レさんのブログ改めジャンク・エッセイ

レさんのブログ改めジャンク・エッセイ

活字中毒の方、ヒマ潰してみませんか?

 5月6日に誕生日を迎えて57才になった。50代後半。まあそこに何の意味があるかは別として、56才と57才の間には何だか大きな隔たりのようなものがあるような気がしていた。例えるなら、どうやっても越えられないような鈍色の壁であったり、水底の見えない暗い緑色の深い川であったり。そんなものに退路を絶たれ視界を塞がれたような思いがあった。悲観するほどでは無いにしても、要するにいつもの日常の中で、不意にそんなことを意識するようになってしまった。

 僕自身は、悲観主義者ではないと思っていたので、突然湧き上がったこの感情を持て余している。

 

 そんな折、体調を崩してしまった。

 5月19日の明け方軽い喉の痛みから始まったそれは、徐々に身体を侵食してゆき、5月25日の深夜にのっぴきならない状況をもたらした。およそ20年ぶりの喘息の発作である。もともとアレルギー体質であり子供の頃から20代あたりまでは年に数回発作を起こしていた記憶がある。「記憶がある」と言うくらい遠い霞の彼方に揺れる記憶のような過去になっていた。それが今回いきなりやってきたのである。

 呼吸のしづらさと、それに伴う喉から聞こえる風切り音を聴いた時に、霞の彼方の記憶が現実のものとして立ち上がってきた。

 

 朝を迎えてとにかくかかりつけで点滴を入れてもらうことにする。うん、どうだろ?効いたような、こんなもんか?劇的には改善しない。多少は楽になったもののやはり風切り音は喉の奥、というか胸の奥から去らない。そうこうしている午後遅い時間から白熱する。もったりとした疲労感を伴う微熱。それに伴って風切り音が深くなる。仕方なしに処方されていたステロイド剤を服薬する。「仕方なしに」と言うのは血糖値が上がるからで、それでも20年来の付き合いあるドクターから処方されたので、信用しての服用である。

 服用してしばらくすると、症状が劇的に平癒する。驚くと同時に何だか恐ろしくなった。「ステロイド怖い…」

 そんなことが一週間ほど続いた。明け方と夕方の発熱、胸と喉の風切り音。今回ばかりは本当に入院を覚悟した。

 

 とにかく今回は不遜な僕でもちょっとまずいな、と思った。加齢と今回の件がニコイチで関係しているとは思いたく無いけど、果たしてどうだろうか。人間の身体はある節目で大きく変化する、と言うまことしやかな噂があるけれど…信じたくはないねぇ…

 原理主義というか、基本に忠実、プレない生き方をしている人って凄いな、と思う。
 例えば、報告、連絡、相談をセオリーにしたがってきっちり行うひと、食べ物は賞味期限及び消費期限を守って腐らせないひと、集合時間を守るひと、無駄遣いをしないひと、などなどなど。
 そんなもん当たり前でしょ、って思う人。では、そのブレなさを主張し喧伝する時にどうしますか。

 手前勝手にセオリーというか規範ね、これをこなす。自己完結。それはまあ良い。対象は自分なのでね。では、これをどうやってひとに伝えるか、ということだけど、これが僕は凄ぅく苦手である。

 くだらぬ知識だけは無駄に蓄えているので、ことばを尽くして伝えるも、他人様からはやれ抜けがある、詰めが甘い、日付を過ぎた物を食べるなんて外道、ミスタッチ、手数料はなるべく控えろと言うのにこの散財漢が、トイレの電気を消さぬのは何回目だ、なぜ上手く笑えないのだ、云々。

 なんだか世間がホワイト感していくにつれて、真っ当であることが当たり前になっていて、何かと余裕とか余白が削られている気分が。世知辛いというか。
「当たり前でしょ。キチンとできないひとはダメなのよぅ。この先が無くなるのよぅ」
 いやしかし。待て待て。

 ここに一つメールを出してみようかな。

 ビール飲み放題焼肉うまうま大会の件だが、出席できません。
 その日は身内が腸捻転起こしたので見舞いに行きますので。
 また、以前からバンドを組もうと言われてましたが、ベースは借金のカタに質入れしたので無理です。
 それでは失礼します。あ、あとこの間の資料、作り直してください。

 言いたい事はそれだけかそうか。
 確かに自分の事は伝えてはいる。しかし、当の『ビール飲み放題焼肉うまうま大会』を主催した人間へのリスペクトが微塵も感じられん。そりゃバンドには誘ったさ、参加できんのも分かったさ、資料?いや意味がわからん。でも、でもでも。

 余白というか余裕があれば、この立板に水、ざっくり撫で斬りの文書に申し訳なさというか、謙虚な気持ちを通奏音のように流せるのではないのだろうか。ひととひとの付き合い、袖擦り合うも何とやらだ、縁というものを軽んじるべきじゃあない。僕なんかその余白、余裕がありすぎて相手に気を遣った結果、舐められる、アホ扱いされる、奇人扱いされるなどの不利益を被ってはいるが。

 まあ何にしても実利中心、コストパフォーマンス重視ばかりじゃあ、悲しいじゃあないか。なんて言うと老害とか。あぱあぱ。
 
 

 長男が就職して家を出たので、現在家移り、いや部屋移りをしている。長男の部屋に僕が入り、次男が僕の部屋へ入る。本当は面倒だったのだけれど、つれあいと次男に押されて、仕方なくやっている。
 僕は多趣味でなおかつ物が捨てられない癖があるので、ほとんどが本とCDなのだが、なかなかの物量だ。それに加えてエレキギターが4台にエレキベースが2台、フィギュアもある。あんた、本当に酷いねとつれあいにため息をつかれ、次男は、わあ、色々あるねぇ.と呆れらる始末。仕方がないやん。興味があれば手元に置きたいのだ。有限であるフトコロと睨み合いながらだけど。

 色々整理しているとマンガ『あさドラ』が2巻まで出てきた。『風、薫る』の方じゃもちろんなくて、浦沢直樹さんの漫画だ。浦沢さんの作品はそんなに読まない。『21世紀少年』は全巻集めて篭もりたい。現にこの作品以外は『夢印』という短編があるだけ。なんといっても浦沢さんの絵が好きで、眺めていると炊き立てのご飯みたいなほっこり感がある。手書きとタブレットの境界線は時代が進むごとに曖昧になってゆくけれど、個人的にはやっぱり手書き派である。

 で、あさというか朝。
 40代の頃、48グループのイベントで、東京に遠征したことがある。宿はSNSで知り合った友人宅である。イベント後にいっぱい、というか多杯の酒やもろもろをやっつけて、友人宅に辿り着き、ひっくり返る。僕はヨギボで寝る。6枚のモニターをくっつけて大モニターにした画面には、乃木坂46のライブが流しっぱなしにしてある。多分四期生が入る前のライブだった。自宅ではなかなか無いシチュエーションである。薄くもやがかかった頭の中に彼女たちの声が掻き回して覚醒を促している。ステージの照明、歌声、完成、揺れるサイリウムそんなもろもろが、ゆるゆるとミキサーのようにもやを掻き回して、水あめ」みたいにからめとろうとする。
 どうにも眠れなくて、煙草を吸おうとおもてに出ると深夜だと思っていたのに、ほのかに明るい。東京の朝は福岡の朝よりも速く訪れるのである。何だか厳かな気持ちでクール5ミリを吸ったのだった。
 その友人と近々会うかも知れない。場所は高松である。高松の朝も、気になるな。