こんにちは
私はもともと、
自分のことを
「感情的な人間だ」と思っていて、
『感情的=幼稚である』
っていう価値観から
自分のことが
とてもとても情けなくて、
わずらわしかった。
”そういうところ”が見えると
がっかりするっていうかさ。
その“感情的”というのは
ドーンと弾けて
バーンと落ち込むみたいな、
コントロールできないことって感じ。
情熱的だとか
素直とかとはかけ離れた、
振り回されると感じるやつ。
だから、
『フラットになる』
とか
『フラットな視点』
という客観的な視点で見ることを
意識的に身につけたのね。
他人に振り回されたくないし、
なにより
自分が自分を振り回すなんて
本末転倒なわけで。
そのおかげで
「事実はなんだ?」
「ただこういうことなだけ」
っていう、
自分が見えてる物事の
事実と価値観を切り離すことが
できるようにはなった。
ら、
いつのまにか
自分の感情をすっとばして
「事実はなんだ?」
「だからどうする?」
ということにフォーカスを
かけるようになってた。
そしたらさ、
大概冷静なわけよ。
感情の起伏を感じることなく、
ことが過ぎていくからね。
ところが
そうすると当たり前に
鈍ってくるんよ。
感情が。
だって必要ないんだもの。
物事を見るときに
フラットに見れる目は
大事なのだけど、
そこに囚われすぎると
感情の起伏を見ないようにしたり、
どうにかして
解消しようとするんよね。
解消するならまだしも、
押さえ込もうとも
してたかもしれない。
あれー?
結局自分のこと、
どこいった???
ってことになっていく。
私はどうも
この視点が必要だな!と思うと
そればっか意識して
何かが疎かになる。
でもって
疎かになっていたのは、
感情の起伏を見ないようにしていた
“私自身へのあたたかい目線”だったな。
気持ちが焦ってたことにさえ
気づかなかった。
「私が欲しいものってなんだ?」
って改めて自分にきくと、
安心とか温かさみたいな
心地よいと感じる
『穏やかさ』が欲しい。
でもその
“フラットな視点”のままだと、
安心とか温かさなんて、
感じられないんだよね。
嬉しいも悲しいも
感じる『隙』がないから。
それよりも
「どうする?」って
思考直結だし、
『感情的=幼稚』
これはダメなことだという
制限が強くて、
振り切ることもできなかった。
やっとそういう
極端さに気づいて、
「あ〜〜〜〜〜〜
このままでは
欲しいモノが
いつまでも得られへんやーん」
ってなったの。
あれこれ整理していくとさ、
感情的でも、
「自分で扱える感情ならそれでいいやん!」
って思ったし、
フラットという平坦な視点は
あっていいし
そういう視点は整理するために必要。
ただ、
どっかで自分に対して
時短や手抜きをし始めた自分にも
気付かされたって感じ。
私の言葉の感覚でいうと、
”冷静”っていう
ひんやりした
”体温を感じない”
みたいなのではなくて、
”落ち着いてる”とか
”物静か”って
感情の起伏があっても
自分で味わってる感じ。
感情を自分が
受け止めてる感じ。
そういう『穏やかさ』。
暖かくて安心感のある
この感じが欲しい。
最近の自分への質問は
「穏やか?」
になってきた。
私にとっての『穏やかさ』は
めいっぱい感じながら、
自分のそばにいるというか
寄り添う感じ。
もしあなたも今、
私のように
温かさや安心を得たくて
「本当の穏やかさって
なんだろう?」
「自分の感情、
ちゃんと感じてるんかな?」
そんな気持ちがあるなら、
話してみようよ。
私自身がたどってきた
気づきをふまえて、
あなたのペースで
一緒に整理していけたらなと思うよ。
話すことで、
見えてくる『穏やかさ』も
あるかもしれないから。
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