結論。
私は、セカンドオピニオンで、過去と今の比較をしてもらったことが、回復のきっかけになったのである。
医者の鴨にされ続けて1年。
薬漬け生活からやっと抜け出せたと感じる事が、ここ最近できた。
身体自体は本調子じゃないけど、心に余裕があり、普通に仕事をして、早く帰って遊びたいと思った。
そんな、感覚、いつ以来だろうか。
このブログ記事を書いてる時も、あの日の自分がフラッシュバックしてきて、胃が痛くなったり、動悸がしたりする。
まだ、完全に回復しきれてはいない。
それでも、「普通に働く」、「遊びたい気持ち」、これは自身にとって復活の兆しが見えた瞬間であった。
このブログ記事は、
私自身がメンタル障害になり、その後の悪い状態から回復の糸口に辿り着くまでの実体験である。
もし、同様の症状や状況に陥っている人に少しでも役立つことができればと思い、その経緯や経験を記事にしてみた。
※長いから、経緯の部分は飛ばして、【4】から読んでもいいかもねw
【1.心機一転で、悪く一転した】
2017/3/1に、約9年働いた新卒で入社した会社を辞めて、大手企業に転職した。
最初の1ヶ月は順調だった。
組織のメンバーとも上手くやっていきたいと思える、良い会社に出会えたと感じ、多少の不安はあるけど、やる気に満ち溢れていた。
2017/4月、会社の重要システムの移行プロジェクトのメイン担当に抜擢され、そこから自分の生活が狂いはじめた。
中途入社とは言え、会社の全容を理解してない中、数千人の社員が使うシステムの移行をどうやって進めるのか、関係者は誰なのか、そもそものシステム基盤自体どこにあるのか。
何もかも分からない状態で、方針を考えてと言われたが、答えは出せなかった。
それでも、できる人はいるだろう。
そう思って自分を追い込む日々が1ヶ月続き、私の心はおかしくなった。
2017/4月下旬、突然、プロジェクトの事を考えようとすると、涙が勝手に出てくるようになった。
そして、考えるという行為ができなくなった。
情緒不安定に思考抑止、とても仕事ができない、そんな状態だった。
ひとまず、精神科の病院に行ったら、「適応障害」と診断された。
そう、自分のやる気とは裏腹に会社や仕事に適応できていなかったのである。
できると信じていた自分に対して、心機一転した環境は、自分のレベルに不相応であるという現実を突きつけられた。
唯一、プロジェクトとは関係の無い雑務ができる事で、会社に毎日行くことだけはできた。
今考えると、それすら無かったら会社を辞める事になっていたかもしれない。
【2.心機一転で、得ることができたもの】
話は少し変わり、転職のタイミングをきっかけに、いろいろ始めた。
ゲームを通じてオフ会に行ってみたり、ブログを始めたり、コミュニティーサイト作ってみたり。
メンタル障害になっても、そういう活動は続けることができた。
なぜか。
いろいろ活動する中で、知り合いが増えたからだ。
そういう人たちとの会話をする・遊んでくれる時間は、本当に心の支えになっていたと思う。
だから、1年間、仕事とメンタル障害に対してなんとか闘ってこれた。
もちろん、会社の上司や同僚のフォローもあって今がある。
この1年、関わってくれた方には感謝しかない。
メンタル障害を抱えた1年ではあったが、得るものはとても多く、自分の生活を大きく変えてくれた。
【3.崩壊寸前まで落ちたけど、踏ん張れたワケ】
1年間、本当にいろいろあった。
今更、全部書くのは面倒くさい。
そういう時のために、これまでのプライベートで楽しかった思い出はブログに残したり、Twitterで発信したりしてきた。
だから、本題に入ろう。
2018/3月、集中力を上げるという薬を処方してもらい、一時的に調子が良くなった。
でも、実際は調子が良いと錯覚していただけで、メンタル状態は悪かったのである。
そして、3月中旬頃から、再度、仕事がまともにできなくなった。
悪くなった要因は、集中力を上げる薬と抗うつ薬という、真逆の作用をもたらす薬を同時に服用していたからである。
さらに、とても強い効果のある薬を。
(当時は、この事に気づいていない)
その結果、毎日、抑うつ状態で、何もできない、したくない精神状態になってしまった。
仕事が終わって早く帰っても、休日も、全ておいて意欲が沸かず、ただ息をしてるだけだった。
それぐらい、酷い状態だった。
メンタル崩壊寸前の状態でもなんとかなったのは、やはりオフ会やTwitterで知り合った人達がいたからである。
抑うつでも、そういう人達との関係は、絶対に断ちたくない・一生ものにしたいと、心底思っていた。
【4.実績を出すという医者との出会い】
2018/4月下旬、産業医と出会うまで、何もしたくない状態が続いた。
産業医に相談しに行くことにしたのは、会社の上司がサポートしてくれたからである。
入社して1年経って、回復する気配が無いこともあり、上司が産業医に掛け合って、面談の機会を作ってくれた。
昨今、セカンド・オピニオンという言葉を耳にすることがある。
1年通い続けて状態が改善されない病院に行くより、別の病院で診てみようということである。
いざ、産業医に会って、面談を行った。
そして、産業医の診断を受けて、言われた一言が回復のきっかけとなった。
「一年前と今、良くなってる?悪くなってる?」
…………完全に悪くなっていた。
産業医の先生曰わく、相当強い薬を飲んでいたとのこと。
これまで通っていた病院で処方されていた薬を見るや否や、これではダメであると、キッパリ言われた。
産業医から、「自宅から遠いけど、ここで診てもらうと判断するなら、今からすぐ改善するためのプランを考えていくよ~」と言われた。
私は、すぐに、「宜しくお願い致します」と応えた。
そうこうして、産業医から処方してもらった薬は、種類と量が激減した内容であった。
理にかなう話であったため、疑うことは無く、その内容を受け入れた。
薬を減らした次の日から、メンタルの不調は無くなった。
やる気が出ていた。
考えることも多少の苦痛はあるものの、できた。
薬漬けからの状態から、薬を飲まなくなっただけで、こんなに変化があって、正直驚いた。
【5.医者と薬の付き合い方】
今回の経験で医者には、2パターンある思った。
・病人を薬漬けにして、何度も病院に来させる事でお金儲けをする医者。
・病人を早期に治す実績を以て、いろんな人に頼られる事でお金儲けをする医者。
メンタル障害の場合、自己治癒能力でどうにもできないので、前者の医者に出会うと、治らないどころか、どんどん悪くなる。
自分は、この1年その過程を経てそう感じた。
そして、私が、後者の医者に会ったのは、つい2週間前の話なのである。
なかなか治らなくて、薬を強くするだけだったり、コロコロ変えるだけだったり、という対処しかされない場合、一度、別の病院で診てもらった方が良い。
【最後に…】
1年前に転職して、その後、1ヶ月でメンタル障害になった私。
そんな事とは無縁だと思っていたけど、なってしまった。
苦しい1年だった。
それでも、これまで生きてきた中で、最も活発的な1年であり、楽しい思い出はいっぱいできた。
だから、続けようか。
楽しく生きることを。
