わってきた。
熾烈な競争と、新たな難易度が高い仕事は、これまでの中流労働者を、市場から一掃してしまいました。
普通の男性が、稼げなくなってきた。
そこでここ日本でも、今まで専業主婦をしてきた女性にも働いてもらう必要が出てきた。
さらには結婚の動機も薄れてきて、男女とも独身者が増えた。
仕事は大変、さらに職場を女性にも開放しなくてはならず、さらに家事育児もしなくてはならない。
へたすると家庭すら持てない。
男性も大変です。
誰が勝つのか
前回のブログで「娘が居なくて良かった」と書きましたが、息子は居ます。
そして、彼が男性だからと言って安心はしていません。
人生に勝ちも負けも無いとは思いますが、なんか誰も勝てていないように思えてしまいます。
まあ、実際にそうなのですよ。
去年「普通の男性」の定義が物議をかもしました。
女性が望む相手として、年収500万の大卒、その他云々という内容でしたが、この話がすでに通用しないことをご存知だろうか。
通用しないとは、高望みということでは無く、「普通」の人が、すでに世界的に存在しないのですよ。
主流となる仕事の内容が、難易度が非常に高くなったため、高収入の一部の人と、低収入の多くの人という分布になりつつ有るからです。
日本は年功序列が残っていて、かろうじて中央値の年収の人は残ってはいますが、世界的には年収1000万円以上か300万円台かの二択という、超格差社会が形成されつつあります。
年収1000万円以上は全体の10%弱で、ほとんどの人が低収入になります。
そう、普通が存在しない。年収500万の人は居なくなりつつあります。
あえて普通というのならば、それは年収300万円の人を指します。
男性も女性もつらいのは、圧倒的に多くの人が、男女関係無く低収入に成りつつ有るからです。
アメリカのトランプ大統領が、引き際で混乱を招いていますが、彼を支持する層で多いのは、白人の貧困層です。
世界的にも政治の右傾化が進んでいますが、原因はこの格差に有ると思われます。
貧困層を救済しないと、政治的に不安定になります。
以前のブログにも書きましたが、「ベーシックインカム」の実現が必要だと思います。