財務報告の目的がなぜ重要かについて
(例)資産をどのように評価するかという問題に対して(BSにどういった金額で計上するのか)
財務報告の目的を意識しないとすると、おそらく「原価主義と時価主義の二項対立」の構図になる。そして目的を欠いたままに議論だけが一人歩きしてしまう。
原価主義では、「原価とは過去に事実であり客観性がある」とされ、また時価主義では「時価とはフェアバリューでありその時点での資産の価値である」とされる。これはいずれも「資産の評価方法」であって、一方に分があるだとか正当性があるといったものではない。
ここで財務報告の目的を意識すれば、いかに「投資家の意思決定に有用な評価値で計上するか」ということに焦点があてられる。概念フレームワークでは、「企業とは投資の束」であるとされ、(事業投資された結果としての)資産の金額は、投資の目的ごとに異なる評価額を付するべきと結論している。
さて、投資家は報告主体(企業)に対して投資をする。具体的には「株式を購入する」という形でもって。なぜ投資家が投資をしたのかといえば、これはその投資家が「儲かるから」と考えたからである。投資家が株式を購入して利益を見込む。これが『投資にあたって期待された成果』である。もちろん実際に儲かるか損するかは将来のことなので分からない。しかし一定期間が経過すれば、いずれその結果は明らかになる。これが『事実として確定した成果』である(株価が上がっただとか、下がっただとか)。
投資家は「投資にあたって期待された成果」と「事実として確定した成果」、つまり今後の株価の「読み」と「結果」を比較検討して、常に期待の改訂を行う。「期待の改訂」は常時連続的に行われ、時としてそれは行動となって表れる。予想よりも株価が伸びないので売却してしまうだとか、予想よりも株価が伸びている又は今後さらに伸びそうなので買い増しをする、などといった形で。
財務報告が投資化の意思決定に有用である為には、財務報告そのものが投資家の「期待された成果」、「確定した成果」、「これらに基づく期待の改訂」のプロセスに整合的である必要がある。
投資家の行う金融投資に対して、企業は事業投資を行っている。株主から払い込まれた資本を運用して、工場を建てる、あるいは商品を仕入れるなどの事業投資を行う理由は、やはり「儲かると思った」からである。企業は赤字化すると分かっていて工場を建てることはないし、また採算性もなく商品を仕入れることもない。つまり企業の側にも「投資にあたって期待された成果」があるということである。このように企業も常に投資活動を行っている主体であるならば、「投資に当たって期待された成果」はいずれ「事実として確定した成果」となる。しかし、この事後の成果は、投資の目的によりどうやって測定すべきかは異なる。
例えば企業であっても金融投資を行うことは考えられる。企業がトレーディング目的の有価証券を購入した場合の「投資に当たって期待された成果」を生み出すのは「市場価格の有利な変動による利益の獲得」である。言い換えれば、企業が有価証券を購入したのは「その株価が値上がりすること」を目的にしている、ということ。
一方、事業投資の場合。本業の「事業活動を通じて、当初投資額よりも多くのキャッシュを生み出すこと」を目的にしている。当たり前だがこの違いには注目したい。企業が工場を建てる。このときの目的は、その工場が値上がりして転売することではない(普通は)。工場を稼動させ、製品を製造して販売し、最低限工場の建設費や製品製造の為に要した投資額を上回る利益を得るためである。あるいは商品を仕入れる目的は、仕入のコストよりも多くのキャッシュを得るがためである。
このように企業の投資は「金融投資」と「事業投資」に分けることができるが、このときにそれぞれの投資によって得た資産を同一の観点から計上することが適切なわけではない。どうすれば正しい測定となるのかは、財務報告の目的に照らして考えるべきである。つまり、どの金額で計上することが投資家の意思決定にとって有用であるか、という視点である。
例えば金融投資、中でも売買目的有価証券を考えてみよう。測定の基準となる候補はふたつ。「原価もしくは時価」である。株式であれば、単一の市場と相場が存在する。決算日の終値は客観的な金額、いわゆる「市場の平均的な期待」といわれる価格である。これは誰が算定しても、また売ろうとしても同一の値段となる。また決算日時点で売る意思があるのなら、その時の相場で売ることも可能である。さて、「企業が売買目的有価証券」として保有している株式であれば、文字通り投資の目的は売却である。こういった条件(=投資のリスクから解放されていると考えられる資産)の下、投資家にとって取得原価と期末時価のどちらが有用な情報であるかと言えば、これは当然期末時価である。そして実際に有価証券の評価差額は損益処理されている。
これに対して事業投資。例えば土地を考えてみる。企業が土地を買う(土地に事業投資)するのは、(これも例えば)その土地の上に工場を建て、製品を製造し、これを販売して利益を得るためである。この場合の評価基準の候補は上記の金融投資のように「取得原価もしくは時価」なのだろうか?この事業投資の目的を考えれば、時価ではありえないことが分かる(この土地を転売する意思がないのだから)。ということで、BSに計上すべき金額の候補としては「取得原価もしくは将来CF」である。候補の後者、将来CFとは、この土地が生み出すであろう将来的な利益をBSに計上するということである。事業投資である以上、目的は将来CFの獲得であるのは明白であるし、さらにそれが土地の取得価額を上回る(と経営者が考えている)ことも確実である。なぜなら、土地を購入したのは「投資に当たって期待された成果」が存在するからであって、そうである以上は利益が出る=土地に利用することで取得価格を上回る将来CFがあると考えられているからである。しかしこの将来CF、これは誰が算定するかによって異なる。これが金融投資(というか株式)と大きく相違する点である。経営者の「黒字化する」との判断、つまり土地から得られると経営者の見積もる将来CFは『報告主体の主観的な期待』と呼ばれる(株式の「市場の平均的な期待」との対比で)。さて、経営者による「黒字化する」との判断は、土地の生み出す将来CFが土地の取得原価を上回る、との判断と言い換えることができるが、経営者の見積による将来CFから取得原価を差し引いた数字は主観のれん、または自己創設のれんと呼ばれる(詳しくは後で学習するが)。しかし、この部分はある意味、経営者の言い値であるし、また本来的には投資家が判断すべき部分でもある。そうであるならば、(投資家の意思決定に有用であるかどうかの観点から)BSに将来CFとして土地を計上する必要はないと結論づけられる。ということで、事業投資から得られる将来CFは、投資家が各自見積もるとされている(誰が算定するかによって異なるため)。この為、土地は取得原価でBSに計上されているのである。
事業投資をもうひとつ例にあげてみると、商品販売業における仕入(商品)がある。これは土地と異なり売却が目的である点においては金融市場と同一であるが、市場が単一ではない。当然だが仕入先と得意先は別の相手である(購買市場と売却市場)。このときの利益の源泉は、二市場間の価格差である。二市場間といっても、「誰が売るのか」、また「誰に売るのか」によって価格は異なると考えられる。つまりここでも「商品」の仕入れにあたって期待された成果というものは、算定する者により異なる、すなわちキャッシュを商品に変えるということが事業投資であるということになる。株式と異なり、いつでも売れるわけではなく、またその売却価格も様々であるのならば、やはり自己創設のれんが計上されることになるが、これをBS金額とすることは「投資の目的」から考えれば適切ではないという結論が得られる。
さて、長くなったが「財務報告の目的がなぜ重要か」については、BS等において計上すべき金額を導き出すため、と言える。
(例)資産をどのように評価するかという問題に対して(BSにどういった金額で計上するのか)
財務報告の目的を意識しないとすると、おそらく「原価主義と時価主義の二項対立」の構図になる。そして目的を欠いたままに議論だけが一人歩きしてしまう。
原価主義では、「原価とは過去に事実であり客観性がある」とされ、また時価主義では「時価とはフェアバリューでありその時点での資産の価値である」とされる。これはいずれも「資産の評価方法」であって、一方に分があるだとか正当性があるといったものではない。
ここで財務報告の目的を意識すれば、いかに「投資家の意思決定に有用な評価値で計上するか」ということに焦点があてられる。概念フレームワークでは、「企業とは投資の束」であるとされ、(事業投資された結果としての)資産の金額は、投資の目的ごとに異なる評価額を付するべきと結論している。
さて、投資家は報告主体(企業)に対して投資をする。具体的には「株式を購入する」という形でもって。なぜ投資家が投資をしたのかといえば、これはその投資家が「儲かるから」と考えたからである。投資家が株式を購入して利益を見込む。これが『投資にあたって期待された成果』である。もちろん実際に儲かるか損するかは将来のことなので分からない。しかし一定期間が経過すれば、いずれその結果は明らかになる。これが『事実として確定した成果』である(株価が上がっただとか、下がっただとか)。
投資家は「投資にあたって期待された成果」と「事実として確定した成果」、つまり今後の株価の「読み」と「結果」を比較検討して、常に期待の改訂を行う。「期待の改訂」は常時連続的に行われ、時としてそれは行動となって表れる。予想よりも株価が伸びないので売却してしまうだとか、予想よりも株価が伸びている又は今後さらに伸びそうなので買い増しをする、などといった形で。
財務報告が投資化の意思決定に有用である為には、財務報告そのものが投資家の「期待された成果」、「確定した成果」、「これらに基づく期待の改訂」のプロセスに整合的である必要がある。
投資家の行う金融投資に対して、企業は事業投資を行っている。株主から払い込まれた資本を運用して、工場を建てる、あるいは商品を仕入れるなどの事業投資を行う理由は、やはり「儲かると思った」からである。企業は赤字化すると分かっていて工場を建てることはないし、また採算性もなく商品を仕入れることもない。つまり企業の側にも「投資にあたって期待された成果」があるということである。このように企業も常に投資活動を行っている主体であるならば、「投資に当たって期待された成果」はいずれ「事実として確定した成果」となる。しかし、この事後の成果は、投資の目的によりどうやって測定すべきかは異なる。
例えば企業であっても金融投資を行うことは考えられる。企業がトレーディング目的の有価証券を購入した場合の「投資に当たって期待された成果」を生み出すのは「市場価格の有利な変動による利益の獲得」である。言い換えれば、企業が有価証券を購入したのは「その株価が値上がりすること」を目的にしている、ということ。
一方、事業投資の場合。本業の「事業活動を通じて、当初投資額よりも多くのキャッシュを生み出すこと」を目的にしている。当たり前だがこの違いには注目したい。企業が工場を建てる。このときの目的は、その工場が値上がりして転売することではない(普通は)。工場を稼動させ、製品を製造して販売し、最低限工場の建設費や製品製造の為に要した投資額を上回る利益を得るためである。あるいは商品を仕入れる目的は、仕入のコストよりも多くのキャッシュを得るがためである。
このように企業の投資は「金融投資」と「事業投資」に分けることができるが、このときにそれぞれの投資によって得た資産を同一の観点から計上することが適切なわけではない。どうすれば正しい測定となるのかは、財務報告の目的に照らして考えるべきである。つまり、どの金額で計上することが投資家の意思決定にとって有用であるか、という視点である。
例えば金融投資、中でも売買目的有価証券を考えてみよう。測定の基準となる候補はふたつ。「原価もしくは時価」である。株式であれば、単一の市場と相場が存在する。決算日の終値は客観的な金額、いわゆる「市場の平均的な期待」といわれる価格である。これは誰が算定しても、また売ろうとしても同一の値段となる。また決算日時点で売る意思があるのなら、その時の相場で売ることも可能である。さて、「企業が売買目的有価証券」として保有している株式であれば、文字通り投資の目的は売却である。こういった条件(=投資のリスクから解放されていると考えられる資産)の下、投資家にとって取得原価と期末時価のどちらが有用な情報であるかと言えば、これは当然期末時価である。そして実際に有価証券の評価差額は損益処理されている。
これに対して事業投資。例えば土地を考えてみる。企業が土地を買う(土地に事業投資)するのは、(これも例えば)その土地の上に工場を建て、製品を製造し、これを販売して利益を得るためである。この場合の評価基準の候補は上記の金融投資のように「取得原価もしくは時価」なのだろうか?この事業投資の目的を考えれば、時価ではありえないことが分かる(この土地を転売する意思がないのだから)。ということで、BSに計上すべき金額の候補としては「取得原価もしくは将来CF」である。候補の後者、将来CFとは、この土地が生み出すであろう将来的な利益をBSに計上するということである。事業投資である以上、目的は将来CFの獲得であるのは明白であるし、さらにそれが土地の取得価額を上回る(と経営者が考えている)ことも確実である。なぜなら、土地を購入したのは「投資に当たって期待された成果」が存在するからであって、そうである以上は利益が出る=土地に利用することで取得価格を上回る将来CFがあると考えられているからである。しかしこの将来CF、これは誰が算定するかによって異なる。これが金融投資(というか株式)と大きく相違する点である。経営者の「黒字化する」との判断、つまり土地から得られると経営者の見積もる将来CFは『報告主体の主観的な期待』と呼ばれる(株式の「市場の平均的な期待」との対比で)。さて、経営者による「黒字化する」との判断は、土地の生み出す将来CFが土地の取得原価を上回る、との判断と言い換えることができるが、経営者の見積による将来CFから取得原価を差し引いた数字は主観のれん、または自己創設のれんと呼ばれる(詳しくは後で学習するが)。しかし、この部分はある意味、経営者の言い値であるし、また本来的には投資家が判断すべき部分でもある。そうであるならば、(投資家の意思決定に有用であるかどうかの観点から)BSに将来CFとして土地を計上する必要はないと結論づけられる。ということで、事業投資から得られる将来CFは、投資家が各自見積もるとされている(誰が算定するかによって異なるため)。この為、土地は取得原価でBSに計上されているのである。
事業投資をもうひとつ例にあげてみると、商品販売業における仕入(商品)がある。これは土地と異なり売却が目的である点においては金融市場と同一であるが、市場が単一ではない。当然だが仕入先と得意先は別の相手である(購買市場と売却市場)。このときの利益の源泉は、二市場間の価格差である。二市場間といっても、「誰が売るのか」、また「誰に売るのか」によって価格は異なると考えられる。つまりここでも「商品」の仕入れにあたって期待された成果というものは、算定する者により異なる、すなわちキャッシュを商品に変えるということが事業投資であるということになる。株式と異なり、いつでも売れるわけではなく、またその売却価格も様々であるのならば、やはり自己創設のれんが計上されることになるが、これをBS金額とすることは「投資の目的」から考えれば適切ではないという結論が得られる。
さて、長くなったが「財務報告の目的がなぜ重要か」については、BS等において計上すべき金額を導き出すため、と言える。