ルーゴン・マッカール叢書の第一巻と第二十巻を読み終わって、備忘録を書く前に寄り道した第十二巻。
今回の作品は、ゾラが描いた女性の中でも「健気で献身的」(訳者あとがき p419)とのこと。
第二十巻がスイートな話だったので、そんな感じかと思って図書館から借りて読んだら・・・・・
いつものゾラでした。
主人公はポリーヌ。
ポールの女性形。つまりパウロが語源。
キリスト死後、教えの拡張に努めた人物。
なので、そういう人、つまり自己犠牲の人。
アデラィードから枝分かれしたルーゴン家とマッカール家の、マッカール家(酔っ払い家系の方。ナナは従姉)の三代目。
下はゾラが作った家系図です(第二十巻巻末にあった)。
上から2列目一番右がナナ(お母さんは「居酒屋」のジェルヴェーズ)、右から5番目にポリーヌがいます
ポリーヌはパリ生まれ。
お母さんが働き者で(「パリの胃袋」の主人公 リザ・マッカール)一財産もっているのですが、両親がなくなってシャント―家にもらわれる。
舞台はボンヌヴィル。
GoogleMapさんによるとスイス国境付近の山奥で、写真で見る限り風景は美しいですがパリから約500kmも離れています。
ポリーヌは、物語冒頭ではまだ10代前半。
遺産を結構もっての貰い子で、ゾラの作品だし、なんだか、やだなーやだなー(by 稲川淳二)と思っていると、そこまでひどい話ではないけど、やっぱりな展開が待っている。
とはいえ、そこそこ可愛がられます。
ポリーヌ、ゾラの理想の女性像と考えると面白い。
一言でいえば「意図せずして周囲に影響を与えてしまう人」。
奥さんも愛想を尽かしているシャント―さんの痛風をかいがいしく介護する(p39-40、42)。
黙って話を聞き傍にい続けようとする。
生き方が定まらないシャント―家の一人息子ラザールが、音楽家になりたい(今なら「ロックスターになって有名になるぜい」くらいの軽さ)と言って両親を困惑させているところを、うまく本人を導いて医者になることを決意させる(p47)。
また、ラザールは死への恐怖という神経症的な部分を持っているのですが、これを少しずつ克服させるきっかけを意図せず与える(p134-145,148,354)
なぜか自分に対して敵愾心を燃やしていたシャント―家の女中を、いつの間にか自分の味方に引き入れてしまう(正義感が強すぎる女中さんのキャラの問題もあるけれど p168-169,182-183,191-193)。
そして、一家の中心シャント―夫人が亡くなってから(夫人の介護も、延々と毒づかれながらやり遂げる p206-225)は、代わってシャント―家の大黒柱となる(p242)。
三角関係にあったラザールととある女性との仲を取り持って涙ながらに身を引き(ここは泣ける p245-289, 289)、身寄りがなくて素行も悪く、司祭が匙を投げるような町の子供達の世話をし(p254-257、393-400)、ラザール夫婦が喧嘩をすれば仲介し(p409-412)、甥を育てる決意までしてしまう(p416)。
解説にもあるように、一見、幸薄い女性の話のようですが、ゾラの描写ではしっかりとした体格の美人さんで、私は、逞しさを感じました。
もちろん、ゾラ風味も盛りだくさん。
ポリーヌが少女から女性になる瞬間を「医学的」に具体的に描く(p60-65)。
ラザールが結婚した直後のポリーヌの身体描写も、なんというか・・・(おそらく性衝動と絡めている p305-304)。
ポリーヌ、ラザールに襲われそうになる(p338-342 とはいえ両想いだけど)。
ラザールの奥さんの出産シーン、ちょっとそこまで描かなくても・・・(p372-379)。
ところで、甥っ子が未熟児で生まれた時のラザールの台詞、「彼もパパ(=祖父)のように痛風にかかり、神経も僕より狂うだろう(略)退化の法則なんだ」(p416)と、ゾラの思想が明確に描写されています。
問題のある体質が、遺伝されると共にその問題が大きくなっていくという考え方で、もちろん現在では否定されています。
本作を含めて、読了したゾラ作品で面白いなあと思うのが、女性が軸になって物語がすすむことです。
ルーゴン・マッカールの始まりがアデラィードという女性。
いわば(ダーク)マリアさま。
そこから、様々な気質、階層の一族が生み出されていく。
シャント―さんも若い頃からうだつの上がらない人物で、中年になってからは痛風で寝っぱなし。
その息子、ラザールも父と違った意味で病んでおり、しかも何をしたいのか分からないふらふらした人物。
一方の夫人は野心家。
女中さんも大変に気が強い。
考えてみれば「制作」でも、最後には奥さんが活躍していました。
落ち葉拾い。
司祭の台詞。
「(前略)現代の若者は(略)科学をかじり、そのために病んでいる。なぜならば、乳母の乳とともに吸いこんだ古き絶対的観念をそこで満足させることができなかったからだ」 (p241)
これってゾラ自身のことでもあるのでしょうか(執筆当時はもう44歳だったけど)。
ポリーヌの幸福観。
「彼女にとって幸福とは人間や物に頼るのではなく、人間や物にうまく順応する暮らし方にあった」(p251)
環境に無駄に逆らわない。
とはいえ、環境に染まりすぎない。
やはり逞しい。
メンタルヘルス的に面白かったこと。
ラザールは強迫神経症的ですが(p248)、その背景に死の観念が関係しているという設定です。
とてもフロイト的!
しかしフロイトの鼠男症例に先んじること約20年。
すごいなあ、ゾラ。
ちなみにポリーヌがラザールにほどこしたいわば<治療>は、「夢中にさせる何かの大仕事」をさせること(p249)。
とてもフランクル的!
しかしフランクルに先じること約50年。
すごいなあ、ゾラ。
優れた文学者は、人の精神をおそらく意図せずに、細やかに描くことができるのでしょう。
メンタルヘルスを理論や理屈ではなく学べる。
読書はホントに素晴らしいです。
ゾラ「生きる歓び」 小田光雄訳
値段不明(図書館貸し出し)
論創社
ISBN 4-8460-0451-1
Zola, E: La Joie de Vivre. 1884