術後の傷跡が痛すぎて、号泣しながら我が子のところへ行くと…
保育器に入った我が子。
小さい…
心臓の穴のせいか、浮腫んでだるんだるん。
一生懸命生きてるんだなぁと思いながら、私が真っ先にしたこと。
ますかけ線の確認
ない
手足の関節
普通
酷いですよね
とにかく、幸せな未来が全く見えませんでした。
その後すぐに我が子は搬送になり、私は自分が可哀想で泣いていました。
夫はこの日に搬送先の病院で可能性について告げられたようです。
翌日、面会に来てくれた夫の目は真っ赤でした…
写真を送ってくれた夫。
でも私は写真を見て可愛い
と思うわけではなく、ひたすら特徴に当てはまってないかを探していました。
ずっと悩み続ける入院生活。
周りのハッピーな人を見る度に病み、泣いていました。
病室は個室にしてもらい、引きこもる日々。
4日後、搬送先に面会に行き、
初めて腕に抱いた我が子が帰り際に目を開いた時、
この子はきっとダウン症だと思いました。
そしてその翌日、主治医から染色体異常の可能性について告げられたのでした。
勿論ショックではありましたが、何となく分かっていて、それがはっきりしただけだったので医師の前では取り乱すこともなく…
2人になってから、2人で泣きました。
なんで
どうして
と言っても時間は巻き戻せません。
2人でやり直したい
無理です。
複雑な家に生まれ育った私。
大好きな夫と結婚して、望んで子供ができて、普通の家族と幸せがやっとやっと手に入ると思っていました。
神様は本当に不平等です。