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日々のgudagudaを綴るのだ

ブログタイトルを変更しました。

昨日、「もうあかんかも」とメールをもらった後

 

何回か「どうしたん?」とか「大丈夫?」とメールを送ったり、

電話をしたけど、反応なし。

 

そして今日は「おはよう」メールもまだ来ていない。

 

落ち込んでいるんだろうな。

 

それか「もうあかんかも」という意味は、

 

私との関係があかんのかもしれないな。

 

病気という先入観があるから、病気のことだと思ったけど、

こんな状況でなく「もうあかんかも」ってきたら、

真っ先に二人の関係のことだと思ってたはず。

 

そう思っていたらカレからメールがきた。

なにもついてない「おはよう」かな?

 

って思ったら、

 

「ダメだ」って一言書いてあった。

 

病院に行って、病気の進行をまざまざと

思い知らされたんだろうか。

 

車椅子の利用を考えましょうっって言われた気がする。

 

でもきっとこのあとも連絡がとれずに、

私は詳しいことがわからないままだろう。

 

何事も気持ちの持ちようで、

「車椅子でさらに不自由になる」と思うか

まだまだ「車椅子があれば好きなところに行ける」と思うのか

 

「死」自体は、いつか訪れて、いつかは誰にもわからなくて、

病気だけでなく、事故で一瞬に終わっちゃうかもしれないし、

病気だってカレは病名がわかって治療はしているけど、

私にも重大な病気が隠されていてまだわかってないだけかもしれない。

 

もちろん今落ち込んでいるカレにそんなことは言えないけど。

 

カレに会えて面とむかってゆっくり時間が作れるなら、

いろんな思いを伝えられるかもしれないけど、

メールのほんの十数文字で真意を受け取ってもらえるとは

思えない。

 

私に何ができるのか?

ずっと自問自答をしている。

 

というか答えはわかっているけど

認めたくなくてあがいてる感じです。

 

 

 

 

 

 

 

今日のおはようメールに対するお返事。

 

「もうあかんかも」

 

 

またしてもこれから全てを推測しないといけない。

私は探偵じゃない!

 

 

会社には頑張って時短で通っていたみたいだけど、

それすら辛くなって無理ってことなんかな。

 

それでもカレの人生はこれで終わるわけではない。

 

一日一時間一分、より多く

幸せを感じられる時間を増やして欲しい。

 

そんなことを言っても

家族よりも大事にしてきた仕事を失って、

何を楽しめというのだろう。

 

でも絶望だけでこのまま残りの人生を過ごすのは

辛すぎる。

 

 

もう二度と会えない事のある程度の覚悟はできている。

 

それでもカレが望むことがあればかなえてあげたいと思って、

お菓子だったり、サプリだったり、

欲しいというものは可能な限り提供してきた。

 

私に対してなにか望んでくれるのが嬉しかった。

 

そういう時間すらもう残り少ないのかな。

おはようメールのあとたった一言きた

「辛い」という言葉。

 

どう辛いのだろう。

 

身体的に、痛いのかしんどいのか両方なのか。

精神的に、しんどいのか

会社での立場はどうなのか。

時短勤務でどういういう働き方をしているのか。

 

どこがどのように痛いのかしんどいのか

はたまた他の言葉の方がぴったり当てはまるのか。

 

頑張って想像するんだけど合っているかどうかわからない。

 

そしてどういう言葉を期待しているのかもわからない。

 

「頑張って」「無理しないで」どれも違うような気がする。

 

私に出来ることってなんなんだろう。

 

 

 

昨日、階段落下以降、初めて、「おはよう」の後ろに音譜マークが。

 

そして今日のおはようメールの後に音譜と「チョコいつまで?」

 

なんだか嬉しくて、「チョコいつまで」の意味を

 

渡せていないバレンタインのチョコの賞味期限を聞かれたと

思った。

 

っということは、時短勤務に目途がついて、

もしかして、3月からフル勤務ができるのか?

そしたら、もしかして、あきらめかけていた、「会う」

ことができるんじゃないか?

フルになっても無理はそんなにできないだろうから、

もしかして、念願の「焼き肉ご飯」ができるのか?

 

会えたら「あきらめることとあきらめないこと」「頑張ることと頑張らないこと」そんな話もできたらいいなあ

 

とたった一言で、そこまでふろしきを広げてしまいました。

 

でも一応「バレンタインのチョコ?」と確認の言葉を入れた上で

「5月31日ですよ!」って送った。

 

そしたら返事は「ううん、送れるの」だった。

 

そういえば、昨日、昨日別件のチョコレート送った件で

メールで、(ロハコ)とか通販で、チョコレートを送れるのは

冬の間だけだよって送ったところだった。

 

ぬか喜びしただけにショック増大。

 

メールで「フル勤務」に戻れない可能性を示唆さえてたのに

それは「近い期間のことだったんだ。まだ大丈夫なんやー」

なんて喜んでしまった。

 

実際どうなんだろうね。

でも「こうかも」で、でも何らかの可能性があるかもと

思えることが、はっきり聞いてしまうと、

 

「事実」や「現実」になってしまうのが怖い。

 

 

 

 

 

今日はちょっと遅めの「おはよう」の返信。

 

特に気にしてなかったけど、「今日も一日頑張って」メールのあと

 

「もうあかんかも」

 

というメールが返ってきた。

 

今日は病院へ行ってたんだろうか。

 

そしてなにがもうあかんのだろうか?

 

カレの状況はほとんどわからないから

 

「あきらめないで」としか送れなかった。

 

勝手に想像すると、介助なしでの生活が限界に近いんだろうな。

 

なんとも・・・

 

本当に私にできることはなにもなく、

かろうじて出来ることは祈ることくらいだ。

 

一日でも長く、一秒でも長く、幸せだと感じられる時間を

もてますように。