どこをどう通ったかわからないけれど、たどり着いた場所は埠頭の突端だった。ここでバーベキューをするという。
運転手二人は幸いな事に下戸で、というのもこの二人が幹事というか発起人だった。よく晴れた4月、土曜日の午後だったと思う。まだ高い太陽に波濤が砕けて、夏に汚される前の海は青い
離婚したばかりで、ジェットコースターのような日々が続いていた。
家で一人で飲む。誰かに誘われればそこで飲む。家で飲むのはビールとウオッカとラム。外で飲むのはビールと焼酎。激安の焼肉屋に3日続けて通って案の定腹を下したり、港湾労働者の溜まり場で定食屋兼角打ちみたいな店で、行き場のない打ち明け話を聴いたりしていた。仕事が終わった後の空白の時間をアルコールで埋めるような日々。
と、こう書くと同情されそうだけど、そんなことはなくて、結婚していた間に気が付かずに目の前を通りすぎて行った、綺麗だったり奇妙だったりする魚や石ころなんかを、改めて手に取って眺めてみて、自室に飾ってみたりMTRで録音してみたりする日々は、それなりに充実していた。
炭を起こして焼き網の上で安い肉が焼けている。ホルモンや豚バラがダラダラと油を垂らして、それが火を呼ぶ。
炭火で焼けたばかりの肉は、なんでも美味い。それにビールと音楽があれば何もいらない。そんな瞬間が誰にでも訪れるのだ。堤防の上に腰掛けていると上島くんが、俺も離婚するかも、と言う。そうなの、と聞き返すと、「うん。もういいだろって。なんだかそう言う話になってさ。俺の場合子供がいるけどね」どうするのさ、と再び尋ねると、生まれたばかりだし、ヤツが引き取るよ、と言った。「養育費は当然払うけどね」大きなスズキが、釣られたわけでもないのにエラ洗いのように跳ねるのが見えた。肉焼けたよー、と城並さんが呼んでいる。とても綺麗なソプラノだな、と僕は思った。僕たちは堤防を降りる。寺内くんや山中さんや江頭さんも肉にかぶりついて、ビールを流し込んでいる。ああ春爛漫な2000年4月初旬。
それからしばらくして、上島くんのジェットコースターが脱線してしまった、と聴いた。僕はすでに新しい職場に移っていたけれど、内谷くんが教えてくれた。なんなんですかね、ヤツの人生って。僕はなんだろうね、としか言えなかった。
僕はまだ生きていて、こうしてあの日の午後の海とたなびく煙を思い出している。