何度も何度も確認して、その度に死んでしまえたならと思ってしまう。
それを踏み越えていっても、もう開放されることはないのだろうか。それを乗り越えていけば、いつかは、開放されるときが来るのだろうか?
私は父親のことを、心の底から憎んでいる。
何度も実感したくないことなのに、何度も、今日だって、改めて気付かされた。
自分で自分が解からなくなる程にひどく激昂し、悲しみという感情はもう既に費やし尽くしてしまったかのように、怒りと呼べる感情しか、湧き上がらなくなっていた。
怒りを悲しみに置換したくて、どうにか泣ける方法はないものかと探したけれど、涙を流すという感覚が、もうなくなっていた。
それはもう、あの人のことを憎んでいるとしか表現のしようのない感情だったように思う。
このままだと、自分が恐い。私は、あの人と家族で居られる自信がない。自分が何かしてしまうのではないかと思い、とても恐ろしくなった。
私には、死ぬことに対する恐怖や悲しみが希薄になっている。痛みを感じる痛覚も、ずいぶん前から鈍っている。
だから殴るなら、私を殴ればいいのに。あの人はいつも母親にばかり手を挙げる。どんなにそうするように言っても、自分の配偶者に、自分という人間に対し常に三つ指をついて三歩下がって着いて来させるために、そうしているのだ。
何度「それはおかしい」と諭しても、あの人に伝わる言葉などこの世に存在しないのだ。酒を浴びて、アルコールが入っていない時間など、ほとんど無い上に、しらふでいる時間など全くと言えるほどないのだから。
その度に、情けなくてため息が出る。私とは母は毎日のように泣いていたけれど、もうその涙も枯渇してきているようだ。
そして父親が仕事に行った途端に母親はあの人の悪口を言いながら酒を浴び始める。
ああもう、こんなことを書きたくはないのに、どこかに吐き出さなければ自分がどうにかなってしまいそうだ。
もしどうにかなってしまうと感じたら、私は一人でどこかあの人のいないところへ行こう。
弟や妹を守りながら、これからも正気でいられる自信が無い。ダメな姉でごめんね。ダメな娘でごめんね。出来損ないのこころに育ってしまってごめんなさい。
だけどどうしても、私はあの人を、許すことは出来ません。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい、ごめんなさい。