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Barcas の”ゲルマン踏破行”

Aug.20.2010~Barcelona in Spain
Jun.11.2012~Dusseldorf in German


太陽の国から曇天の国へ。
生ハムの国からソーセージの国へ。
陽気なラテンから気難しいゲルマンの地へ・・・・・

対照的な二つの国を比べながら、ヨーロッパの魅力に迫ります!

7月14日は家内の○十○回目の誕生日でした。


『自分の誕生日を(パリ祭が行われる)パリで過ごしてみたい!!』


このセリフ、結婚当初から何回言われた憶えがありませんが、結婚生活を3年、5年と過ごしていくうちにだんだん言われなくなっていったのは『そうは言ってもあまりに実現性に乏しいよな・・・』という家内の諦念の表れだったということでしょう。


それもそのはず、当時の私の仕事で7月は1年の中で最も忙しい時期の一つ。


長期休暇が期待できる夏休みは8月の10日前後から。

逆立ちしても7月のこの時期に“パリ”なんぞに居られる訳がなかったのですから・・・。

当時の私に言える精一杯のセリフは『そうだねぇ・・・行けたらいいよねぇ・・・』とまさに“適当な”相槌を打つことだけでした。


しかし“一念巌も通す”の格言通り。

家内の強い思いは、遂に会社の人事をも動かし、気がつけば家内の“願望”がもう手を伸ばせばそこに届く所にまで近づいているじゃありませんか!!


そして昨年の7月14日、いよいよ念願の7月14日パリ祭へ!

と2012年の年明け早々にフライトチケットを入手し満を持していたはずなのに・・・それなのに・・・


嗚呼無情・・・


バルセロナ生活はたった2年でピリオド、念願の7/14まで僅か2週間と迫りながら、私達は涙のごとく雨が降りそぼるデュッセルドルフの地に移ってきたのでした。

フライトチケットは格安で入手していた為キャンセルはきかず、全て紙くず・・・。


そんな壁を乗り越えて2013年7月14日、ついにパリ行きが実現したのですから、家内の感慨も一入だったのではないでしょうか。


しかし考えてみれば、デュッセルドルフからパリまでは、今や車で僅か500㎞。

近いとはいえ飛行機以外でのパリ行きは考えられなかったバルセロナ時代から考えれば、じつに容易にパリに行けるようになったということです。

気を取り直して今年の7月14日にその計画を立てるまでには、大して時間がかかりませんでしたが(笑)


今回の計画は、例によって7月13日(土)の夜中に家を出る“夜逃げ方式(と我々は呼んでいます・・・)”で早朝のパリ入り。

13日は美術館とサロン・ド・テを巡ってで過ごし、14日はパリ祭でのパレード見学。15日の朝パリを出て戻ってくるというものでした。



◆7月13日(土)

 午前3時にデュッセルを出てほぼ計画通り、午前8時30分頃パリ市内に到着しました。

今回の宿泊は第二区のアパートメントホテルを借りたこともあって、その近くの公共駐車場に車を停めます。パリの中心地区に近いとあって、一体どのくらいかかるのか若干不安はありましたが、24時間で33ユーロとか。安くはありませんが、まあ想定の範囲内ともいえる値段でした。


私達がアパートメントホテルを借りるのは初めてです。

どんなところかと思っていましたが、コンパクトに部屋がまとまっており、清潔で非常に快適でした。これで割安かつ利便性の高い場所にあるのなら文句はありません。


まず最初はオルセー美術館。

皆さんと同じように私も印象派の絵が昔から大好きで、その殿堂ともいえるオルセーはパリを訪れた時には絶対に外せない場所の一つでした。


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思い返せば昨年10月。日本からデュッセルを訪れた両親をベルサイユに連れて行った時、パリにも一瞬だけ立ち寄りましたが、エッフェル塔、凱旋門、シャンゼリゼ通りを歩くので精一杯、とても美術館までは手が回りませんでした。


館内の展示品の写真撮影は禁止の為、絵画自体の写真はありませんが、たとえ撮影OKだったとしても恐らく写真を撮る気にはなれなかったでしょう。

本やカタログ、画集で見る絵と本物との間にある落差は、私にとってはそれ程までに巨大なものだったということです。あとから写真でみても意味がない・・・とそう思わせる程のオリジナルの迫力でした。


印象派の巨匠達の作品の中で、以前オリジナルを観たことのある作品は幾つかあります。

セザンヌのプロヴァンス地方の風景画、ゴッホの「星降る夜、アルル」、モネの「日傘の婦人」などなど。

学生の頃、上野の西洋博物館で開かれた「印象派とその時代」(だったかな?)にも通ったことを思い出します。実際、件のゴッホのアルルの星空の絵に深く感動したのもこの時のことです。


しかしそれもこれもこのオルセー美術館内で本物の作品群を観る迫力から比べれば小さなことと感じます。オルセーで観るオリジナル作品はそれ程までに素晴らしい経験でした。


特にドガの「踊り子」のパステル画、僕の中のゴッホ観を変えたと言っても過言ではないアルルの星空の絵と“再会”出来たこと。モネの麦わらの連作絵など。ついつい絵の前に立ち尽くしてしまう為、既に若い頃にオルセーは経験済みである家内の歩調に追いつけず、気がつくと私の足は遅れがちです。

さすが超有名美術館だけあって、館内はある程度混雑はしているものの、絵をじっくり観るのに邪魔となる程ではなく、これも東京での展覧会とは大きな違いです。

時間を忘れてしまいそうな3時間でした・・・。


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オルセー美術館の余韻はパリらしさを味わえるサロン・ド・テで!と意気込んで向かったのはエッフェル塔を正面に見るトロカデロの側にある「Carette」。


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老舗のカフェで数々の賞にも輝いた実績のあるこのお店のスペシャリテ、エクレアを楽しむはずだったのですが。。。。。


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エクレアの切れ端を口に運びながら、私と家内の間に何とも言えない沈黙が流れました。

期待が高すぎた?いやいやそれ程無茶な幻想を抱くような年齢でもなし、夢と現実の区別くらいはついているつもりなのですが・・・


まあ、マズイとはいいません。はい。

でも格別美味しいとはとても言えません。


ハッキリ言ってボルドーやトゥールーズの街のケーキ屋さんで食べるエクレアの方が数段美味しいことだけは間違いありません。しかも値段も圧倒的に安くて・・・です。

これは“今回の一番ガッカリ”でした。


パリは東京とは違う。

日本の中で最高のモノが集まるのが東京。

でも地産地消が原則のフランス(ヨーロッパ)ではパリに最高のモノが集まるとは限らない。

たかがエクレアですが、大きな日欧文化の違いを感じてしまいました。



その後は船でセーヌ川をちょっと下ってみました。

気温28度から29℃。日差しの下は暑い陽気でも川下りでは適度な川風が吹いて気分は爽やかです。


Barcas の”ゲルマン踏破行”


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オルセー美術館前。

川岸へ降りる為の橋でさえ、何とも言えない優雅なデザインです。


今回のパリ旅行では、随所にこんなパリらしさを発見することが出来ました。

皆さんがパリに魅了される理由が分かりますね。


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船は再び岸を離れます。


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天気がいいせいでしょう。風が非常に爽やかです。

これだけ周囲の景観が絵になると川下りが人気なのも頷けます。


とはいってもさすがに7月。陽射しはかなり強いので日陰にいないと暑いですね。

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サン・ルイ島に行く為、ノートルダム大聖堂前で下船しました。

ノートルダム大聖堂はこちら側から見る方が迫力がありますね。



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2日目に続きます。

デュッセルドルフは相変わらず気温の上昇が見られず、朝は6℃前後、日中でも10℃程度をうろうろする毎日が続いています。

何でも例年5月が一番気温が高いらしいにも関わらず、この体たらく。

『今年はこのまま気温が上がることはないかも・・・』 『もう夏は終わったらしい・・・』などと、在住者の間ではまことしやかに囁かれています。




さて、バルセロナ在住時に予定しながらも結局行けなかった『Lourdes』

ポルトガルと共にもっとも心残りだったことの一つでした。


5月9日がドイツの祝日だったことを利用してやっと行ってきました。


お天気は残念ながら曇り時々雨・・・・・。

おまけにピレネー山麗方向から吹く風がかなり冷たく&強風、観光で訪れる方々も皆一様にダウンコートを着込んでおりました。


LOURDES


いわずと知れたキリスト教のカソリック最大の聖地。


何と言っても奇跡の聖水が湧き出ることでも有名な場所です。

ハンディキャップの方達の参詣も目につきました。

GW直後ということもあってか、日本人観光客を目にすることはありません。


私たちが宿泊したホテルは街の真ん中ですが、イタリア人のツアー客が多かったのが印象的でした。


Barcas の”ゲルマン踏破行”

『サン・ミッシェル門』をくぐってすぐ。

ここから先は“聖地”ゆえ、飲食は禁止です。

Barcas の”ゲルマン踏破行”

近いづいてきました。『無原罪のお宿り聖堂』

Barcas の”ゲルマン踏破行”


曇天時々小雨まじりの空模様だったこともあり、聖堂の背後の山は霧に煙ったように霞んでおり、逆に晴天の時には感じられないような一種神秘的な雰囲気を感じました。

これだけの人々が集まっているにしては、がやがやした騒々しさがなく、黙々と聖堂に向かって足を運ぶ・・・という印象でです。

多数の人間が黙々という感じで集まる様子は、却って迫力があります。


Barcas の”ゲルマン踏破行”


これまで、様々な奇跡を起こしてきた聖水が昏々と湧き続けるマサビエルの洞窟。

聖母マリアがここに出現し、少女ベルナデッドに泉の出現を伝えたと言われています。


Barcas の”ゲルマン踏破行”

奇跡を求め、世界170ヵ国、年間600万人がここを訪れます。


写真は遠慮したので、泉の写真はありませんが、現在も昏々湧きでる泉を確りと目に止めてきました。

泉本体はガラスで覆われていますが、その水は一般の人も教会横から汲み取ることが出来ます。

それにしても凄い長蛇の列でした。

Barcas の”ゲルマン踏破行”


2年程前、これとよく似た雰囲気の場所に行ったことがあります。


サンチアゴ・デ・コンポステーラ


非常によく似た雰囲気ではありますが、巡礼の最終点で喜びを爆発させる凄まじい熱気を感じたサンチアゴ・デ・コンポステーラと比べると静かで厳かな迫力を感じるのがルルドだと思います。

何となく『太陽と月』のような対照性を感じました。


私はクリスチャンではありませんが、ミサなどで国籍に関わらず、が敬虔に祈りをささげている姿、そして子供達もまた自分の役割を果たしながらミサに参加している姿をみる度に『これがあるからヨーロッパは強い!』と思ってしまいます。


昨今の経済問題のゴタゴタなど見ても分かる通り、ヨーロッパは、EUという政治単位としては、決してアメリカ合衆国のように一つにまとまることはないでしょう。


でも土壇場に追い込まれた時でも踏みとどまって決定的に崩壊することがないのは、キリスト教という強靭な絆により、精神の奥深い部分で繋がっているからだ。。。と思えてならないのです。



『今の日本人には“跪く”存在がない。自分が一番上になってしまっている・・・』


“跪く存在”とは“首を垂れる存在”と言い換えてもいいかもしれません。

これはミサを見ながらつぶやいた家内の一言ですが、誠に言い得て妙だと思います。


別に宗教を持たなくてもいいと思うのですが、『人間が超えられない存在』 『人智が及ばない存在』に対する“敬意”とか“畏れ”のようなものを持てる程度には謙虚さがあってもいいと思うからです。

上手くいえませんが、率直な感想です。



最後に宿泊しが場所はLOURDESのほぼ中心地のホテルでした。

Barcas の”ゲルマン踏破行”

ヨーロッパらしからぬ、何となく熱海の温泉街のような雰囲気だと思いませんか?

久し振りのJapanese(それも昭和の)雰囲気を、それもLOURDESで感じたのは面白かったです。



Barcas の”ゲルマン踏破行”



食事を終えた後の聖堂。ライトアップが眩いばかりに神々しかったです。

ヨーロッパに住んでから感じ始めたことの一つに、彼らの“休日の過ごし方”というものがあります。


これは少なくともスペイン人、フランス人、ドイツ人には共通らしいと思われるのが、とにかく休日は都会の喧噪を離れた田舎で過ごす、大人数で食事をする、郊外のオフロードを家族でサイクリングするetcの活動、レクリエーションが際立って多いことです。


たとえば休日の高速道路を走っているキャンピングカーの多さ!車の荷台に取り付けてあるマウンテンバイクの多さは、シーズンの北海道を除く日本では、ちょっと見られない光景かもしれません。


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また郊外にある森の中のレストランが超人気なのも特徴の一つです。

休日になると驚くほどにたくさんの家族連れなどが続々と森の中のレストランに集結。

日本の人気ラーメン店もここまでは・・・という程に行列ができ上がります。


野次馬根性で何度か試してみましたが、味や値段そのものよりもその雰囲気に人気があるのだろうというのが私達の感想でした。

「こんなに人気があるのだから、きっと驚くほど美味しいか、値段が格安なのだろう・・・」という私達の事前の予想は見事に外れることになるわけです。



そんな中、アルザスはストラスブールから70㎞程郊外にあるイルハーゼンという村にちょっと美味しいレストランがあると聞き、田舎ドライブ方々行って来ました。

デュッセルドルフからは400㎞ちょっと。


今の私達にとっては楽勝でドライブの距離です(笑)



行ってみて驚いたのは、本当に何にもない田舎だということ。


もちろん外国人である私たちからみれば、そこは“ヨーロッパの絵になる田舎”ではあるにしても、観光客がバスを連ねてやって来るような中世の村ということもない、何の変哲もない田舎の村そのものです。


Barcas の”ゲルマン踏破行”

こんな感じの田舎に突然・・・


Barcas の”ゲルマン踏破行”

村が現れます。

確かにさびれている感じはありません。


でも鳥のさえずりの他は滅多に車の音も聞こえないような静けさが支配する村。

行き交う村人の数も決して多くはありません。


そんなロケーションの中に、レストラン『L'Auberge de l'Ill』(ローベルジュ・ドゥ・リル)はありました。


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この環境にもかかわらず、お昼時のそのお店は満席。

フランス国内はもちろん、近隣となるドイツからも続々とお客がやってくるのだとか。

皆さん凄いですね。


このお店は1878年創業の老舗レストランとのことで、元々レストランだけだったところに、『食事をゆっくり楽しむ為に宿泊出来るホテルが必要!』という発想からホテルまで併設してしまったというオーベルジュです。


Barcas の”ゲルマン踏破行”


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レストランの目の前。実にのどかな環境。

ヨーロッパ人の考える“贅沢”というものがどんなものか、よく分かる光景です。



Barcas の”ゲルマン踏破行”


これは食後の光景。

やや西に傾いた陽差しの中、皆外のテラスでゆっくりと食後のお茶を楽しんでます。


Barcas の”ゲルマン踏破行”


お料理の方も期待を裏切らないものでした。


Barcas の”ゲルマン踏破行”


周囲を氷で冷やされた銀製のボール一杯に詰まったフォアグラのテリーヌがうやうやしくギャルソンによって運ばれてきます。

妻は『うわぁー!これ(銀製ボール)全部!?(食べられるの???)』といきなり過剰反応してしまい、思わず苦笑い。


きっちり取り分けられたこれ(上の写真)だけが一人の取り分です(当たり前ですね(笑))。


ところでこのフォアグラ。

多分私がこれまで食べた鴨のフォアグラ(テリーヌ)の中で最高のお味だったと思います。

濃厚でありながらしつこくなく、しかし後を引く味。食べるごとに口の中でどんどん甘みが増しながら溶けていく様子は、極上の鮪の中トロか、あるいは鰹の大トロを思わせる味でした。


Barcas の”ゲルマン踏破行”


これには思わず唸らせられました・・・恥かしながら本当に唸ってしまいました

ポワソンはシーバスなんですが、シーバスの下は『パエリア』だというではないですか!


食べてみて納得しました。


確かにこれはパエリアです。


サフラン風味と程よくアルデンテに仕上げられた米が“パエリア”を強く主張する一方、淡白なシーバスとの相性が抜群です。

スペインの家庭料理の『パエリア』もフランス人の手にかかるとかくも洗練されたお皿になるのか・・・と唸らせられたわけです。


パエリア発祥のバレンシア郊外の村『エル・パラマール』を始め、“美味しいパエリア”を一通り語れると自負していただけに、こういう形のパエリアの変形バージョンはちょっと脇腹を突かれた感じです。


もちろんこれはパエリアを“引用した”だけの別の「魚料理」と分かっていても、やっぱり驚きを禁じ得ません。


Barcas の”ゲルマン踏破行”


メインとなるヴィアンドは、このお店のスペシャリテ『鳩のコートレット(あばら付き背肉)』。

メインも色褪せるどころか、さらに深く頷かざるを得ない傑作です。

鳩の弾力性のある歯応えと中の二種類のお肉のサンド(脂の乗っている部分と淡白な部分のサンド)が楽しい。トリフのソースの香りが馥郁と香り、お料理をさらに引き立てます。


こういうお店はパリのような洗練された大都会にこそあるのだとばかり思っていましたが、まさかこんな“田舎”で出会えるとは・・・・・・日本人とは一味違うヨーロッパ人の感性もまた一つ勉強になりました。


写真にはありませんが、ここでソムリエに勧められたワインもまた特筆ものでした。


“地産地消”のヨーロッパ。


フランス中のワインが取りそろえてある中、私達が頼んだ地元のおススメは、やっぱりアルザス地方の白ワインです。品種はシャルドネとソーヴィニヨンブランのブレンドだったと思いますが、何ともいえない青草のような香りとフルーティな甘みが程良くバランスが取れており、気をつけないとアッという間に飲み過ぎてしまいそうな、そんなワインでした。


そして値段も大変手ごろ。


フランスワインといえば『高い!』『高級!!』というイメージが強い中で、銘柄ワインではなくても十分に満足させてくれることが良く分かりました。



さて、このイルハーゼンの村に来る前。


立ち寄った村が『リクヴィール』


Barcas の”ゲルマン踏破行”



ここは正真正銘の“観光村”。

観光バスが何台も乗り込んでくるアルザスの『美しい村』です。

人口1000人という小さな村ですが、確かに美しい村でした。今までスペイン、ポルトガル、イタリア(少々)、イギリス、北フランス(少々)、南仏、ドイツと見て来ましたが、ドイツとフランスが融合したような雰囲気の街(村)という印象。


ドイツ国境に程近い為、それも当然かと。

規模も20分もあれば回れる程で、散策には最適な村と言えるかもしれません。


翌日はストラスブールに立ちよってから帰宅しました。


Barcas の”ゲルマン踏破行”


ストラスブールの大聖堂。


Barcas の”ゲルマン踏破行”


この景色もドイツの影響を思わせる光景。木組みの壁が絵になります。

ストラスブールは日曜日だったこともあり、街をじっくり楽しむことまでは出来ませんでしたが、もう一度来てもいいかな?と思わせる魅力のある中規模な街でした。