マイハハが珍しくポジティブで「ありがとう」まで言ってくれ、こそばゆいのですが、いつもは私に甘えているのかなと思いました。

 

マイハハは5人兄弟の長女で、5人兄弟の内で一番優秀で、しっかりしていたと皆から言われています。

子どもが次々と生まれて、甘えさせてもらえる環境でなく、長女だから「しっかりしなくちゃ!」という思いと、忙しくて面倒を見てもらえない中、成績優秀だったら親に認めてもらえるかなという意識があったのかなと。

 

「認めてもらいたい」「愛されたい」「かわいがってもらいたい」「褒めてもらいたい」という幼少期の思いが根底にあって、戦争とかで親に反抗とかできる状況でもなく、甘えることことも出来ず、今やっと素の自分になって本質が出て、言いたいこと思ったことを私に言っているのかなと。

 

そういうことを考えると、人生の最終段階で、やっと甘えて反抗できているマイハハのことを理解して、受け止めてあげられるような大らかな人間になりたいものだと思ってしまうのです。

 

マイハハが今日のように「ありがとう」とか言ってくれるとそういう気持ちになるのですが、「こんな(料理)いらない!」とか「これ嫌い」とか言われるとつい内心カチンとなってしまって大らかな気持ちにはなれません。

 

でも少しずつですが、マイハハによって「大らかさ」「寛大さ」を鍛えてもらっている気がします。

そして大らかな気持ちでいれることは自分にとってとても心地良いこと、自分にとってメリットであることも学びました。

 

何が学びとなるか、わからないものです。