今日は膵臓ガン、腹膜播種で他界したマイオットーの命日。


久しぶりにマイオットーと毎朝行っていた朝のゴミ拾い散歩しようと思っていたら孫達と娘も来ると。


いつも通るカエルの置物


小さなカエル


大きなカエル


氏神様へ




この木は私達にとって特別の木




マイオットーがしていたスタイルで木のエネルギーをいただいている孫息子


ママにシッポを付けて『ギャルのシッポ」と皆でクスクス




平和だなー




3年目だというのにマイオットーの大学時代の友達佐藤さん達や私の友達の由美ちゃんからも豪華なお花やステキなプリザーブドフラワーをいただいたり、シェフの宮本さんも命日を覚えてくださっていて来宅してくださろうとしたり、恐縮しています。


娘と「私達が死んで3年経ってお花を送ってもらえたり,命日を覚えてもらえるとは思えないね。友達愛すごいね。」と話していました。

私達自身、しないので。


大きな写真を飾ったりするのを好まなかったマイオットー。

食への関心が強かったマイオットーが、ダイニング風景を見えるところに写真を置いたら、沢山物が集まって賑やかコーナーになっています。


ゴージャスなお花達なのに、「百合の花の香りはお葬式の匂いがして、お葬式を思い出してしまう😢」と孫息子。

お通夜も葬式も大泣きして、会場に入らなかった孫息子は百合の花の匂いで花を置いてあるリビングにも入れず。sensitive🥹


夜は「ケンケンに会いたい❗️」と孫息子が大泣きし始めたら孫娘も泣き始めて、娘は大泣きする子ども達を宥めるのが大変で、23時半過ぎまでかかったと。


3年経っても孫達の心にはしっかりとマイオットーが生きているのだなと実感し、羨ましく思えました。


私は?

今は忙しすぎるためか、意外と冷静。

3年前がずっと前のことにも思えます。


3年前の日記を読み返して、「マッサージして〜」「生姜湿布して〜」とマイオットーから朝夜構わずお願いされて、痛みに強く我慢強い人があれだけ頻繁にリクエストしてきて、想像を絶する痛みだったのだろうなと。


最後にはせん妄も出るほどの痛み…。それを考えると、身体の限界で仕方なかったのだろうなと。


そして、私自身も夜中も眠れずに看病して限界近かった、いや限界でした。


限界だったから、ホスピスという選択になるかもしれないところ、マイオットーは大好きだった自宅で最期を迎えられたのはラッキーだったと思います。


当時のことを思い出して色々と考えていました。


アレクサに「ケンケンが聴きたい曲をかけて!」と言ったら、

小田和正の「ラブストーリーは突然に」

それから続けて

松任谷由美の「Hello my friend 」

「春よ、来い」

小田和正の「たしかなこと」


が、かかって、冷静だった私も流石にジワ〜っとなってしまいましたが。


毎回同じ順や歌じゃないから、マイオットーがアレクサを操作してるんじゃないかと思ってしまうことも。


13年前の夏の8月に出会って、幸せの日々を家族に与えてくれて、13年後の8月に旅立ってしまったマイオットー。


早過ぎるでしょ!


あと10分ほどで旅立った時間になります。


蚊でも何でもいいから、顔出してよ。



他界する5ヶ月前のゴミ拾い散歩