〜自分を置き去りにしてきたことに、ようやく気づいた日〜
今でこそ、
「かなこさんって、ほんとに自由ですね〜」って言っていただくことが増えました。
でも、実は生まれつきこうだったわけではありません。
いや、生まれつきは、たしかに自由だった。
でも途中で、その“本当の自分らしさ”は消えてしまった。
そしてようやく、また少しずつ戻ってきた。
これが、正しい表現かもしれません(笑)
昨日のブログで、心身ともに限界を迎え、声を失ったことがあるとお話ししました。
今日は、その頃の私がどんな状態だったのか、少し書いてみたいと思います。
もしかすると、今このブログを読んでくださっているあなたにも、
何か重なるところがあるかもしれません。
あの頃の私は、とにかく“人の気持ち”を優先していました。
優先していた…といえば聞こえはいいですが、実際は“我慢”の連続でした。
人が自分の意見を押し付けてくることが本当は嫌でたまらなかった。
でも、何も言えない。どうしていいか分からない。
ひたすら耐えるしかなくて、我慢してやり過ごすしかなかった。
相手の希望通りにしてあげれば、その場は収まる。
そうやって毎日をこなしていた私は、
「まあいっか」と思っていたわけではないけれど、
結果的に“まぁいっか”で流していたような日々でした。
自分の気持ちが嫌がっていることには、ちゃんと気づいていました。
でも、
「自分を助けてあげよう」とか
「気持ちを伝えてみよう」とか
「本当はどうしたいのか?」とか、
「この状況を変えるにはどうすればいいのか?」とか、
そんなふうに自分に向き合うことは、一つもしていなかった。
というか、どうしていいのか分からなかったんです。
相手がいることだから、自分にはどうにもできないと思っていたし、
置かれた環境や立場に違和感を感じながらも、
「いつか状況が変わる日が来る」と信じるしかありませんでした。
神社で手を合わせて、「早く楽になりたいです」とお願いしたこともあります。
でも、何も変わりませんでした。
そんな中で、私をさらに苦しめていたのが
「〜ねばならない」の思い込みです。
• 女なんだから
• 母なんだから
• 主婦なんだから
• 妻なんだから
このラベルを演じることに、私は日々疲れ果てていました。
自分の時間は後回し。
好きなことをする余裕もなく、ただ役割をこなす毎日。
そしてそれができないと、今度は“できていない自分”に罪悪感。
今思い返すと、ゾッとします。
なんて可哀想なことを、自分自身にしていたんだろうって。
そんなある朝、突然、声が出なくなったのです。
今だからこそ笑って話せますが、
声が出ないのに電話が鳴ると、無意識に出ちゃうんですよね。
で、自分では「もしもし〜」って言ってる…つもり(笑)
「あ、私、声出ないんだった」と気づいて、
黙って電話を切ったことが何度かあります。
かなり感じ悪いですが…どうしようもなくて。
それくらい、完全に“無音”でした。
全く、出なくなったんです。
エネルギー的に見ても、
言いたいことを飲み込み我慢し続けると、
喉のチャクラ(第五チャクラ)が不活性になることがよくあります。
当時の私はきっと、第五チャクラが“姿さえ見えなくなってる”レベルだったかもしれません(笑)
声を失ってからは、とにかく「一人になりたい」と強く思うようになりました。
誰とも関わりたくない、何も言ってほしくない──
一言で言えば「ほっといてくれ」って感じです。
でも、声を失ったことで、人と話す必要がなくなった私は、
ある意味“救われた”のかもしれません。
日々、静かな自分だけの空間で、
ふと心と向き合う時間が、自然とできるようになっていきました。
声を失った私は、
それまでどれだけ“ちゃんとした自分”を演じていたのかに、ようやく気づいたんです。
そして、そこから少しずつ
“自分の心を感じる練習”が始まりました。
たとえば──
- 朝、「今日なにがしたい? したくないことはある?」と自分に聞いてみること
- 本当は嫌だったんだよね」と、本音をただ感じてみること
- コンビニで飲み物を選ぶときも、「なんとなく」ではなく、「私、これが飲みたいかも」とあえて感じてみること
ほんとうに、小さなことの積み重ねです。
でも、その小さな感覚に意識を向けることで、
少しずつ、心が自分のところに戻ってきてくれたような気がしました。
もちろん、これは“練習”であって、
もっと深い自分の思いに気づいていくためのリハビリのようなものです。
そんな些細なリハビリをしていく中で、
少しずつ「…あ、ちょっと無理してたんだな」と気づけたり、
自分の気持ちを感じてあげる“習慣”が育ってきました。
「こんなことで? 本当に?(笑)」って思うかもしれませんが、
よかったら、されてみてくださいね。
あの頃の私のように、
なんとなく日々をやり過ごしていたり、
自分の気持ちが分からないまま頑張っている人がいたら…
どうか一度、自分の心と静かに話す時間を作ってみてほしいなと思っています。
その最初の一歩を、一緒に踏み出すお手伝いができたら、とても嬉しいです。
▶︎このセッションを始めた理由を綴った記事は→こちら


