フランス語はたいして読めないので、ただ発音して楽しむだけ。
原文でなるほどと思ったのが物語の日付。
妙に細かく、1883年7月17日午前2時から始まる。
Le dix-sept julliet mil huit cent quatre-vingt-trois, à deux heures et demi du matinで、 tやdの連続が心地いい。
調べても大事件はなさそうなので、韻で選んだのではと思う。
邦訳では気づかなかったのが、墓守が立ち止まったのがMme Tomoiseauの墓だったこと。
墓Tombと音が似ている。
M. Courbatailleの語り。
原文だと繰り返しが多い。
存在も、まなざしも、声も、顔も二度と現れない、決して!
とても興奮している様子が目に浮かぶが、邦訳ではこの狂気じみた執拗さは幾分削除か、表現を変えられている。
秋田訳がいいと書いた箇所。
Et je pensais que son corps, son corps frais, chaud, si doux, si blanc, si beau
「私は彼女の体のことを考えるのです。瑞々しく熱い体。あの柔らかい、あの白い、あの美しい体を」。
やっぱりしつこい。しかもエロティックなことを堂々と話しているのが分かって、奇異さ倍増。
彼は自分のことを「une démance 狂気」で「Alors entra en moi cette idée fixe 固着観念が私に入り込んだ」という。
”観念が入る”と表現するのかあと思う。
chaudは、テレビで見たフランス語講座で夏の「暑さ」をIl fait chaudと言っていた。「情熱あふれる」だと下品?(でもCourbatailleはそういうことを言いたいのだと思う)。
私が引っかかった箇所。
辞書だとbien-êtreもdélicieuxもほぼ同じ意味で、ここも繰り返し。
あと、やはり「温かい浴槽 un bain tiède」で「生温かい」ではない。
辞書には「ぬるいお湯」という例文があったが、文脈から「ぬるく」ては駄目でしょう。
福武版の「嘔き気を催すような臭気」「おぞましい腐敗の匂い」
Une odeur abominable, le souffle infâme des puttéfactions me monta dans la figure.
確かに辞書で「吐き気を催す」とあったけれど、「嫌な」「不快な」もあった。
ここで「吐き気」を使っては、M. Courbatailleの過激な愛が台無し。
やはり「嫌な匂い」。「臭い」でもだめ。
秋田訳は平仮名にして「にほひ」。見事。
福武ではle souffle infâmeを「おぞましい腐敗の匂い」と訳していたが、秋田訳は「悪氣」。
辞書でsouffleは息、風で、匂いと微妙に違う。
なお、infâmeは「嫌な」「不快な」。
恋する人に対して「おぞましい」はないと思う。
では「嫌な気」は・・・うーん、気功みたい。
やっぱり秋田訳の「悪氣」がいい。
たまーにインテリぶって原文と比べると面白い。
フランス語の勉強に使おう。
フランス短編小説・對譯叢書 第五編 墓 秋田滋譯註 大学書林、東京、昭和14年