カレー屋さんに到着した。インド人の経営するなかなか雰囲気もよく,味もよく,値段も手頃。私たちのお気に入りだった。広い店はかなり混雑していた。
ビールとカレーを注文して,まずはビールを小さなグラスに一杯だけ飲んだ。店が混んでいるせいかなかなかカレーがこない。40分近くたっても,まだこない。私はビールに弱いから,顔が真っ赤になった。
なぜか急に吐き気がこみ上げてきて、これはまずい!と思い,でもDに体調のことを言っても,まずわかってもらえることはまずないので、黙って「トイレに行ってくる」と伝え,トイレに立った。
トイレの前でめまいがした。ちょっと立ち止まり,座り込んだ。インド人のウェイターが「だいじょうぶですか?」と私に声をかけたが、私は「あ,大丈夫です」と言って、また立ち上がって歩き出したつもりだった。そしたら,またひどくめまいがして、近くの椅子にもたれるように手をかけたところまでは覚えているが、そのまま倒れてしまったらしく,意識がなくなり倒れた。すぐ近くの席にいたDがあわてて駆けつけ,私を支えたようだ。
奥の大部屋では,なんともタイミングよく【内科医の飲み会】が行われていた。(笑)
私は数分後、床の上で目が覚めたとき,数人の内科医に囲まれていた。Dつたない日本語で,状況を医者に伝えていた。彼らは私の目の奥を見たり,脈を測っていた。顔色が真っ青だったらしい。
私を起こそうとすると,また吐き気がした。彼らの判断で,救急車で運ばれることになった。救急隊員に状態を告げて,そのとき「意識を失いながら,手足をけいれんしました」というような言葉のを医者の専門用語で伝えていた。
Dが救急車に一緒に乗り込み,私の手を握っていた。
病院に着くと,「けいれんしたという事実から、心臓か脳の問題が考えられますので,そちらを検査します。」と簡単に説明を受け、いろいろ検査をした。Dは検査室の外で待っていた。Dを待たせるのは,かわいそうというのか悪い気がして、看護婦さんに「外で待っている彼は入室できませんか?」などと気を遣っている私がいた。
(今気づいたこと:こんな時までDのことを気遣っていたのか,と今書いていて驚いた。)
看護婦さんは彼を呼びに行ったが,トイレに行ったのかDはいなかったようだ。
そうこういろいろ検査をして,病室で結果を待ちながらベッドで静養することになった。一時間ほどだろうか,Dはずっと私の手を握って座っていた。小話をしたりしながら,待っていた。
すると,Dは言った。
「きみは倒れ,x!"#$%&'()!となにか変な言語でつぶやいて痙攣していたぞ。あれは,なにか乗り移ったみたいな感じだった・・・」
でました~~~~!彼の信じるデーモンです!わ,わかりますか,皆さん?!
これは「悪魔払い」で,お読みになった方はご存知でしょう。キリストの妄信者の彼は,デーモンが人に乗り移ることを信じているのです。
D「スピリチャルにもとらえたほうがいいかもしれないよ・・・」
ゆ「本当にそんな(悪魔っぽい感じで)発言してたの?」
D「そうなんだよ。だから,怖いと思って」
ゆ「ふうん・・・・」
まったく信じてはいないものの,否定してまた話が長くなるのも嫌なので,もう私は何も言いませんでした。
医者がやってきて検査結果を伝えにきました。結果は何もわからず。
結局なんだったのか。ストレスです,きっと!
私はストレスがかかると,体に表れる質で,ひどい腹痛が起こったりします。今回のように倒れたのは初めてでした。
2時間ほどいた病院から解放され,会計を済ませ,カレー屋にタクシーで戻り,車を取りに行きました。もう夜11時を回っていました。
タクシーを降りて車まで歩く時は,Dがしっかりと私の肩を抱いていました。
私が運転して家に返るのも危険なので,Dが運転したのです。Dを駅まで送って行くのか,Dが私たちの旧家に泊まるのか・・・迷いましたが、正直,自分の体調が不安だったのと,今の優しいDとだったら一緒にいてもいいという半端な気持ちで,結局Dは私たちの旧家に泊まって行くことになったのでした。
これが,あとから考えると,Dをまた私のアパートにずるずる泊まらせるという結果になって,付き合いを続けるきっかけになっていってしまうのでした。
その日は,どうやって寝たのかも覚えていません。そして,この辺りの出来事をすっぽり完全に忘れているのです。意識を消して生きてたのかもしれません。そしてこの年2011年の私は春から本当に頭が真っ白なくらいずいぶん物事を忘れており,細かいことを全くと言っていいほど思い出せないのです。ただ,この頃のことを少しだけ私の気持ちをつづったメモが見つかり,それをもとに少し書いてみようとは思います。
よって,2011年の出来事は,大きなことだけに限定し,あとは全体的な様子を書いていきます。それでも,モラハラなDに関しては十分わかってもらえる気がしますし,その後の別れのあたりからは,きちんと覚えているのです。

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ビールとカレーを注文して,まずはビールを小さなグラスに一杯だけ飲んだ。店が混んでいるせいかなかなかカレーがこない。40分近くたっても,まだこない。私はビールに弱いから,顔が真っ赤になった。
なぜか急に吐き気がこみ上げてきて、これはまずい!と思い,でもDに体調のことを言っても,まずわかってもらえることはまずないので、黙って「トイレに行ってくる」と伝え,トイレに立った。
トイレの前でめまいがした。ちょっと立ち止まり,座り込んだ。インド人のウェイターが「だいじょうぶですか?」と私に声をかけたが、私は「あ,大丈夫です」と言って、また立ち上がって歩き出したつもりだった。そしたら,またひどくめまいがして、近くの椅子にもたれるように手をかけたところまでは覚えているが、そのまま倒れてしまったらしく,意識がなくなり倒れた。すぐ近くの席にいたDがあわてて駆けつけ,私を支えたようだ。
奥の大部屋では,なんともタイミングよく【内科医の飲み会】が行われていた。(笑)
私は数分後、床の上で目が覚めたとき,数人の内科医に囲まれていた。Dつたない日本語で,状況を医者に伝えていた。彼らは私の目の奥を見たり,脈を測っていた。顔色が真っ青だったらしい。
私を起こそうとすると,また吐き気がした。彼らの判断で,救急車で運ばれることになった。救急隊員に状態を告げて,そのとき「意識を失いながら,手足をけいれんしました」というような言葉のを医者の専門用語で伝えていた。
Dが救急車に一緒に乗り込み,私の手を握っていた。
病院に着くと,「けいれんしたという事実から、心臓か脳の問題が考えられますので,そちらを検査します。」と簡単に説明を受け、いろいろ検査をした。Dは検査室の外で待っていた。Dを待たせるのは,かわいそうというのか悪い気がして、看護婦さんに「外で待っている彼は入室できませんか?」などと気を遣っている私がいた。
(今気づいたこと:こんな時までDのことを気遣っていたのか,と今書いていて驚いた。)
看護婦さんは彼を呼びに行ったが,トイレに行ったのかDはいなかったようだ。
そうこういろいろ検査をして,病室で結果を待ちながらベッドで静養することになった。一時間ほどだろうか,Dはずっと私の手を握って座っていた。小話をしたりしながら,待っていた。
すると,Dは言った。
「きみは倒れ,x!"#$%&'()!となにか変な言語でつぶやいて痙攣していたぞ。あれは,なにか乗り移ったみたいな感じだった・・・」
でました~~~~!彼の信じるデーモンです!わ,わかりますか,皆さん?!
これは「悪魔払い」で,お読みになった方はご存知でしょう。キリストの妄信者の彼は,デーモンが人に乗り移ることを信じているのです。
D「スピリチャルにもとらえたほうがいいかもしれないよ・・・」
ゆ「本当にそんな(悪魔っぽい感じで)発言してたの?」
D「そうなんだよ。だから,怖いと思って」
ゆ「ふうん・・・・」
まったく信じてはいないものの,否定してまた話が長くなるのも嫌なので,もう私は何も言いませんでした。
医者がやってきて検査結果を伝えにきました。結果は何もわからず。
結局なんだったのか。ストレスです,きっと!
私はストレスがかかると,体に表れる質で,ひどい腹痛が起こったりします。今回のように倒れたのは初めてでした。
2時間ほどいた病院から解放され,会計を済ませ,カレー屋にタクシーで戻り,車を取りに行きました。もう夜11時を回っていました。
タクシーを降りて車まで歩く時は,Dがしっかりと私の肩を抱いていました。
私が運転して家に返るのも危険なので,Dが運転したのです。Dを駅まで送って行くのか,Dが私たちの旧家に泊まるのか・・・迷いましたが、正直,自分の体調が不安だったのと,今の優しいDとだったら一緒にいてもいいという半端な気持ちで,結局Dは私たちの旧家に泊まって行くことになったのでした。
これが,あとから考えると,Dをまた私のアパートにずるずる泊まらせるという結果になって,付き合いを続けるきっかけになっていってしまうのでした。
その日は,どうやって寝たのかも覚えていません。そして,この辺りの出来事をすっぽり完全に忘れているのです。意識を消して生きてたのかもしれません。そしてこの年2011年の私は春から本当に頭が真っ白なくらいずいぶん物事を忘れており,細かいことを全くと言っていいほど思い出せないのです。ただ,この頃のことを少しだけ私の気持ちをつづったメモが見つかり,それをもとに少し書いてみようとは思います。
よって,2011年の出来事は,大きなことだけに限定し,あとは全体的な様子を書いていきます。それでも,モラハラなDに関しては十分わかってもらえる気がしますし,その後の別れのあたりからは,きちんと覚えているのです。

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