さて、まどマギ観る前に、Sucker Punchの吹き替え版、初めて手を付けてみた訳であるが。
吹き替え版の声優が、スフィアっていうアイドル声優ユニットなんだが、何故故にメインキャラクターの一人であるSweat Peaだけ外されているのか俺も凄い気になってはいたんだが。
ある方のレビューで、Babydollを含めた4人は本編の主人公であるSweat Peaを守る為の守護天使であり、それ故に邦題が「エンジェル・ウォーズ」であり、吹き替え版を観るとそこら辺りがより理解出来るとあったから。
以前にも書いたが、洋画は基本、言語+日本語字幕でしか(もしくは字幕すらない言語のみ)観ないから最初違和感あったが、まぁ途中からすんなり受け入れられたし、吹き替え版、悪く無かった。
で、スフィアの4人が何故故にSweat Pea以外の4人に割り当てられたかは、やはり考えざるを得ない。
他の方のレビューを見ていると、4人はSweat Peaの守護天使説どころか、Rocket以外の4人は同一人物で、AmberやBlondyは主人公の弱い心の部分を表しているなんてのもあったりしたが。
(で、弱い心の部分であった二人の死によってBabydollが覚醒するとか)
とりあえず、通して5回観た現時点で固まってきた見解。
(最初の3回は劇場版を言語+字幕、4回目は言語でExtended Cut、その後にMovie Tourを観て振りだしに戻され、5回目が劇場版の吹き替え版)
この映画の主人公は、やはりSweat Pea。
Babydollは、Sweat Peaのもう一人の自分。
鏡の中の自分というか。
だからこの作品には鏡が多用されるし、鏡に写った世界と現実世界が繋がるシーンも非常に効果的な演出で描かれている。
何より、冒頭からのBaby Doll視点から、Sweat PeaがBabydollを演じてるともとれるSweat Peaが主役のシアター(売春宿)のシーンに画面が切り替わる所は、初見の時に感じたように、これを物語っている。
売春宿の新入りのBabydollが最初入ってきた時、Sweat PeaがBabydollにあからさまに冷たかったのは(Baby dollを見て目を伏せるシーンや、皆に仲良くしなくていいよって言うシーンとかから読み取れる)、(嫌いな)自分自身であったから。
Sweat Peaは自分自身を嫌っていた。
妹を過って殺した、もしくは殺したと思いこんでいたのはSweat Pea自身。
RocketはSweat Peaの作り出した妄想であり(実際の妹はもう既にこの世に居ない)、Babydollの作り出した妄想世界で、そのRocketに許される。
妹も自分を愛してくれていて、気にかけてくれたんだと解る。
Sweat Peaの分身であるBabydollが妄想世界での戦いを引っ張ってくれて、Sweat Peaは、妹を殺した(もしくはそう思いこんでいる)トラウマからも解放される。
物語を導いてくれるのは、本当の父親、時には賢者、時には司令官、そしてバスの運転手でもある。(父親も恐らくもうこの世には居ないのであろう、もしくは生き別れ?)
父親に導かれ、もう一人の自分に導かれ、全てから解放され、自由となり、母親や、妹の居る天国へと最後Sweat Peaは向かう。
最後画面に写し出されるParadiceの看板もこれを示唆しているし、劇中RocketがSweat Peaに、母親を愛していたってことを伝えてくれって台詞にも繋がる。
(母親と妹は天国でも疎遠なのかも?)
まぁ、Sucker Punchは、不思議の国のアリスでもあり、鏡の国のアリスでもあり、マッチ売りの少女でもあったって所か。
因みに、二つのスーツケースが重なっているのは、最後に、Sweat PeaとBabydollを重ね合わせてるって所だろうか。(別々の人物として劇中描かれていた二人の人物が、というか二人の旅がここで重なる)
この解釈だと、監督曰くの、冒頭の部分や精神病院の部分さえも現実世界とは限らないっていう監督の発言(アメリカのTV番組?ではこうも発言していたみたいだから)にも当てはまる。
てか、これだけ観る度に見解が変わる映画は、他の方々のレビューを見ていてもこれだけ楽しめ(多種多様に及ぶし)、そして考えさせられる映画は初めてであった。
間違いなく、俺の中では名作の仲間入りだな。
次に観た時はまた解釈が変わるかもしれないが、通して5回観終えた現時点での解釈はこうだ。
(5回目の5という数字は、この映画のヒロインが5人という数字と同じだから重要)
因みに、他の方々のレビューに影響を受けている部分はあるが、今回自分がここに書いたことは、完全オリジナル(自分が探してみた限り、全く同じというか、主軸が似通ったレビューも恐らくは無かった、というか発見出来なかっただけかもだが)である。
いかがかな?(と、次にこの作品を見返してみた時の自分に問う )
追記20日02:10
自分で書いた文章を読み返してみたが、訳がわからないw
多分全然間違ってるような気がしてきたからタイトルから副題の一部を削除w
一先ず昨日、Sucker PunchのコレクターズBOXは手離してしまった・・・
ちゃんと観てくれるかな?
また手に入れないと・・・
既に禁断症状がww
(手元にあってすぐに観れる状態じゃないと落ち着かない(^^;)
頭の中をぐるぐるとSucker Punchの映像と音楽がずっと回っているんだが、一先ずSucker Punchから離れないと先に進めない・・・
とりあえずまどマギの3、4巻借りてきたから、これでも観るか(^^;
吹き替え版の声優が、スフィアっていうアイドル声優ユニットなんだが、何故故にメインキャラクターの一人であるSweat Peaだけ外されているのか俺も凄い気になってはいたんだが。
ある方のレビューで、Babydollを含めた4人は本編の主人公であるSweat Peaを守る為の守護天使であり、それ故に邦題が「エンジェル・ウォーズ」であり、吹き替え版を観るとそこら辺りがより理解出来るとあったから。
以前にも書いたが、洋画は基本、言語+日本語字幕でしか(もしくは字幕すらない言語のみ)観ないから最初違和感あったが、まぁ途中からすんなり受け入れられたし、吹き替え版、悪く無かった。
で、スフィアの4人が何故故にSweat Pea以外の4人に割り当てられたかは、やはり考えざるを得ない。
他の方のレビューを見ていると、4人はSweat Peaの守護天使説どころか、Rocket以外の4人は同一人物で、AmberやBlondyは主人公の弱い心の部分を表しているなんてのもあったりしたが。
(で、弱い心の部分であった二人の死によってBabydollが覚醒するとか)
とりあえず、通して5回観た現時点で固まってきた見解。
(最初の3回は劇場版を言語+字幕、4回目は言語でExtended Cut、その後にMovie Tourを観て振りだしに戻され、5回目が劇場版の吹き替え版)
この映画の主人公は、やはりSweat Pea。
Babydollは、Sweat Peaのもう一人の自分。
鏡の中の自分というか。
だからこの作品には鏡が多用されるし、鏡に写った世界と現実世界が繋がるシーンも非常に効果的な演出で描かれている。
何より、冒頭からのBaby Doll視点から、Sweat PeaがBabydollを演じてるともとれるSweat Peaが主役のシアター(売春宿)のシーンに画面が切り替わる所は、初見の時に感じたように、これを物語っている。
売春宿の新入りのBabydollが最初入ってきた時、Sweat PeaがBabydollにあからさまに冷たかったのは(Baby dollを見て目を伏せるシーンや、皆に仲良くしなくていいよって言うシーンとかから読み取れる)、(嫌いな)自分自身であったから。
Sweat Peaは自分自身を嫌っていた。
妹を過って殺した、もしくは殺したと思いこんでいたのはSweat Pea自身。
RocketはSweat Peaの作り出した妄想であり(実際の妹はもう既にこの世に居ない)、Babydollの作り出した妄想世界で、そのRocketに許される。
妹も自分を愛してくれていて、気にかけてくれたんだと解る。
Sweat Peaの分身であるBabydollが妄想世界での戦いを引っ張ってくれて、Sweat Peaは、妹を殺した(もしくはそう思いこんでいる)トラウマからも解放される。
物語を導いてくれるのは、本当の父親、時には賢者、時には司令官、そしてバスの運転手でもある。(父親も恐らくもうこの世には居ないのであろう、もしくは生き別れ?)
父親に導かれ、もう一人の自分に導かれ、全てから解放され、自由となり、母親や、妹の居る天国へと最後Sweat Peaは向かう。
最後画面に写し出されるParadiceの看板もこれを示唆しているし、劇中RocketがSweat Peaに、母親を愛していたってことを伝えてくれって台詞にも繋がる。
(母親と妹は天国でも疎遠なのかも?)
まぁ、Sucker Punchは、不思議の国のアリスでもあり、鏡の国のアリスでもあり、マッチ売りの少女でもあったって所か。
因みに、二つのスーツケースが重なっているのは、最後に、Sweat PeaとBabydollを重ね合わせてるって所だろうか。(別々の人物として劇中描かれていた二人の人物が、というか二人の旅がここで重なる)
この解釈だと、監督曰くの、冒頭の部分や精神病院の部分さえも現実世界とは限らないっていう監督の発言(アメリカのTV番組?ではこうも発言していたみたいだから)にも当てはまる。
てか、これだけ観る度に見解が変わる映画は、他の方々のレビューを見ていてもこれだけ楽しめ(多種多様に及ぶし)、そして考えさせられる映画は初めてであった。
間違いなく、俺の中では名作の仲間入りだな。
次に観た時はまた解釈が変わるかもしれないが、通して5回観終えた現時点での解釈はこうだ。
(5回目の5という数字は、この映画のヒロインが5人という数字と同じだから重要)
因みに、他の方々のレビューに影響を受けている部分はあるが、今回自分がここに書いたことは、完全オリジナル(自分が探してみた限り、全く同じというか、主軸が似通ったレビューも恐らくは無かった、というか発見出来なかっただけかもだが)である。
いかがかな?(と、次にこの作品を見返してみた時の自分に問う )
追記20日02:10
自分で書いた文章を読み返してみたが、訳がわからないw
多分全然間違ってるような気がしてきたからタイトルから副題の一部を削除w
一先ず昨日、Sucker PunchのコレクターズBOXは手離してしまった・・・
ちゃんと観てくれるかな?
また手に入れないと・・・
既に禁断症状がww
(手元にあってすぐに観れる状態じゃないと落ち着かない(^^;)
頭の中をぐるぐるとSucker Punchの映像と音楽がずっと回っているんだが、一先ずSucker Punchから離れないと先に進めない・・・
とりあえずまどマギの3、4巻借りてきたから、これでも観るか(^^;