「赤の自伝」を読んで興味がわき、購入。

 内省的な詩が多くて惹かれる。

 居場所のなさや死への親和性がもっぱら描かれる。

 

 "A Wounded Deer - leaps highest -"(1860年)、”If I shouldn't be alive"、”I like a look of Agnony,"(1861年)などタイトルだけでおおと思う。”This World is not Conclusion”や”Because I Could not stop for Death"(1862年)もいいなあと思う。

 

 1862年以後、韻を踏んだ詩が増える(と思うが私の適当な感想。というか、別に専門家じゃないし”萩原朔太郎方式”で勝手気ままに楽しむことにする。発音記号が面倒なのでローマ字表記)

 

 ”After great pain, a formal feeling comes - "(1862年)

 タイトルもテーマも素晴らしいが

After great pain, a formal feeling comes -

The Nerves sit ceremonious, like Tombs -

The stiff Heart questiones was it He, that bore,

And Yesterday, or Centuries before?

 formal feeling、NervesとHeart、ceremoniousとcenturies調子がいいし、comeとTombsの鼻音も気持ちいい。

 

 次の連の冒頭

The Feet, mechanilcal, go round -

Of Ground, or Air, or Ought -

 のgo roundとof Groundも音読すると心地よい。

 

 

 和歌のような詩。

A Word is dead

Where it is said

Some say.

I say it just

Begins to live

That day. (1872年)

 WordとWhere、dead,said(sayも含めていいかも)の短いeの音の気持ちよさ。

 言葉を話すことについての哲学的な考えにも惹かれる。

 

 "The Soul selected her own Society -"(1862年)は疎外感にぐっとくるのだが、2連目の

Unmoved - she notes the Chariots -pausing -

At her low Gate -

Unmoved - an Emperor be kneeling

Upon her Mat -

 は1、3行目のing、2、4行目のGate, Matだけでなく、3行目のUnmoved - an Emperorにはちょっと感動。

 (発音なら)anとmの音が、まったく異なる単語で重なる!

 

 ”I never felt at Home - Below-"(1862年)では

I never felt at Home - Below -

And in the Handsome Skies

I shall not feel at Home - I know -

I don't like Paradise -

 1,3行目のnever felt, not feelだけでなく、意味も過去形から未来形になっているのが切ない。同じく1,3行目のBelowとknow、2,4行目のSkies(大文字なので天上?)とParadiseも気持ちいい(Skiesが複数形なのはよく分からない)

 2連目もtime, comes, lonesomeと重なり、しかも

Eden'll be so lonesome

 という文章は私的にツボ。

 

 

 かっこいいと思った表現。

Tell all the truth but tell it slant - (1868年)

 紙片に書かれていたらしい。

 訳は「真実をそっくり語りなさいーしかし、斜めに語りなさい」。

 slantは視点という意味もあるらしく、要はstraightに真実を語るなということだと思う。

 「真っ直ぐ」「斜め」と「そのまま」「ある観点から(少しずつ)」を掛けているのだろうが、これ、翻訳不能ではないか。

 

 というか海外の詩を日本語で読むって、どういうことなのだろう?

 

 

 ディキンソン、式子内親王のような強烈な孤独感を抱えていたようで、私的には大変共感した詩人さんだった(余計な恋愛要素もないし)

 

 

 

ディキンソン詩集 アメリカ詩人選(3) 亀井俊介編 岩波文庫、東京、1998