ここからは,Dと別れた後,Dの姉の旦那さんから聞いた話である。
本人たちは,自分の家族のことだし,言いたくないかもしれない。
壮絶です。
彼Dの実父は,実母と離婚した後,再婚し家庭を持ち,
二人の娘を持った。つまり腹違いの姉妹となる。
実父は,まだ幼子のその実の娘たち(当時5・6歳くらい)の
性的わいせつ行為で捕まり,刑務所に送られた。
しかも,その後,父親は退所すると,その家庭に戻り,
母親は娘たちを追い出したという。
(その間追い出された娘らはDたちと住んでいて,
Dたちはその子たちをいじめまくったらしい)
しかし,その父は彼女たちが,10歳になる前に50歳で死んでしまった。
彼女たちは,彼女らの出来の悪い実母に,
ホームスクーリング生(家庭学習生)として,
学校に行かずに育てられた。
その実父がわいせつ行為で捕まったとき,Dを含めた兄弟たちは
それは傷ついただろう。
でも,彼らはカウンセリングは受けさせてもらえなかった。
ただ,「神に祈りなさい」と言われ、
必死に祈った。
そうやって,祈ることで全ての苦しみから解放されることを求めた。
でも,実際は,傷は全く癒えることなく
兄弟全員が人格障害者となったのだ。
唯一まともな,私が仲良くしてもらった姉は31歳。
2歳の息子がいて,旦那もいる。
彼女が,まさにDとおなじモラ。
勇気を持って、私が自分がDにされてきた暴言、暴力を電話で話した。
もしかして信じてもらえないかもしれない,と思ったのに,
「やっぱりそうだったんだ。
Dとはずっと17歳で家を出てから離れてるから,
よく知らなかったけど、家の家系的にぜったいある。
あなたの言ってることは,全て信じる。
まさに私(彼女)が旦那Pにおなじことをするし,
私がDで,あなたが家の旦那Pみたい。
あなたは、悪くない。彼がおかしいのよ。
わたしもおかしいの。自分がコントロールできなくなるの。
しかも覚えていないし。責任転嫁して、ひどいこと言うの。」
旦那への暴言はひどく,暴力も振るう。
(でも女なので、まだ男のような暴力ではないから,救われている)
彼女とは何時間も何時間も毎日もしゃべった。
そして,彼女の旦那Pとしゃべって,全てが明かされたのだ。
その旦那とは,たまに長時間話す。
彼こそ鬱憤がたまっているのだ。
それは、それは,Dの家族を嫌っていて,自分の2歳の息子に
関わらせないようにしているが、
妻の家族を邪険にも出来ず,やむを得ず関わっている。
彼は,とても普通の愛情持った人で、
彼自体は,妻を愛しているが,もしやり直せるなら、
関わらない,と言っていた。
彼Dの腹違いの兄は,まず定職がなく,
インターネットばっかりやって昼まで寝ている。
妻がフルタイムで働き,全てのお金を稼ぎ,
家事も子供の世話もすべてをこなす。
彼の宗教観として、
「女は,男の補助と子を産むためをするために,神が造った。
よって,女は男よりも劣るし,奴隷のように仕えるべき」
と信じている人らしい。
(私はキリスト教でもそんな風に全く学んでいない。
アメリカにはいろんなキリスト教があるのだ)
弟は,暴力ばかりふるう。
嫁は一度逃げ,別れたが、また戻ってきたらしい。
ここにも,モラの中毒性が臭う。
かつては,麻薬で,刑務所にも入っていた。
今でも,自分の子供を母親に預けて,遊んでばかりいる。
しかもいまだに自分の家に,腹違いの妹たちを呼び,
麻薬を与えてパーティーをしているという。
母親の(今の)旦那もおかしくて,
P(モラDの姉の旦那)は,フェイスブック上で
政治の意見の交換をしていたら、意見が合わなかった。
そしたら,いきなりP家にやってきた義理の父に
ナイフでおでこを切られたという。
Dの叔父は妄信的なクリスチャンで、
親戚一同の宗教啓蒙説教DVDを作成し,家族に配布している。
私は,それをいやいやDに見せられ、全く興味がないし、
「英語がわからん」と言ったら,
数分置きにポーズし,親切にも説明してくれた。
叔父のことを本当に尊敬しているD。
もうこれらの話,Dの家庭の全貌を聞いて,
空いた口が塞がらず,その日震えが止まらなかった。
別れてからすぐである。
なんてひどい家庭・・・。
それを聞いた日,一人でいることが出来ず,友人を無理矢理夕食に誘い,
一緒にいてもらった。
インディアンカレーにいって,味もよくわからないような気分で、
それなりに美味しく食べたが,
最後にチャイが来た。
チャイはソーサーカップになみなみに入っており,
インド人のおじさん給仕がそろ~り,そろーり,こぼれないよう
ゆっくり運んできた。
手の震えが止まらない私は,それがプルプル震えて,
なみなみのチャイは,こぼれ落ちてしまう。
「こういう精神不安定なときは,チャイはよくないわね」
なんて冗談を言いながら,飲んだ。
私はこのころ,Dにひどい暴言を吐かれて,こっぴどく別れたのだった。
(これに関しては後日)
その後,数週間は寝込んだ。指も動けないくらいに。
仕事だけは,最低限こなした。
でも,洗濯も一ヶ月しなかったし、
食事もほとんどとらなかった。
私は,Dの暴言によって,傷ついて傷ついて,それで寝込んだのだが、
それだけではなかった。
なぜか,「このD家の全貌」がわかってから,気が抜けてしまった。
こんな人と関わったんだ。
こんな劣悪な環境で育って,まともなはずがないのかもしれない。
かわいそう。
Dは何回か私に言った。ものすごい暴言を吐いて,
私が泣いて、もういやだ,やめてくれと懇願したら,
「これは普通だよ。家族だったら普通じゃないか?!」
と言った。
そうだったのか,Dにとっては暴言、暴力は普通だったのだ。
今日は疲れました~
また明日。
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本人たちは,自分の家族のことだし,言いたくないかもしれない。
壮絶です。
彼Dの実父は,実母と離婚した後,再婚し家庭を持ち,
二人の娘を持った。つまり腹違いの姉妹となる。
実父は,まだ幼子のその実の娘たち(当時5・6歳くらい)の
性的わいせつ行為で捕まり,刑務所に送られた。
しかも,その後,父親は退所すると,その家庭に戻り,
母親は娘たちを追い出したという。
(その間追い出された娘らはDたちと住んでいて,
Dたちはその子たちをいじめまくったらしい)
しかし,その父は彼女たちが,10歳になる前に50歳で死んでしまった。
彼女たちは,彼女らの出来の悪い実母に,
ホームスクーリング生(家庭学習生)として,
学校に行かずに育てられた。
その実父がわいせつ行為で捕まったとき,Dを含めた兄弟たちは
それは傷ついただろう。
でも,彼らはカウンセリングは受けさせてもらえなかった。
ただ,「神に祈りなさい」と言われ、
必死に祈った。
そうやって,祈ることで全ての苦しみから解放されることを求めた。
でも,実際は,傷は全く癒えることなく
兄弟全員が人格障害者となったのだ。
唯一まともな,私が仲良くしてもらった姉は31歳。
2歳の息子がいて,旦那もいる。
彼女が,まさにDとおなじモラ。
勇気を持って、私が自分がDにされてきた暴言、暴力を電話で話した。
もしかして信じてもらえないかもしれない,と思ったのに,
「やっぱりそうだったんだ。
Dとはずっと17歳で家を出てから離れてるから,
よく知らなかったけど、家の家系的にぜったいある。
あなたの言ってることは,全て信じる。
まさに私(彼女)が旦那Pにおなじことをするし,
私がDで,あなたが家の旦那Pみたい。
あなたは、悪くない。彼がおかしいのよ。
わたしもおかしいの。自分がコントロールできなくなるの。
しかも覚えていないし。責任転嫁して、ひどいこと言うの。」
旦那への暴言はひどく,暴力も振るう。
(でも女なので、まだ男のような暴力ではないから,救われている)
彼女とは何時間も何時間も毎日もしゃべった。
そして,彼女の旦那Pとしゃべって,全てが明かされたのだ。
その旦那とは,たまに長時間話す。
彼こそ鬱憤がたまっているのだ。
それは、それは,Dの家族を嫌っていて,自分の2歳の息子に
関わらせないようにしているが、
妻の家族を邪険にも出来ず,やむを得ず関わっている。
彼は,とても普通の愛情持った人で、
彼自体は,妻を愛しているが,もしやり直せるなら、
関わらない,と言っていた。
彼Dの腹違いの兄は,まず定職がなく,
インターネットばっかりやって昼まで寝ている。
妻がフルタイムで働き,全てのお金を稼ぎ,
家事も子供の世話もすべてをこなす。
彼の宗教観として、
「女は,男の補助と子を産むためをするために,神が造った。
よって,女は男よりも劣るし,奴隷のように仕えるべき」
と信じている人らしい。
(私はキリスト教でもそんな風に全く学んでいない。
アメリカにはいろんなキリスト教があるのだ)
弟は,暴力ばかりふるう。
嫁は一度逃げ,別れたが、また戻ってきたらしい。
ここにも,モラの中毒性が臭う。
かつては,麻薬で,刑務所にも入っていた。
今でも,自分の子供を母親に預けて,遊んでばかりいる。
しかもいまだに自分の家に,腹違いの妹たちを呼び,
麻薬を与えてパーティーをしているという。
母親の(今の)旦那もおかしくて,
P(モラDの姉の旦那)は,フェイスブック上で
政治の意見の交換をしていたら、意見が合わなかった。
そしたら,いきなりP家にやってきた義理の父に
ナイフでおでこを切られたという。
Dの叔父は妄信的なクリスチャンで、
親戚一同の宗教啓蒙説教DVDを作成し,家族に配布している。
私は,それをいやいやDに見せられ、全く興味がないし、
「英語がわからん」と言ったら,
数分置きにポーズし,親切にも説明してくれた。
叔父のことを本当に尊敬しているD。
もうこれらの話,Dの家庭の全貌を聞いて,
空いた口が塞がらず,その日震えが止まらなかった。
別れてからすぐである。
なんてひどい家庭・・・。
それを聞いた日,一人でいることが出来ず,友人を無理矢理夕食に誘い,
一緒にいてもらった。
インディアンカレーにいって,味もよくわからないような気分で、
それなりに美味しく食べたが,
最後にチャイが来た。
チャイはソーサーカップになみなみに入っており,
インド人のおじさん給仕がそろ~り,そろーり,こぼれないよう
ゆっくり運んできた。
手の震えが止まらない私は,それがプルプル震えて,
なみなみのチャイは,こぼれ落ちてしまう。
「こういう精神不安定なときは,チャイはよくないわね」
なんて冗談を言いながら,飲んだ。
私はこのころ,Dにひどい暴言を吐かれて,こっぴどく別れたのだった。
(これに関しては後日)
その後,数週間は寝込んだ。指も動けないくらいに。
仕事だけは,最低限こなした。
でも,洗濯も一ヶ月しなかったし、
食事もほとんどとらなかった。
私は,Dの暴言によって,傷ついて傷ついて,それで寝込んだのだが、
それだけではなかった。
なぜか,「このD家の全貌」がわかってから,気が抜けてしまった。
こんな人と関わったんだ。
こんな劣悪な環境で育って,まともなはずがないのかもしれない。
かわいそう。
Dは何回か私に言った。ものすごい暴言を吐いて,
私が泣いて、もういやだ,やめてくれと懇願したら,
「これは普通だよ。家族だったら普通じゃないか?!」
と言った。
そうだったのか,Dにとっては暴言、暴力は普通だったのだ。
今日は疲れました~
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