こんにちは
【『愛』は条件付き?】
前回、
『できなくはない』
”程度”の意識が邪魔して
人に頼ることに引け目を
感じてる話をしました。
その時、
実験のつもりでこう思ってみたの。
「助けてあげたいって気持ちが
この人にもあるって思ったら
どう見えるんだろう?」
いわゆる”観測”ってやつ。
夫を試すではなくて
私の視点が変わったら何が見えるか?
ということ。
で、結果をいうと
『一言も文句言わずにしてくれた』
これまでもそうだったのかもしれない。
でも私がずっと信用してないもんだから、
嫌だと感じるところが
目についてたんだと思う。
「ほらね、やっぱりそうだ!」って
証拠集めをしてたようなものでね。
けれど視点を変えたら、
当然「ほらね!」も変わった。
手が痛くて病院に
連れてってもらったとき、
受付で待ち時間が
「一時間以上かかりますね」
と言われて、
車で待ってる夫に
「一時間以上かかるって、
どうする?」
と聞きに行ったら
「ふーん、ここで待ってる」
とさらっと言ってくれたこと。
待ち時間中は試行錯誤で
本を開いてられることに成功。笑
読書ができた。
「診察終わって会計待ち」
とLINEしたら
トイレついでに病院の中へ来た。
看護師してる幼馴染が
たまたま私を見つけて
話しかけてくれて、
話してたら、
「よっ!元気かー」
と夫が戻ってきて
私の斜め後ろに座って
私の横の背もたれに
顎をひっかけながら、
そのまま会話に加わっていた。
会計に診察終了の紙を出すことを
つい忘れていた私に、
「これ出さな」
と声をかけてくれたり、
”付き合って”くれた。
そのあとも、
「簡単な夕飯買ってこ」
と提案してくれて
カレールーや冷凍うどんを眺める夫に
「作ってくれる?」
と聞いたら
「うん」って言ってくれた。
そのまま次女の友達のおうちも、
事前に地図送っておいたら
覚えてくれてたみたいで
すんなりお迎えに連れてってくれた。
つまり
なんにも嫌なことは起きなかった。
夫は全部引き受けてくれたし
次女を遊ばせてくれたママ友にも
ただ感謝。
以前の私は、
待ち時間も
「機嫌悪くなるから早く終われ!」
会計の紙も持ってたら
「また私がミスった!」
何より、全てに対して
「私ひとりでやろうと思えばできるのに…」
どうにもならんことを心配したり、
選択を悔いたりしては
自分責めが止まらないから、
感謝よりもまず
「ごめんね」が出てきてた。
ひとりでがんばって、
無理して、
結果的に治るものも治らなかった。
一人劇場だったな〜と思う。
「なんでそんなこと考えるの?」
って言われたこともあるし、
「そんなに気にしてたらしんどいわ」って
笑われたこともあるけど、
人への気遣いのつもりで
自分を責めたり、
否定する癖が止まらなかったし、
今でも出る。
頼らずに、自分でできなきゃダメ。
できない私は、愛されない。
できちゃうからこそ
”頼るんだよ”と言うことも知ってる。
ところがま〜
これが簡単じゃないよね。
それって結局、
「愛されなくなるのが怖い」っていう、
『恐れの防衛反応』だった。
観測の意識を持ってても、
うっかり忘れて、
いつもの自分に戻ってしまう。
だから私は、ノートを使ってる。
見えなくなる自分を、拾い集めて
書き起こしてみる。
書けば”見える”から気づく。
この文章でも何度も出てくる、
「〇〇してくれた」って表現。
これは私にとって
『愛情を受け取っている』
という証なんだけど、
自分のやってることは
“たいしたことない”と過小評価してる。
結局、あの
『できなくはない』って思いは、
自分への期待にもつながっていて、
「まだできるだろ」
という自分へのムチにもなってる。
そして、
もっと奥に潜んでいたのは
【『愛』は条件つき】という思い込み。
あーーー
ほんとややこしい!笑
…こんなこと、あなたにもない?



















