今日は入院している92歳の叔父のお見舞いに行ってきました。


岡山出身で、マイハハの祭り寿司が大好きだったので、祭り寿司を作る段階から「おじちゃんに祭り寿司を持って行ってあげよう❣️」と思い、面会時間が14時から17時ですが、おやつの時間くらいに行こう!とタイマーをつけてスタンバイ。


祭り寿司の具材を小さく刻んだもの、

小さく刻んだスイカ、

小さく刻んだ夕張メロン、

ミキサーで作ったスイカジュースを持って行きました。

どれも叔父が好きなもの💕


スイカは2切れ、メロン2切れ、スイカジュースを一口。

祭り寿司は「いらない」とびっくり


喉につかえるらしく、注意しながら食べていました。

酢飯が誤嚥になるかもなので、食べなくて正解かもしれませんが、残念でした。



昨日、萩の月のようなお菓子をもらったので見せたら、叔父の顔が輝いて、食事用ハサミで切ってあげたら二口食べました。


輝いて嬉しそうな写真を撮れず、残念!



叔父は痩せて、前より弱々しいけれど、会話はできて、私も認識してくれて良かった。


でも「もう帰れないんだよ」

と弱々しく言った言葉が何とも言えず虚しくて、私の胸に響いています。


叔父は食欲がないから点滴で栄養を与えられて、どうにか生かされている感じ。


あれだけアクティブだった叔父は、病院で歩くことやリハビリ体操もなく、寝たきりで、移動は車椅子。


内臓は元気だから、このまま寿命まで、病院で生きることになるのだろうか。


叔父は転倒骨折した叔母の介護を自宅で長年して、叔父の手におえなくなり特養に入った叔母に毎日マンゴーやバナナのフルーツピューレを作って食べさせに行って、その行き帰りに、私の実家に寄って、マイハハ入院中で一人暮らしだった父の食べ物チェックをしたり、病院に連れて行ってくれたり私のケアをサポートしてくれました。

叔父の70代後半からはケア人生。


叔母と父が他界して、

「葉子ちゃん、生きている意味を感じないんだよ」

と、言われて始めた夕食&マージャンナイト。

マイオットーも叔父と真剣にマージャンが出来て嬉しそうでした。叔父の一人勝ちが多かったですが。


叔父は私の料理を毎回褒めてくれ、「美味しいなー」を連発してくれ、私も毎回『おじちゃんに何を作ろうかな』と楽しみでした。


そして送り迎えの時に必ず「マージャンナイトが1番の楽しみなんだよ!ありがとう!」を言ってくれた叔父。


そんな叔父が今こそ「生きている意味」を感じていないだろうな、と思いました。

私だって、叔父の立場だったらそう思います。


ホームに入った時は側から見ると元気そうだったけれど、一人で家にいるのは家族としては不安要素があったからホーム入りの選択となったのでしょう。

私が忙しい時にマイハハにショートステイしてもらうように。


ホームで体調が悪くなったら、もちろん病院へ。


病院では、いかに生きさせようかと必死になってくれて薬と点滴等でケアしてくれ、自宅にいたら自然死もありえただろうけれど、延命となる。


難しいなと思いました。


亡き父がよく「山奥に行って死にたい」

マイハハが「海に飛び込んで死にたい」


と、いう気持ちもわからないでもないなと思いました。


優しい叔父にとって、出来るだけ苦痛でない今世でのエンディングでありますように❣️

と願うのみ。




大好きだよ❣️ おじちゃん❣️