昔から「戦争なんて残虐な行為は止めよう」と、多くの人々が思い、発言してきました。
にもかかわらず戦争が無くならないのは、なぜなのか?
最近だと、聖地エルサレムをめぐり、イスラエルとパレスチナが戦闘を繰り広げました。
一見すると、宗教間の争いに見えますが、結局のところ、米国をバックにしたイスラエルと、アラブ諸国をバックにしたパレスチナの格差の問題です。
ユダヤ教の聖地として実効支配したいイスラエル、キリスト教の聖地として実効支配したいアメリカ。
教義的に親和性の高い二つの勢力が手を組み、経済的にも軍事的にも有利な立場を使って、イスラム教の聖地としたいパレスチナを排除したことで今回の事態に至っています。
まず人は生まれた場所に支配される
過去のブログにも書きましたが、私が生まれ育ったのはド田舎で、大学進学のための塾も無かった。
30年以上前の話で、スマホもタブレットもインターネットも無く、当然オンライン授業も無い。
学校の授業と参考書だけが、受験の頼りでした。
一方、都会では進学塾や予備校が有りました。
また、有名大学にエスカレーター式に入学出来る幼稚園や私立小学校は、今も都会にしか有りません。
私は結局、地方国立大に現役で入学し中退しましたが、もし東京に生まれていたら、東大や慶応義塾大学に入っていただろうなと、真面目に思います。
ちなみにセンター試験の得点率は8割でした。塾無しで。
ね、負け惜しみでは無いでしょう?
このように、日本国内ですら、地方と都会で格差が存在します。
インターネットと端末の普及で、だいぶ格差は縮まっていますが、以前大きな格差が存在しているのは間違い無いでしょう。
これが国家単位だと、それこそ大きな格差が存在するわけです。
どんな才能を持って生まれてきても、国や地域によっては、まともな教育すら受けられ無かったり、下手すると食い扶持を減らすために生まれてすぐに殺されたりしています。
さらに人種に支配される
さらに言うと、例え同じ地域に生まれたとしても、人種によって大きな格差が存在します。
リベラル大国であるはずのアメリカですら、ずっと人種差別の問題がくすぶり続けています。
上に挙げた例のイスラエルとパレスチナの問題も、世界的に見れば非常に狭い地域、言ってみれば同じ地域の問題です。
違いは、ユダヤ人とアラブ人という人種の違いと、宗教の違いだけです。
成功して世界一位の大国と成ったアメリカの中枢に多くの同胞が居て、大きな支持を受けるユダヤ人。
一方、産油国を除くと貧しい国が多いアラブ人。
大きな格差が有ります。
ここ日本でも、在日の方たちに対するヘイトが未だに止みません。
ほんの2000年前までさかのぼれば、同じ民族だというのに。
基本、人が目指すところは一緒
こうして生まれる格差が、結局は戦争を含めて諍いを産む原因だと思います。
東西冷戦の時代は、ある意味東西に大きな格差が無かったからこそ、核戦争などの大きな戦争が起きませんでした。
では、格差が出来るとなぜ諍いが生まれるのか?
まず当然のことですが、格差において低い立場に置かれている人は、高い位置を目指します。
収入が低ければ高くしようとするし、社会的立場が低ければ高い立場を目指します。
さらに、高い立場に居る人でも、さらに高い位置を目指します。
そのために、低い立場の人を利用したり、排除したりしようとします。
結局、人が目指すところは同じで、高い収入と高い地位です。
しかし、それが限られているから諍いが起きるのです。
スタートラインだけでも同じにすれば、そこまでのいさかいは起きない
大きな諍い、争いが起きる時、必ずそこに存在するのは「怒り」です。
すでに高い地位や優位な立場に居たりする人には、「怒り」は無いでしょう。
しかし、それ以外の人々には、大きな「怒り」が有るはずです。
その「怒り」は、そもそも生まれた地域や人種に左右されるところから始まっています。
自分の能力と全く関係無いところですでに格差が生まれ、それを枷として生きなければならないところに、「怒り」や「妬み」が生じ、やがては諍いに、そして戦争に発展します。
せめて、生まれた地域や人種による格差が無く、誰でも自分の能力を正しく評価されて生きていけるならば、諍いは減るでしょう。
SDGsを推進していきましょう。
