面白かった。多分ミステリ作品として。

しかし本作は昨今のいわゆる本格ミステリとは趣を異にする。


自分が小説を読んで面白いと感じるのは

?作品の思想や主張、雰囲気や世界観に深く共感したとき
?新しい知見や思考方法に触れたとき
?曖昧だったり全く謎だった事柄について深く腑に落ちたとき
?とても綺麗な文章に出会ったとき

あたりのパターンに分けられるのだけれど、殊白夜行の面白さはについてはこれらで上手く説明できない。だから白夜行を読み終わった直後は、本編のどういった要素をこれ程面白く感じたのか自分でもよく分からなかった。

自分の思う良作ミステリとは、?がどれだけ成功させるかだ。だから「古典」とか「新本格」とか呼ばれる作風では?以外の要素を排除することもある。提示された謎(動機なりトリックなり)をいかに綺麗に解いてみせるか。この部分を味わいたいのだ。真相が明かされた時の高揚や、鮮やかな伏線に気付かされた興奮をミステリに求めているのである。緻密に作りこまれたミステリのプロットを追っていくと、ある瞬間に霧が晴れたかのような清々しさを感じることができる。

しかし本作の白夜行では最後まで霧が晴れない。

通常のミステリであれば主人公は大体が探偵寄りである。読者は探偵の目線を通じて犯人のトリックや動機を見る。あるいは解決のシーンにおいて犯人の口から全てが語られることもある。

白夜行では、主人公の亮二と雪穂が最後まで何も語らない。彼らの心情は徹底して描写されないのである。この作品は間違いなく「亮二と雪穂の19年の物語」だ。あまりうまく読めた自信はないがこれだけは断言できる。

にも関わらず、彼らの口から「何故そんな選択をしたのか」は最後まで聞けずに幕を閉じる。亮二と雪穂の内面には常に「周囲の第三者の目線」を通すことでしか読者は触れられない。敢えて主人公を描かないこと主人公を描ききる手法。
なんという筆力、なんと斬新な切り口だろう。
普通の物語を紙切りの作品に例えるなら、白夜行はすでに切り抜かれた方の紙になるだろうか。それも亮二が作るようなとびきり精密な。

もちろん本作でも謎は提示されるし、答えもある程度は与えられる。しかしどれだけ合理的な推論を積み重ねようとも、「その選択に至った理路」についてはまるで亮二達の口からは語られない。本人が語らない以上は想像の域を出ないが、だからこそ読み手は、より真剣に想像力を働かせることになる。これこそが本作最大の魅力だろう。この点は大いに魅力なのだが、第三者からの目線では亮二と雪穂の本質に100%はどうやっても届かない。

そういった意味で最後まで作品全体を覆っている霧が晴れることはないのである。


白夜行を読み始めて序盤~中盤あたりでは、なんだか露骨な伏線が散見されるように思えた。しかし考えてみれば、伏線は「気付かないからこその伏線」である。だからこうした「いかにも匂わせられた事柄」については、いちいち全てを後になって説明したりはしない。確かにこれらの全てを逐一説明することは幾らなんでも口幅ったい。どこまでを描いてどこからは描かないのか、どの程度を読み手の想像力に委ねるのか。この辺りの鋭敏なバランス感覚は多作な著者ならではだろうか。と同時に東野圭吾が読者を信頼していることも伝わってくる。

本編でも特に気にかかったのは、亮二が友彦と広恵にあの鋏を見せたところ。ここで亮二は特技である紙切りまで二人にやって見せた。この時に「切り抜いた紙の形」から「亮二が最も大切にしたかったもの」を考えると、なんと救いのない物語だろうと思う。

読了直後に読み返したくなる一冊。