大学中退者のその後の後 -37ページ目

大学中退者のその後の後

フリーランスです。仕事の合間の息抜きツブ。

BTSやBLACK PINKなど、今やK-POPアイドルはアメリカなどでも絶大な人気です。

グラミー賞などの賞レースにも登場して、長年有ったアジア人差別すら乗り越えています。

 

しかし、BTSは日本でも結構人気ですが、BLACK PINKなど一部のグループは、世界的には人気なのに日本ではそれほどでも無い感じです。

 

日本で売れている女性アイドルたちは、見た目の可愛いさとあざとさにばかりに、スペックが降られている気がします。

 

日本のアイドルは単なる恋人替わり

 

世界的に売れているボーカルグループを見て、聞いていると、恋愛感情も性欲も抜きにして楽しめます。

 

それに対して、日本のアイドルというのは、恋愛感情を刺激して売れているように感じます。

 

K-POPアイドルの中にもそういうグループは居ますが、日本では売れていますが、世界的な人気までには至っていません。

 

どうも、日本人のファン気質が、世界的に見ると異質なのが分かります。

 

日本人のアイドルファンたちは、推しに対して、皆恋愛感情を持っているように見えるのです。

 

日本人にはモテない人が多い?

 

では世界的に見た場合、恋愛感情は無いのか?

 

そもそも世界的に売れているアイドルは、圧倒的に同性のファンが多いのが特徴です。

ファンたちは、純粋にエンターテイメントを楽しんでいます。

 

それに対し、なぜ日本のファンたちは、皆推しに恋してしまっているのか?

 

これを言ったら怒られますが、思い切って言います。

日本人には圧倒的にモテないやつが多い!男も女もです!

コミュ障で、相手の気持ちを読むのが苦手な、恋愛べたがほんとに多い。

 

リア充じゃ無いから、恋愛感情をアイドルに持つような気がします。

 

恋愛は相対価値では無く、絶対価値!

全員がモテることは可能!

 

イタリア人を見ていると、それこそ全員がモテているように見えます。

全員がおしゃれで、スリムで、コミュ力が高い。

 

その理由は、教育に有ります。

学校でもコミュニケーションの訓練を行い、家庭でも恋愛目線で良い男、いい女に育てようとします。

 

例えば学業の成績は相対評価で、成績という価値観自体が、下位のもの無くして上位はいないのです。

 

収入も同じようなもので、地球全体の資産に限界が有る限り、全員がお金持ちになることは無く、人間の能力の優劣に合わせて、必ずお金持ちと貧乏人が出てきます。

 

それに対して恋愛感情は、絶対的な価値観で決まります。

 

例えば見た目の良さも、ブサイクな人が居ないとイケメンが存在出来ないわけでは有りません。

イケメンは絶対価値で、単独で誰と比較することもなくイケメンです。

 

それと同様に、モテない人が居るからモテる人が居るわけでは有りません。

 

実際に経験の有る人が居るかも知れませんが、全員がモテるような人同士の合コンの場合、どの人にするか全員が迷うだけで、そこにモテ非モテは存在しません。

 

つまり、各人が努力さえすれば、全員がモテ男モテ女に成ることは可能だと思います。

 

結婚だけが幸せだとは、私も思いません。

一人で居る権利も有りますし、既婚者の私でも、一人に成りたい時が有ります。

 

しかし、これだけは言えます。

モテないよりモテるほうが、絶対に楽しいし幸せ!

 

私は今まで生きてきて、「かっこいい」とか「イケメン」とか言われたことが全く有りません。

それでも10人以上と交際経験が有り、2回結婚しています。

 

もちろん、見た目も磨く必要は有ります。

それ以上に、中身を磨かなくてはなりません。

 

見た目は大事かも知れませんが、男でも女でも、見た目はそれほどでも無いのにモテる人が居ます。

どんな人でも、周りに一人くらい、そういう人居ると思います。

 

それでも見た目にコンプレックスが有るので有れば、美容整形だって有りだと思います。

 

恋愛と結婚は経済効果も大きい

 

過去のブログでも触れていますが、少子化が起こるだけで、経済は縮小します。

 

また、コロナ禍で全員が出かける機会が減っていますが、恋愛するにおいては、デートなどでお金を使う機会も多くなります。

 

事実婚の割合が高い海外と比べても、日本の未婚率は高すぎます。

 

「結婚が全てでは無い」とは書きましたが、日本人の恋愛べたが、景気の悪化にも影響していると思います。

 

前にも書きましたが、日本人は性教育も含め、子供に恋愛と結婚について、もっと教育する必要が有ると思います。

 

 

今、コロナ禍により、困窮している人が増えています。

 

ここ日本も民主主義国家として、憲法上の権利として、最低限の生活保障が有ります。

 

それが「生活保護」ですが、保護を受ける条件が満たされているにも関わらず、保護を受けられないケースが目立っています。

 

「世間の目」という圧力

 

生活保護は生活費を支給したり、家賃負担や医療費を控除したりしますが、当前ですがお金が掛かります。

 

そのお金は地方自治体の予算から出すわけですが、地方自治体の予算は国からの支給分も含めて、税金から賄われています。

 

働いて税負担していると自負する人の中に、生活保護を受ける人たちを、快く思わない人たちが一定数居るのはこのためです。

 

この、生活保護受給者を批判するような圧が社会全体に有り、困窮者が生活保護を申請するのを躊躇させています。

 

生活保護受給者を批判する人に言いたいのは、税を払う義務も、生活保護を受ける権利も、どちらも憲法に書いて有るということです。

 

それを否定するのは、憲法違反です。

 

民主主義国家においては、憲法は時の政権よりも上位に位置します。

 

憲法も当然変えられますが、戦後70年以上、憲法は変わっていません。

それは、現行憲法が、長年民意に則しているという証拠です。

 

生活保護受給者を批判するのは間違っています。

 

憲法と現実世界の乖離

 

生活保護の受給を拒むもう一つの理由が、地方自治体の予算が少ないことです。

一般市民が困窮するのと同様に、今や地方自治体が困窮しているのです。

 

少ない予算をいろんな部署で取り合うので、生活保護の担当者も、「これ以上生活保護受給者を増やすな」という圧力を、役所の内部から受けています。

 

また、上記の世間の圧力を感じた役人が、勝手に生活保護受給者を増やさないように動いている節が有ります。横浜市などで見られました。

 

さらに、実際に生活保護費に充てられる予算が、底をついている自治体も出てきています。

 

生活困窮者を救うのは最優先にすべき事項ですが、今、ライフラインの老朽化が、全国各地で進んでいます。

 

明日にも破裂しそうな水道管が、何千キロ分も埋まっていて、それらを交換していかないと、市民の生活が脅かされるのです。

 

結局、自治体の予算には限りが有り、いくら憲法で定められていても、それを実現することが出来なくなっています。

 

憲法には、予算の枯渇に対する対策までは定められていません。

 

この、「憲法と現実世界の乖離」という問題は、長らく議論もされてきませんでした。

 

先日も菅総理が国会答弁で、「困窮者には最終的に生活保護が有る」と言って、コロナ禍に対する無策だと批判されました。

 

各国が全国民に多額の現金給付をしているのに、この国が無策で有ることも問題ですが、「憲法と現実世界の乖離」を現実のものとして受け入れず、議論すらしないことも大問題です。

 

しかし、過去のブログでも、「ベーシックインカム」の導入を目指すべきと提言してきましたが、すでに国債という借金を限界までしているうえに、日本企業の売り上げは下がる一方で、法人税もあまり期待できない。

さらに少子化で人口も減り始めていて、所得税や消費税も先細りです。

 

やはり、各企業のDXと人材の流動化を推し進め、企業の生産性を上げて、売り上げを上げていくしかないと思います。

デジタル化において、日本は世界から周回遅れになっていると指摘されています。

 

例えば電子決済。

 

すでに中国でも、電子決済は導入が進んでいて、街中の屋台ですら電子決済しか使えません。いいですか、「しか」ですよ。

 

それに比べて日本では、未だにコンビニでもスーパーでも現金で支払う人のほうが多いですよね。

 

契約や申請にしても未だに紙でやってるのも、この国くらいです。

アメリカではFAXはすでに博物館でしか見れません。

現役で使ってるのもこの国くらい。

 

「この国の技術は遅れていない」という識者に問いたい、「福島第一原発の体たらくは何なのか」と

 

たまに技術系のネット記事で目にするのが、「この国の技術は遅れているわけでは無い。技術の導入に踏み切っていないだけ」的な話。

 

そんなことを言う人に聞きたい、では福島第一原発で起きていることは何なのか?

 

「あれは想定外の災害のせいだ」と言うのでしょうが、だとしても事故前に言われていた「安全神話」に対して、現状は酷すぎる。

技術者や学者の慢心としか、言いようがないと思います。

 

特に思うのが、後の調査で判明した「ICの不作動」です。

”IC”とは、電源が失われても電力無しで動く、非常用炉心冷却装置のことです。

事故直後、この”IC”が、実は地震の揺れによる損壊で動かず、メルトダウンにつながったことが分かっています。

 

しかし、東電の技術者たちは、ICが動いているものと勘違いして、対応が遅れたのです。

 

ICの不作動に気付かなかった原因の一つに、ICを作動させたことが無く、ICが作動した場合の原子炉の状態を誰も知らなかったことが挙げられています。

 

ICは原発の建設時に、1度だけテストはしたそうですが、定期的な作動確認は行われていなかったとのこと。

つまり40年間作動させたことが無く、当時の吉田所長ですら作動したところには立ち会った経験は無かったそうです。

ちなみにアメリカの原発では、毎年作動確認が行われているそうです。

 

わたくしも技術者の端くれですが、非常時に作動する装置だからこそ、定期的なテストは、運用上必須だと考えます。

 

はっきり言って、東電や下請けのメーカーの技術者たちは、運用を間違えていたと言えますし、全体的な技術のレベルが低かったと言わざるを得ません。

 

「この国の技術は遅れていない」という識者に問いたい、「みずほ銀行ATMの体たらくは何なのか」と

 

先日、みずほ銀行のATMの多数が不具合を起こし、カードが飲み込まれたまま出てこないということが有りました。

 

更には、みずほ銀行と言えば、3年ほどかけて連休の度に全システムを停止して、統合した銀行のシステムとの統合を行ってきました。

 

余りの長期間と停止回数に、システム・エンジニア界隈でも、だいぶ話題に成っていました。

 

システムの統合に時間がかかったのは、統合した銀行の数がとても多かったこと、その各銀行で使用されていたシステムが全て別々で、全てが全く違う仕様に成っていたためだと言われています。

 

さらには推測ですが、各システムのプログラムが「可読性の悪い」プログラムで有った可能性が高かったであろうこと。

「可読性の悪い」とは要するに解読しにくい、分かりにくい書き方という意味です。

 

現在、私も古いシステムを解読し、変更する仕事を多く請け負っていますが、良くこの「可読性の悪い」プログラムにぶつかります。

 

これもはっきり言うと、技術者の腕が悪いことで発生する問題です。

まあ、頭が悪いということでは無く、センスが無いという感じです。

 

表面上は問題なく動くシステムでも、その中身がそんなプログラムだと、後で改修する際に問題に成るわけです。

 

ライフラインに関わるシステムは、間違いが起こると大きな問題になります。

銀行もまたしかりで、先日の不具合でも、迷惑をこうむった人がたくさん居たはずです。

ですので、こういったシステムは、本当に優秀な人材を集めて設計から運用までを行う必要が有りますが、その状態でこの体たらく。

 

日本は本当に大丈夫なのでしょうか?

 

この国に足りていないのは「適材適所」

 

前回までのブログでも散々書いてきましたので、そちらもチェックしてみてください。

 

子供の成績を国別で比較しても、日本は毎年上位に居ます。

日本には、間違い無く優秀な人材は居ます。

ノーベル賞の授賞者数を見ても分かります。

 

なのにどう見ても技術全体のレベルは低い。

 

私の経験でも、優秀なプログラマーというのは学歴とは無関係です。

高卒で中小企業勤めながら、とても良いプログラムを書く人を何人か知っています。

 

こういった人たちは、GAFAなどの今時の巨大テック企業に勤めても、おそらく何の遜色も無いと考えます。

 

しかし、私が住む地域は地方都市で、優秀なプログラマーたちも同じ地域で働いています。

GAFAの日本法人は全て首都圏に有りますから、もし入れるにしても、入ろうとは思わないかもしれません。

 

このように、実は今時の技術において優秀な人材というのは、思わぬところに潜んでいると、私は考えています。

 

すでに多くの大手企業が、体制を変化させつつ有りますが、まだまだ新卒採用一辺倒で、中途採用は僅かです。

 

もっと人材の流動化を進めることと、地方在住者のテレワーク採用を進める必要が有ります。

忘れもしません。

 

当家の長男が小学校に入学する直前、私が留守の間に、家に教材の訪問営業が訪れました。

 

「必ず必要になる」「今準備しておかないと後悔する」

 

そのような言葉に焦らされた妻は、トータルで数十万円の補助教材の購入契約を、独断で結んでしまいました。

 

皆さんご存知かと思いますが、中学受験でもするので無ければ、小学生に、それほど高額の教材など必要では有りません。

ちなみに当家の地域に、受験が必要な私立中学は1つも有りません。

 

「子の教育」という同調圧力

 

私の、子供の居る友人知人たちの話を聞くと、全員何かしら子供に習い事をさせています。

 

当家も上記の教材以外に、水泳教室とバドミントン教室に通わせました。

 

日本の義務教育は、内容的には非常にすばらしいものだと思います。

 

一桁の掛け算を丸暗記しているのなんて、この国の小学生だけだし、現在は英語からプログラミングまで教えています。

特に体育が充実していると思います。

 

海外の学校もいろいろ見てきましたが、校庭とプールと体育館がどの学校にも有る国など、日本以外には有りません。

 

これだけ充実した教育を、無料で誰でも受けられるのに、さらに各家庭で独自に習い事をさせるのは、なぜなのか?

 

それは、「子供に習い事させなくてはいけない」という同調圧力が、この国の親たちにかけられているからではないでしょうか。

 

そして、その圧力がどこから発生しているのかをたどると、結局、習い事を主催する企業によるのです。

 

主にテレビCMや新聞広告を通して、「習い事をさせないと、お前の子供は置いて行かれるぞ」と脅します。

 

親当人がそれを無視しても、親の両親、おじいちゃん、おばあちゃんが心配して、「習い事をさせなくていいのか?」と聞いてきます。

 

会社で同僚と話をしても、「うちはどこどこの塾に通わせている」とみんなが話し、「うちも」となる。

 

子の教育と成ると、どこの親も自然と財布のひもが緩みます。

 

この、同調圧力に弱く、教育熱心な国民性を利用して、過剰とも言える詰め込み教育を子供に押し付けて儲けている教育関連企業が、あまりにも多いのが、この国の実情だと考えます。

 

「良い学校に行かないと、ろくな人生が送れない」という同調圧力

 

さらに中学生、高校生になると、子供たち自身にこの圧力がかけられます。

 

テレビでは毎日どこかしらの塾や予備校、補助教材のCMが流され、「上位の学校に行こう」と呼びかけます。

 

上の中タイトルのようには、はっきりは言いませんが、「行かないとどうなるのか?」を子供たちに想像させます。

 

上位の学校に行ける人間など、実際にはほんの一握りです。

CMを垂れ流す塾に通えば、誰でも入れるわけでは有りません。

 

それでも危機感をあおられた子供たちは、「塾に行きたい」と言います。

また、親も同じCMを見て、子供を塾に通わせようとします。

 

これも海外と比較すると、日本の都市部には、驚くほど多くの塾が有ります。

 

中国や韓国でも、大都市では予備校を見かけましたが、地方都市にまで塾があふれかえっているのは、日本だけです。

海外と比較すると、とても分かりやすいです。

 

それだけ国民が教育熱心ということの現れでもあるのですが、それがこの国の国力に結びつていないのが大きな問題で有り、この国の教育関連企業の罪深いところです。

 

「良い学校に行けば何とかなる」という詐欺

 

某塾のCMを見ていて思ったのですが、「良い学校」に「合格」しさえすれば、まるでバラ色の人生が待っているかのように誘います。

 

社会人の皆さんはお分かりでしょう、そんなわけは無いと。

 

良い学校を出て新卒で大手企業に勤め、でも仕事が出来ずに社内失業状態の「働かないオジサン」は別でしょうが。

 

私も、高校や大学受験で得た知識などまるで役には立たず、社会人に成ってから得た知識や経験に助けられて来ました。

 

前回のブログでも書きましたが、特に今の時代、たとえ良い学校を出たとしても、実力が問われる時代です。

 

それを、時代錯誤な常識を子供たちに植え付ける塾関係者は、もはや子供たちの敵と言っても過言では有りません。

 

「Fラン大学」という共犯者

 

今の時代、日本は大学進学希望者の数を、全大学の定員数が上回るという、「大学全入時代」を迎えています。

 

定員割れを起こしているために、受験した全員が合格してしまい、合否の偏差値ラインを引けない大学を「Fラン大学」と言います。

 

少子化の影響も有り、今や日本はFラン大学だらけになってしまいまいした。

名前だけは有名でも、すでにFランという大学も多いです。

 

こういうFラン大学はほとんどが私立で、こちらも経営的にお金儲けに走らざるを得ない内部事情が有ります。

 

よって、志望者は全員入学させざるを得ず、そもそも大学教育を受けられるだけの基礎学力すら無い学生も合格させています。

 

そんな学生でも卒業させて、企業から内定を取らせて実績を作らなければ、志望する学生はどんどん減っていきます。

結果的に授業と単位認定、論文の審査のレベルは下げざるを得ません。

 

日本の企業は、採用者の出身大学の授業内容までは精査しませんから、内定は取れてしまいます。

こうして、とても大卒とは言い難いレベルの大卒社会人ができるわけです。

 

前述したCM垂れ流しの塾も、大量に生徒を集めていれば、当然成績が上がらない生徒も出てきます。

全員の成績が上がることなど有りません。成績は相対評価なので(偏差値がまさにそう)、成績が低い人が居ない限り、成績上位者も存在しません。

 

それでもFラン大学には入れてしまうので、これも実績に成ってしまい、生徒は増え続けます。

 

こうして、似非教育者だけが私腹を肥やし、レベルの低い、名ばかりの大卒が量産されています。

それはこの国の国力の低下にも直結しています。

 

誰であろうと、教育を受ける権利が有り、それを行使するのは悪いことでは有りません。

 

しかし一方で、ほぼ不当とも言える利益を得ている教育関係者が多数いて、社会にも実害を与えつつあります。

 

そして企業の人事にも影響が有るわけですが(前回ご覧ください)、まず企業が人材を見る目をもっと鍛えるべき

 

そうすることで、教育関係者も、誰にでも詰め込むシステムが通用しなくなり、競争が発生して優良な教育関係企業しか残らなくなるでしょう。

前回は、採用活動における、日本企業の人事部の有り方を批判しましたが、今回は社内人事における問題点を提起いたします。

 

仕事の出来ない上司が生まれるわけ

 

ピーターの法則というのが有ります。

 

簡単に説明しますと、役職は上になるほど業務の難易度が上がるという前提において、平社員からどんどん役職が上がっていくと、やがてその人材の能力の限界が来るまで昇進すると。

 

すると、その役職の業務を遂行するのがやっとという、仕事が出来ない上司が出来上がるという法則です。

 

言われてみると、確かにその通りで、結局どんな上司(管理職)も仕事が出来ないというわけです。

 

さらに日本企業ならではの年功序列式の昇進システムによって、在籍年数だけで、本人の能力によらずに昇進するということも有ります。

 

このピーターの法則と、年功序列式の昇進によって仕事の出来ない上司が生まれてしまうわけですが、それを是正出来るのが人事部です。

 

しかし、世の中を見てみると・・・ 働けよ人事部!

 

人事部の存在意義とは

 

まあ、実際には人事部がサボっているわけではなく、「役職」に対する決定権が無いだけだと思います。

おそらく管理職クラスは、人事部より上の役員たちが決めているはずです。

 

では、日本企業の人事部って、採用活動だけなのか?

 

そんなわけはなく、彼ら彼女らは、日本企業ならではの役割が有ります。

それは「総合職社員のたらい回し」です。

 

これもだいぶ是正されつつ有りますが、基本的に日本企業では、昇進の可能性が有る社員を全て「総合職」と分類します。

 

「総合職」となった社員は色々な部署を経験させて、それこそ「総合的な能力」を有する、何でも出来る人材に成ることを目指します。

 

この総合職が万遍なく経験を積むために、社員の経験をデータ管理して部署異動させるのが、日本企業の人事部の大きな役割の一つです。

 

しかし、この「総合職」というキャリアが今の時代に通用しなくなりました。

 

以前のブログにも書きましたが、今どこの企業も「ジョブ型」の仕事のやり方に移行しつつ有ります。

 

日本企業は従来「メンバーシップ型」で仕事をしてきました。

この「メンバーシップ型」の場合だと、広く浅い知識を有する「総合職」が大いに役に立ちましたが、「ジョブ型」の場合、より高い専門性が必要に成ります。

 

「ジョブ型」にアサインするには、日本企業の従来の総合職社員では、専門性に欠けるのです。

これが「働かないおじさん」問題にも直結しています。

 

まあ、つまるところ、わたくしは日本企業の人事部を批判しているわけでは無く、時代遅れの人事体制をしく、日本企業の経営陣を批判しています。

 

これからの人事部の在り方

 

「ジョブ型」で仕事を進める上で、もはや社員のたらい回しの必要は無く、専門性の高さとその専門分野における能力を厳正に評価するだけです。

 

そして、管理職に必要なのは、マネージメントの能力とともに「専門性の高さ」です。

 

まず、「仕事の出来ない上司」を作らないために、管理職の人事考査を厳正に行う必要が有ると思います。

 

そのために必要なのが、「部下からの聴取」です。

部下からの評価を考慮し、管理職として、その人物が妥当かどうかを判断するのが一番です。

その役割を人事部が担うべきです。

 

今までの日本企業においては、上司のさらに上司の意向で管理職が任命されてきましたが、それでは結局ダメなんです。

 

管理職も含めて、社員の評価は厳正に点数化する。

部下の評価は上司と同僚が行い、上司の評価は部下が行う。

その作業を人事部が担う。

そして、その人事部の人事考査に基づいて、任命権者が厳正に管理職を決めていく。

 

これが、今求められている企業人事の有り方でしょう。